四隅の儀式
1
一九九五年七月のとある放課後。
未来と一也、二十年前の翔の三人は公園のベンチに座っていた。開かれた舞台の上では、女子中学生が一人で踊っている。頭にはヘッドホンをしているので、音楽を聴いているのだろう。
三枝文具店で買ったサイダーを飲みながら、一也は翔から借りた『悪霊妖怪大図鑑』のページをパラパラと読んでいた。
「これで本当にワタルに対抗できるのか?」
「おれも最初はそう思った。でも、コイツは本物の力がある」
「倒す方法とかないの?」
翔は首を振った。
「この本によると、魔物とは魂だけの存在とある。肉体が滅びても、それは入れ物に過ぎず、魂は形のないものであり、不死とある。奴を倒すのは、地球上の水をすべてなくすのと同じだ。今ここにある水たまりを蒸発させても空に上がり、雲から雨となって降り注ぐ。殺すことはできないと思う」
「代わりに封印するしかない」
「そうだ。封印しても復活してしまう可能性もある」
「するんだよな、二十年後に」
一也の不要な発言で、また、翔が石像の代わり、風景が崩壊し始めた。
「訂正、二十年後も大丈夫だよきっと」
世界が元に戻った。
「そうだな。今はあいつを封印することを考えないと」
「ワタルってさ、一体何者なの? 妖怪、それとも悪魔みたいな奴なの?」
「魔物、いや、太古から同じ場所に留まっている神に近い。昔から人は、自然の中に超自然的な存在、神様や精霊がいると信じて、大陸から仏教が入ってくるまで自然崇拝をしていた」
「わたし、それ知ってる。アミニズムでしょ」
「アニミズムだ、未来」
「サッカーだけじゃないんだ、カズって」
「昨日テストで出たんだ。それだけはちゃんと覚えていたから正解だったぜ」
格好つけたように言った一也を、未来は決まり悪そうにジト目で睨んだ。
「つまり、あいつはこの土地の神様ってことなの。有り得なくない? 神様じゃないの? 神様が妖怪とか操るなんて」
「神様は人間にいいことばかりするとは限らない。奴はおそらく、土着神だ」
「土着神……」
「自然と一体になっているように荒々しく、残酷な神様だ。雷や地震、飢餓を引き起こすとされている。そのせいで、ある地方では祟りを恐れて、人身御供をしていた風習もあった」
「人身御供って、生贄ってこと?」
「そうだ。生神とも呼ばれ、生きたまま土の底に埋められ、時には海に無理やり沈められる」
「ひでえ話だな」
「有名なのが、長野県の諏訪地方に伝わるミシャグジ信仰だな。これは白い蛇の姿をしている神様で疫病や災いを防ぐと言われていた。路端に設置することで旅の安全や村落の繁栄を守る道祖神という説もある。だが、この神様を祀っていたとされる寺社は、人身御供を儀式として取り入れていたらしい。八歳くらいの少年を神官にさせて、次の神官が決まると、生贄にして殺す。それを一年ごとに繰り返していた伝承が残っている」
「俺は絶対に神官にならねえぞ」
「あんたはなれないよ、きっと」
「とにかく、奴はあの学校のある地に根付く土着神だと思っている。ほら、この本の四十八ページを見ろ」
そこには、小さな鬼の後ろで無数の妖怪達が付いて回り、人間が逃げ惑う絵が描かれている。
「土着神は人間に祟りをなす時、妖怪や魑魅魍魎を眷属として使役し、またはそれらに化けるという。ワタルは自分から生贄を欲しがる、タチの悪い祟り神になった。理由は分からない」
翔の話を聞きながら、一也は不気味な本の内容を目で追っていた。様々な紋章や魔法陣、気持ちの悪い絵が乗った古いだけの本。正直、内容の意味も不明だった。こんなもので、あの化物に太刀打ちできるのか心もとない。
その時、あるページで手が止まった。
(こいつは……)
『四隅部屋の儀式。それが時の間を行き来するを能う。儀式には四人の人間が要る。さらに、此岸と彼岸が同じ場所、時刻でなければ、術者は永遠に時空の狭間に取り残されん』
「なあ、未来。これを読んでみ」
一也は彼女をそのページを見せた。
「これって、まさか、過去から未来に行けるってこと?」
「そうに違いない。この儀式をあいつらのいる元の世界でやらせれば、俺達は元の世界に帰れる」
「ダメだよ、カズ。この儀式は無理」
「なんで?」
「よく見てよ。この儀式は、行き先にいる人がやらないといけないの。私達がやっても意味ないの」
「無効の奴らがやんないとダメなのか。クソッ」
現代側にいる翔は本を持っていない。彼がこの術を知っているなら、とっくに試しているだろう。
「こっちからやり方を教える方法があればな……」
「待って!」
未来はポケットから自分のスマートフォンを取り出した。
「ああ、無理だな。きっと、圏外とか出るんだぜ」
「でもなさそう。見て」
液晶に映るアンテナ線はギリギリ一本だけ残っていた。こrで通話ができたりするかもしれないが、果たしてできるだろうか。二十年先の未来の世界に。
「徹にかけてみるね」
未来は通話を試みた。
「かかれ、かかれ……」
(もしもし)
「黒澤くん?」
どうして翔が出たのかは別として、早く要件を話さないといけない。
(未来ちゃんか? どこで話しているんだ。今どこにいるのか分かるか?)
