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新生 学校の怪談  作者: 周防まひろ
第二章 侵蝕ノ刻
32/58

血みどろ晩餐会


    1


 雛は図書館にいた。普段はこんなところにいる性分ではない。あくまで気が向いただけだった。翔からは学校に入らないように警告されていたが、ここは図書館だ。ワタルというか化け物はさすがにいないだろうと踏んでいた。

 それに時間はもう五時四十分。閉館二十分前とは言え、人の数はまだ多かった。だから、彼女は安心していた。これなら何も起きないだろうと。

 雛は棚のあいだをぶらぶら歩いていたが、あるコーナーで脚を止めた。ジャンルが料理ばかりあるところだった。ふと、数冊を手にとった。家にでできる家庭料理。

 明後日ぐらいには交代で、翔や亘がまた家に来るかもしれない。その時に何か作ってやろうと思っていた。

 雛は思わず自分の考えていることを打ち消すように本を棚に戻した。どうして、自分があんな奴らにいいところを見せようとするのだろう。どうせ、また母親に茶化されるのは火を見るより明らかなのに。

 気恥かしさに棚を移動しようとした時だった。

 床に黒い本が一冊落ちていた。表紙や背表紙にはタイトルはない。近くの棚から落ちたのだろうと拾い上げた。

(これ、どんな本だろう?)

 雛は興味本位でページを開いた。


『最期の晩餐』


 赤い文字でそんな題名がふられている。いくら料理コーナーにおる本でも、なんだか不吉な感じがした。なんとなくかび臭い。

 一ページめくった。


『第一章 前菜』

 今宵の晩餐を彩る前菜は豚の生レバーとはらわた添え。生きた豚を切り刻んで、断末魔が止まないうちに取り出したハラワタは極上の味でございます。死の恐怖と苦痛に刻まれた獣の臓腑は一食の価値があります。

 

「うええ……キモい」

 雛は顔をしかめた。本には解体するスケッチが挿絵になっている。出来上がった料理とは言えないものを、円卓に座る覆面姿の連中が口にしている。

 雛はまたページをめくった。


『第二章 スープ』

 羊の血は極上の美味でございます。しかし、一頭から搾り取れる量は少なく、一度に何頭もミキサーしなくてはいけません。


「わぁ……」

 次の挿絵も強烈だった。大きな透明の酒樽のような入れ物に詰め込まれた数頭の羊。巨大な刃にかき混ぜられ、恐怖に歪む顔から鳴き声が聞こえてきそうなほど鮮明だった。次のページでは、赤いスープを嬉々にすする招待客。

 次のページは『第三章 サラダ』とある。嫌な予感がするので飛ばして次に進むと、『第四章 メインディッシュ』と出てきた。その絵柄に雛は凝視した。


 今宵の食卓を極める最高のおもてなしとなる食材は、新鮮な人間でございます。それも、とびきり脂ののった子供です。


 挿絵に描かれた食材にされた子供。小太りの少年だった。半ズボンと赤と黄色のストライプの半袖。どこかで見たようなやつだった。赤の他人とは思えない。

 こいつってまさか……。


 食材の泣き叫ぶ声は、どの調味料にも引けを取りません。この哀れな少年は声を聞かせましょう。

「誰か助けてッ! 翔くん! 誰かぁ!」


「亘? なんであいつが本に出てるの」

 雛は声に思わず出した。白黒のイラストで描かれた食材は間違いなく亘だった。白黒で描かれた亘の顔はリアルに恐怖の色を浮かべている。目の錯覚なのか、絵が動いているように見えた。


「さて、そろそろ、このおいしそうな子ブタを解体しましょうか」

 そう言った黒い覆面の男は、腕の立つ屠殺人です。これから、この子ブタを美味しくさばきます。

「うわぁ、やだよ! 僕は人間だ。豚じゃないんだよ!」

 ほら、子豚がブーブー鳴き声を立てています。自分の運命を悟っているのでしょうか。しかし、最後の晩餐を締めくくるメインディッシュに選ばれた誇りを持たなくてはいけません。


