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新生 学校の怪談  作者: 周防まひろ
第二章 侵蝕ノ刻
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23/58

亘と雛


    1


 翌日、亘は教室に入るなり、周りを警戒しつつ自分の席に着いた。今日は何事もないかと安心した刹那、机の表面に置いたランドセルが離れない。最初は何が起こったのか理解できなかった。次に指先が机に張り付いていた。一体何がどうなっているのかと思った矢先、誰かが肩を思いっきり叩いた。

 誰であるのか考えるまでもなかった。

「よお、篠田。朝から何してんの?」

「おはよう、吉岡くん。今日は何をしたの?」

「気づかなかったのかよ。どんくさいな、お前って。瞬間接着剤だよ、馬鹿」

 確かに、椅子に貼りつくズボンにベトベトする何かがぬられていた。指がくっつきそうになる

「ホントだ。あははは」

 亘は乾いた笑いで相手が喜ぶリアクションをした。彼らのやり取りを遠目で観察していたクラスメイトも小さく笑いつつ、呆れた表情を隠そうとしなかった。このクラスで関わりたくないのに、関わってくる生徒がが吉岡龍樹だった。

 狐のようなにひょろりとしている。背格好は普通だから、性格がまるで狐そのものだ。亘の印象はそれだった。昔読んだ童話に出てきて、他の動物に嘘をついたり、意地悪をしてくる。それか、ディズニーの『ピノキオ』に出てきて、ピノキオをサーカスに売り飛ばそうとしてくるやつとか。

 そういうやつは最後は反省するか、群れから追い出されるのがお約束になっているけど、現実にはそうならないのを亘は知っていた。

 自分のいるクラスの大半は狐のやっている事を見て笑っているから。

「なあ、知ってるか? 今学校で流行ってる怖い話。恐怖のワタルくんだ。おめえも下の名前がワタルだよな」

「う、うん」

「同じ名前のやつをさ、ワタルくんがさらって喰い殺しちまうんだぜ」

「やだ、怖い……」

 女子の一人が囁いた。

「俺が聴いたのはこうだ。ワタルくんは人間に化けて、子供をさらうんだ。下の名前の奴が怪しいぞ」

 龍樹の言葉を皮切りに冷たい視線が突き刺さる。

「どうしたの、みんな?」

 亘の声は震えていた。龍樹の手が伸びて、彼の首根っこを捕まえる。プロレスごっこの続きをやるように思えなかったが、そうであってほしいと願った。

「ワタルくんを皆でやっつけようぜ」


    2


 五年生の教室がある表校舎二階の踊り場。すっかり人気のなくなった中庭を映す窓、その真横に貼られた一枚のポスターに、翔は思わず足を止めた。

「これは?」

『ワタルをやっつけろ!』

 黒い背景に棒人間が首吊りにされた上に、全身を串刺しにされて赤い血を吹き出している。頭だけが大きく、色鉛筆で描かれたその顔は稚拙なデザインだが妙にリアルがある。断末魔が聞こえてきそうだった。

 今朝、消えた生徒の数を勘定していて、似たようなポスターは校内で見つけた。

『ワタルを見つけたら殺せ!』や『八つ裂きにしろ!』など過激なスローガンもあった。

 問題は、このポスターを作ったの誰かではない。こいつで起こる悪影響だ。翔は胸騒ぎを覚えて、急いで五年二組の教室に差し掛った時だった。

「ワタルくんをやっつけろ!」

勢いよく開け放たれた扉から、複数の生徒が誰かを胴上げしながら出てきた。その顔に見覚えがあった。

「やめてよ!」

 持ち上げられている亘が叫んだ。しかし、クラスメイト達は彼を上に乗せたまま、階段まで歩いていく。まさかと、嫌な予感がよぎる。

「化け物を階段から落っことせ!」

 翔が先回りして、前にいるやつの胸を強く付いた。バランスを崩して、担ぎ手の上に亘が倒れた。

「逃げるぞ」

 無理やり亘を助け起こすと、翔は走り出した。彼を二組の教室に居させておくのは危険だと思った。これも、あの魔物の仕業かもしれない。同名なのをいいことに、亘を孤立させようとしているのか。 

 もしくは、別の思惑があるのか……。

「化物が逃げたぞ!」

 後ろに刺さる言葉が聞こえなくなるところまで逃げた。そこは体育館の裏手だった。周囲は小さな竹林になっている。体育館の壁面の真下に小さな祠があった。

「ありがとう、黒澤くん」

「一体どうしたんだ?」

「なんか、皆が僕を妖怪と勘違いしたみたいなんだ。アハハハ……」

「アハハじゃないだろ。お前はあいつらに殺されかけたんだぞ。昨日だって、トイレに閉じ込められてたんだろ?」

「うん、まあ、そうなんだけど。そんな大げさなものじゃなくてさ」

 なんだかにつまらない言い方に、翔は頭をかいた。こういうのが一番嫌いだった。亘は自分がどんな状況にいるのかも分かっていない。だから抗おうともしない。

「おれは他人だから手を出す気にもらないから言っておくけど、こんなことが起こる前から、いじめられてんだろ。その自覚はあるのかよ」

「僕、いじめられていないよ」

「何?」

「みんなは僕が面白いと思うから、からかってるだけなんだ」

「面白いだけの理由で、階段から落とそうとしたり、ケツにボンドを塗ったりするかよ。お前にはプライドはないのか?」

「プライド……うーん。黒澤くんは疲れないの? そうやって、他の人といがみ合ったりして」

「喧嘩が好きな奴は野蛮だが、しなければいけない時もあると思ってる。なあ、篠田は自分が我慢していればいいと思ってるだろ。一人の問題だからって。でもな、お前を大事に思う人間の身になって考えてみろ。そうすれば、喧嘩ができるようになる」