「私達……###にいるの」
肝心なところでノイズが走った。電波が届くかとどかないかのギリギリの場所にいるのは分かっているけど、もう少しだけ時間が欲しい。
(聞こえない! 頼む。もう一度言ってくれ)
「わたしと一也は過去にいるの」
(過去……)
すると、周りの風景が再び崩れ始めた。園内の木々が腐り始め、地面から骸骨が飛び出し、空の夕日が地上に近づいてくる。こちらの翔は目から赤い涙を流している。
「一九九五年、七月。……でも、もうダメ。このままでは私まで消えてしまう!」
(落ち着いて、詳しく話してくれ!)
「助けて、黒澤くん。儀式を……運命の夜に四隅の儀式を――」
儀式の方法を話す前に電話が切れた。ちょうど、世界の崩壊は止まった。
「どうしたんだ、二人共?」
こちら側の翔が怪訝な顔を浮かべてる。ややこしいにも程がある。彼に相談してもタイムパラドックスとか起こってしまうので、不用意な発言はできない。
「何でもない」
「とにかく、奴はずっとあの学校を狩場にしているんだ。何十年も、何百年も。昔、生徒だったやつは大人になって、自分の学校に自分の子供を通わせているんだ。そこに化物がいると知らずに。いなくなったことにも気づかない。消えた竹井もじいさんから忠告されていた。勘のいい人は、あの辺が悪い場所だと分かっていたんだ」
「親から子……そうだ!」
一也がまた大声で叫んで、未来はベンチから転げ落ちた。
「何よ、今度は一体――」
「一つだけ方法があるぞ。二十年後の黒澤達に伝える方法が!」
「二十年後のおれに何を伝えるんだ?」
「気にすんな」
「気にする。なんか、お前達おかしいぞ。まあ、いいや。ところで、話題を変えるんだけどさ、お前らは付き合ってんの?」
一也が思わず、「はい」と答え、後ろから未来のパンチを食らった。それでも飽き足らなかったのか、強力なつねり攻撃を食らった。それでも、彼に悔いはなかった。
「ばかっ。ただの幼馴染だから」
「一応仲は良さそうだな」
「そんなことないよ」
「参考でいいんだけどさ、教えて欲しいことがあるんだが……」
翔は急に恥ずかしそうに、言葉を詰まらせた。
「その、なんだ」
「気にしないで言ってよ。私達でよかったら相談に乗るから」
「そうだ。俺ラとお前は二十年来のダチだからな」
「じゃあ、教えてくれないか。デートの方法」
2
雛は家に帰ると、今日の出来事を忘れようとした。部屋にこもってずっと頭を下げていた。
夕方になり、母親のらん子が帰ってきても、部屋から出ようとしなかった。
「入るよ、雛」
「入んな」
マンションといっていも、限りなくアパートに近い。今時珍しいふすまの部屋なので、鍵なんかないのだから、雛の憧れるオートロックもない。
「入んなって言ってんだろ」
「何かやな事でもあったの」
雛は答えない。
「最近、ずっとそうじゃん」
「生まれつき」
「バーカ。あんた、半年前までずっとバカみたいに明るかったじゃん。だから、昨日はよかったよ。久しぶりにあんたの笑顔を見れた」
バカバカしい。自分がそんなヘラヘラはめを外すわけがない
「そんなことすっかよ」
「あんたも石頭だね。昔のあたしとソックリ。でも――」
雛の頭に小さな箱が当たった。近所のケーキ屋のロゴが印刷されている。
「今日はあんたの誕生日だろ?」
「そうだったかな……」
「この子にも頼んでおいたのさ」
らん子の後ろで亘が小さな包みを持っている。
「ハッピーバースデー、雛ちゃん」
「そうだったよね。今日はあたしの――」カレンダーを確認すると、雛は吹き出した。「バーカ。ふたり揃ってバーカ。あたしの誕生日は明日だよ」
「へ?」
らん子は亘に耳打ちする。
「ちょっと、今日じゃなかったの?」
「ゴメン、おばさん。僕の勘違いだった。でも、一日遅れならセーフだよ」
「それもそっか。そうだよね」
こいつら……。さっきまでの暗い気持ちが嘘のように薄れた。
「そういえばさ、昨日一緒にいた子はどうしたの?」
「黒澤くんはちょっと用事でいないんだ」
「実はさ、あの子で忘れていたことを思い出したの」
らん子はタンスの中をあさって、一枚の封筒を出した。