「ちょ、これってヤバイって」

 雛は少し迷った末、ポケットから取り出した何かを本にかざした。彼女の手に持ったそれはライターだった。

「亘を出して。そうじゃないと、こいつを燃やしてやる」

 次のページをめくれば、あいつが殺されてしまう。しかし、この本を燃やしてしまえば、あいつは助からないかもしれない。これは賭けだった。


「私達の晩餐を邪魔する人がいるみたいね」

「美食を楽しみを妨げる下賎な輩だな」

 子豚が一段と声を上げました。

「雛ちゃん? 雛ちゃんだよね!」


「だから、ちゃん付けすんなって。さあ、早くそいつを出さないと燃やしてやるから」

 ライターに点いた火を本の端に近づけた。


「やめろ!」


 その時、見えない力が雛の肩を掴んだ。抵抗する間もなく、「キャッ」と悲鳴を残して、彼女の姿は図書館から消えた。


「イタタ……亘!」

 突然の闖入者に、来賓は顔を揃えて驚きました。なんという下品で汚らしく格好の子供でしょうか。まるで、ドブネズミを想起させます。

「雛ちゃん」

「ちゃん付けすんな、ブタ! そんなことより早く逃げないと」

 闖入者はこともあろうに、メインデッシュの子ブタを連れて盗もうとしています。盗人だったのです。

「我々の大切な食材を盗む気だな!」

「そんな事はさせないわよ」

 周りはもう真夜中。空には大きな満月が星の上を統べているのです。今宵にふさわしい晩餐を邪魔する者は一人も許すことはできません。

 高貴な来賓たちは一様にナイフやフォークを手に持ち、子ブタを盗もうとする子ネズミを取り囲みました。

「どうしよう……雛ちゃんはお守り持ってる?」

「持ってるわけないでしょ。あんたが持ってるんじゃないの」

「落とした」

「ああ、そう」

 子ネズミは子ブタに話しかけながら、なんとライターを取り出しました。ライターに火を灯します。まさか……。まさか……。

「やめろ! 火をつけるな!」

「子供が火遊びなんかしてはいけないわ」

「じゃあ、あたしらをここから出せ。そうじゃないと火事にしてやる」

 晩餐会が火事になるとタダでは済みません。ワタル様がカンカンに怒ってしまうからです。来賓の皆さんは命をかけて止めて欲しいものです。本である私の命まで危なくなる。

「逃がしてやるとも。ただし、こぶたは残して行き給え」

「なんで?」

「我々の腹を満たすめだ」

 子ネズミはため息をついたと思ったら、私の世界にある木に火をつけた。熱い! 焼けてしまう! 瞬く間に私の世界が燃え広がっていく。インクのシミが広がるように一気呵成に。

「ほんとうにやったね」

「どうせ本の中だろ。本なんか腐る程あるんだから、いいでしょ」

「雛ちゃんってやっぱり怖い」

「やっぱりってなんだよ!」

子ブタを乱暴に蹴り上げる子ネズミ。来賓たちにも火の粉が移り、彼らもジタバタを暴れながら燃えていく。私の世界が灰になっていく……。


    2


 ポッカリと現れた小さな窓を抜けると、二人は図書館の棚から飛び出した。何冊か本が床に落ちる。

「助かったのかな?」

「たぶんね」

 雛の手はまだ震えていた。持っていたライターは見当たらない。どうやら、本の世界で落としてしまったようだ。

「ねえ、どうしてライターなんて持ってるの?」

「あんたを焼くため」

 雛はぶっきらぼうに返答した。周りに人の姿はない。カウンターに司書の姿もない。時間はなぜか、一時間前くらいに針が戻っており、ちょうど4時44分に差していた。

「妙に静かだね」

「人ぐらい入るでしょ。ここは学校じゃないんだから大丈夫じゃないの」

「そうでもないかもよ。だって、僕らが襲われたのだってここなんでしょ?」

「じゃあ、ここも学校の敷地内になるのか」

 雛は頭を抱えた。時間はあの時と同じ夕暮れ。数日前に、淡路人形のオトネ様に追いかけられた記憶がよみがえる。

「黒澤と一緒じゃないの?」

「ううん。途中ではぐれた。ここに来てると思ったんだけな」

「あたしらだけで逃げるしかないね」

 雛は先頭を切って一階の入口に向かった。しかし、近づくにつれて機会の動く音が聞こえ、間もなく嫌な予感は的中したと分かった。センサーに挟まれた入口には、シャッターが下りて外を完全に塞いでいた。

「どうしよう……」

「そんな声出すな。きっと、どこか他に入口があるよ」

「うん、そうだね。やっぱ、雛ちゃんといると心強いな。ゴメン」

 雛は拳を振り上げて殴る仕草をしたが、あまりにバカバカしくてやめた。今はそんなことをしている場合じゃない。

「そうだ、どこか窓が開くかもしれないから言ってみよう」

 亘ががそう言った時だった。急に走り出したかと思うと、跳躍して雛の上から覆いかぶさった。

「いってぇ! 何すんだ、デブ! キモイんだよ、さっさと離れろよ」

 雛が亘の顔の向こうに飛来する物体に言葉を止めた。長ぼ沿い緑色のツルのようなものだった。それが意思を持ったようにうねっている。最初は太い縄かと思った。

「なにあれ……?」

「分かんないけど、危なかったよ」

 亘の言葉は正しかった。緑のツタは乱暴に暴れて受付の壁を叩いた。衝撃で貸出待ちの本が吹き飛び、五時で止まる時計が粉々になった。あの時、床に伏せていなければ一溜りもなかっただろう。

「僕についてきて」

 亘はゆっくりと床を這って吹き抜けの階段を指差した。館内を貫く吹き抜けには巨大な樹木のオブジェが最上階まで屹立している。

 ツタの正体は巨樹の枝だった。無数の枝がタコの触手のように館内に伸びて、棚や天井を這っている。きっと、獲物を探しているに違いないと雛は思った。カードゲームに出てくる海のモンスターそのものだった。

 先頭を進む亘のでか尻を眺めながら、雛は苦虫を噛むような顔であとに続いていた。わけのわからない怪物に襲われながら、血の繋がっていない従兄弟に助けられて、一緒に逃げようとしているなんて。

 全く、今の自分に合わないじゃないか。

「ねえ」

「何?」

「さっきはありがとう」

「うん」

 うんって何なんだ? 雛は急に恥ずかしくなって、「ちょっとはダイエットしろよ」と付け加えた。

「ここから逃げられたらそうする」

一本のツタが亘に近づいてきた。鼻先でよけながら腹をくねらせる姿は、中年太りのオヤジがリンボーダンスをしているようでおかしく、雛は「ぷっ」と吹き出していた。

 すると、ツタが標的を捉えたように彼女に向いた。思わず、口を塞ぎながら雛は這い寄ってくるツタから離れようとするが、なかなか距離が開かない。やがて、背中が壁際に追い詰められた。見つかりませんように、と唱えながら雛は目をつぶった。

 カンカンッと音が突然響いて、ツタがまたもや矛先を転換した。亘が近くに置いてあった検索機を叩いた音だった。ツタがものすごい速さで殺到する。亘は逃げようとするが、足を絡ませて床に転んだ。

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