「何それ?」
「聞いて驚かないでよ。あたしの初恋の男の子のラブレター」
「黒澤くんの?」
不用意なことを言った亘の口を、雛が塞いだ。
「昨日から何かモヤモヤしたものがあって、さっき帰るときに思い出したの。彼は20年後のちょうど昨日になるまで見ないでくれって」
「よく今の今まで保管してたよね」
「あったりまえだろ。初恋の人だよ。さあ、娘の誕生日も祝ったついでに本邦初公開といこうか」
らん子が封筒を破って、中に入った紙を読み始めた。
「何、これ?」
「四隅の儀式、私達、小宮未来と高橋一也を……二〇一五年七月に戻す方法を書き溜めます。なんじゃあ、こりゃあ!」
らん子は手紙を放り投げた。そして、台所から一升瓶を取り出した。
「どうしたの、ママ?」
「今日はあんたの誕生日をやるぞ。そして、あたしの初恋失恋記念日だ!」
亘は手紙を拾い上げると、雛に見せた。
「これ、高橋くん達だよ」
「間違いない。これ、小宮の字だ! ママ、これをどこでもらったの?」
「二十年前、学校だったかな、いや、よく知らない女の子からもらったの。好きだったあいつからだって。でも二十年後の昨日まで絶対開けるなって言葉を信じて。分かってる。馬鹿な母親だろ。でもさ、もしかしたら、結婚しよう、おれはどこどこに住んでるから会いに来てくれとか書いてるかもしれないって、夢を見てたわけよ」
「結婚詐欺に引っかかるタイプだね。でも、いいじゃん」
「何がいいっていうのよ! 今日は飲むからね!」
「助かる人がいるかもしれない」
雛は小さな声でそう言った。
3
放課後、三人は亘の部屋にいた。翔は亘の様子がおかしいのに気づいた。ニヤニヤして気持ちが悪い。
「何かあったのか?」
「僕の方が先だった」
「何が先だったんだ?」
「僕が生まれたの今日なんだ」
「ハッピバースデー亘。生憎、プレゼントを買う余裕はない」
「いいよ。で、雛ちゃんの誕生日は明日なんだ。つまり、僕の方が一日早いからお兄さんになる。だから、今日からやっぱり雛ちゃんって呼んで、雛ちゃんは僕を、亘兄ちゃんって呼んで――」
「呼ばねえよ、ボケ」
雛の強烈なカウンターを横腹に喰らう亘。翔は安心する反面、呆れながらもまあいいと本題を切り出した。
「とにかくだ、その手紙の内容の真偽を疑う余地はない。未来ちゃんらは過去の世界から、君のお母さんにメッセージを託した。四隅の儀式を行えば、二人を現代に戻すことができる」
「とりあえずよかったね」
「いや、簡単にはいかない。この儀式の鍵は、過去と同じ場所と時刻で行わないといけない。少しでもズレたら、二人は永遠に亜空間をさまようことになる」
「四隅の儀式ってなんだ。なんで、八人も要るんだよ」
「責任重大だね。でも、四隅の儀式ってどんなものなの?」
「この儀式と似ている話がある。山小屋の怪というものだ」
翔は、ある怪談話を説明した。
ワンダーフォーゲル部の大学生ら五人が、ある雪山を登山していた。ところが、晴れていた天候が悪化してしまう。猛吹雪が荒れ狂う中、彼らはたちまち遭難する。彼らは何時間も歩き続けたが、ついに一人が力尽きて凍死した。仲間の遺体を置いていけないと思ったものの、四人にそんな力の余裕はなかった。さらに彷徨った彼らは山小屋を見つけ、そこで夜を明かそうと思った。
ところが、山小屋には毛布以外があるだけで、肝心の暖房器具は故障していた。このまま眠れば、全員凍死は免れない。しかし、四人とも体力の消耗は激しかった。
その時、リーダーが一つの提案をした。全員が順番に動いて、眠らないようにするしかない、と。手順はこうだ。それぞれ、部屋の四隅に座り、時計回りに一人が次の角まで移動して、そいつの肩を叩く。そして叩かれた奴は次の角まで移動して、そこにいる奴を叩く。そのやり取りを延々と繰り返すののである。彼らはこの作業を何時間も続けた。二時間、三時間、四時間……夜は更けていった。
翌朝、彼らは無事だった。空は嘘のように晴れていた。これで下山する事ができると、全員が安堵した時だった。一人がある事に気づいて指摘した。
俺達が昨夜していたあの作業、よく考えてみたらおかしくないか?
「どこがおかしいの?」
話の中の人物みたいに、雛が指摘した。
「あ、僕は分かっちゃったかも」
「マジで?」
「昔、怖い本で読んだ事ある」
「ズル」
翔は話の続きを再開した。
俺達が昨日していたあの作業、今になって考えてみるとおかしいんだ。そいつは言うと、紙に書いて説明した。
四隅にいる四人。仮に時計順に右上からA、B(右下)、C(左下)、D(左上)とする。まず最初に、右上にいるAが右下のBのところまで行き、次にBが左下のCへ、そしてCが左上のDへ移動する。最後に、Dが右上へ移動すると……。
彼らはそれに気づいて、全員が声を上げた。四人ではできない。この作業は五人以内と一回りで終わってしまうのだ。しかし、現に彼らは昨夜、一度も途切れる事なく、同じ作業を繰り返していたのだ。じゃあ、俺が叩いた奴は誰なんだ。最初にDの位置にいた者は戦慄した。僕の肩を叩いたのは誰なんだ。Bの位置の者も同様だった。
その時だった。リーダーがメンバー以外の視線を感じて、ふと、部屋の隅を見た。そして、今度こそ絶叫した。
そこには、山小屋に着く前に見捨てたハズの仲間の遺体が壁にもたれていたという。
雛はひきつった顔を浮かべている。ツッパリの割には怪談話は苦手みたいだ。
「その話が儀式に関係あるの?」
「そうだ。このこの怪談話に出てくる行為はは、江戸時代からあった肝試しと同じものなんだ。それが現代の怪談話の起源になったんだ。そして、この肝試しは一種の降霊術でもある」
「降霊術?」
「あの世にいる死者を現世に呼び戻す術。西洋では古代からあった。それはともかく、この書によると、離れた距離、時間の差がある二つの空間で、この四隅の術を同時に行う時、五人目を片方に投入することで、もう片方の空間に移動できるという」
「つまり、過去にいる小宮達を、この儀式で呼び出すのね」
「過去の幽霊としてな。ただし、ほぼ同時でなければいけない。タイミングを外してはいけない」
そこがどんな場所なのか見当がつかない分、不安と恐怖は半端なかった。
「でもさ、それぐらいしか助かる方法はないんだろ」
「問題がもう一つある」翔は言葉を続けた。「この儀式は学校の中で行わないと意味がない。パワースポットの中でやらなければ、この儀式の力は発動しない」
「妖怪の巣の中で儀式をするんだね」
「ヘビーね」
「しかも、手紙には君の誕生に儀式をしろとある。つまり、明日だ。明日までに鶏の血と、カブトムシの目玉、蛆虫とトリカブトをすり潰して、依代となる四人の処女と童貞を調達しないといけない」
「処女と童貞?」
「君らはさすがにセックスをしたことないだろ、おれもないから三人確保だ」
「ねえ、黒澤」
「なんだい?」
「今日からあんたのあだ名は完全なるヘンタイエロクソ野郎で決まりね」
「勝手に呼んでくれ。あと一人は徹しかいないな。美月ちゃんまで連れて夜の学校に行くのはリスクが高い」
翔は改めて、目の前の二人に確認しようと思った。
「怖いなら降りてもいい。これからするのはとても危険なものだ。儀式に失敗して二人を殺してしまうかもしれないし、君達の身の安全も保証しきれない」
亘はおずおずと手を挙げた。
「僕、やるよ」
「コイツがやって、あたしが逃げるわけにもいかないもんね」
「ありがとう、二人共」