「でもなあ、僕……」

「分かった。この問題はおいおい考えるとして――クソッ!」

 翔は周囲に飛び交う蚊を叩いた。この辺は昔から蚊が多い。

「ひどいね、このへん」

「とりあえず移動するぞ」

 二人は校舎へ向かった。

「昨日、どうして学校へ行ったんだ?」

「雛ちゃんに言われたんだ。忘れ物があるからって」

 あの女の子が少し危機感が足りないな。いじめを自覚できないやつと彼とでは、少々荷が重い。一刻も早く、未来と一也を助け出さないと。

「ねえ、黒澤くん」

「なんだ?」

「さっきからおかしい」

「何が?」

「僕ら、ずっと竹林を歩いてる。こんなに広くなかったよ」

「はあ……奴が仕掛けてきたな」

翔はため息を吐くと、竹を次々と足で折り始めた。

「何してるの?」

「ここは迷いの森だ。どこまで行っても外には出られないってパターンだ」

「そうか! 森に閉じ込められたら森を減らせ」

「その通り。さあ、手伝ってくれ」

「でも、環境破壊になっちゃうよ」

「……お前も蹴ろ。環境保全なんてクソくらえだ」

「ひどいな」

 亘も仕方なく竹を蹴った。周りの風景が広がり始めた時、耳障りな羽音が聞こえ始めた。蚊の音なのは分かったが、耳の横に響くよりもひどい。頭の中に大きやつがいるようだった。

「黒澤くん!」

「え?」

 翔は自分の背中が急に重くなった気がした。何かがうごめいている。振り向いてその正体を見た時、彼は「うわあっ!」と声を上げた。

 黒い塊に羽が生えている。一瞬巨大なハエかと思ったが、そいつの足は白と黒の模様をしている。そして、ストローのように伸びた嘴をしている。その先が翔の首筋に突き立てようとする寸前、亘が折れた竹を振り下ろした。

「黒澤くんから離れろ!」

 竹を直撃した蚊は彼から離れると、二人の上を旋回する。

「特大の殺虫剤が欲しいな」

「おれに時間をくれないか。その間、おれは身動きができない。お前を助けることもできない。やってくれるか」

「黒澤くんを信じるよ」

 翔は地面を足で円陣を、その内側に幾何学模様の紋章を描くと、ポケットから取り出した紙切れに書かれた文字を小声で唱え始めた。

 亘は手頃な竹を構えた。

 巨大蚊は二人の鼻先を飛んで、機会を伺っている。動きの止まっている翔を狙っている。その度に亘が追い払った。

 すると、蚊は目標を亘に切り替えた。彼の周囲を素早く移動しながら徐々に近づいてくる。

 突然、背後に近づいた時、亘はめちゃくちゃに振った竹が蚊の脳天を直撃した。グシャリと音を立てて、頭部を粉砕されて、黒い血を吹き出して倒れた。

「やった! こいつで最後ならいいんだけど」

 亘は自分の言葉を後悔したに違いない。大量の羽音が聞こえたからである。それも一匹か二匹どころではない。不快な音の重なりが竹林に響いた。

「わあっ!」

 笹の葉をかき分け、無数の巨大蚊が飛来した。不快な羽音が鼓膜を破りそうな勢いで殺到する。

 亘は竹を振り回して、何匹かを地面に沈めた。

「まだ?」と問いかけたが、翔の念仏は止まらない。

 蚊が一斉に亘に飛びかかった。

「止めろッ放せ!」

 背中に張り付いて、嘴を立てようとする。

「いやだあッ僕の血は美味しくないよ」

「伏せろ!」

 翔が急にそう叫んだ。

 亘は咄嗟に地面に倒れた直後、疾風が頭上を叩いた。台風が吹いたように蚊の軍団をなぎ倒し、竹林が根こそぎ倒れていく。目をつぶりながら、それが過ぎるのを待った。

「もういいぞ」

 翔の声がした。亘は目を開けると、周りは普通の竹林に戻っていた。体育館の壁面が見える。

「僕らは無事なの?」

「ああ。ちょっと噛まれたようだが」

 翔は不愉快そうに腕をかきむしる。

「痕が残るよ。保健室でかゆみ止めを借りよう」

「それより、仲里の方が心配だ」

 時間は二時間目が終わり、休み時間が始まっていた。


    3


 翔と亘は一組の教室に立ち寄ったが、雛の姿はなかった。

「おかしいな、いつも、自分の席でぼんやりしてるのを見たんだけど」

「トイレじゃないのか」

「そうかも……あ、あれじゃないかな?」

 廊下の角に消えていく雛の姿を捉えた亘は、その後をついていく。声をかけようとしてやめたのは、彼女の真横に一組の担任がいたせいだった。どことなく、雛の方は緊張した感じに見えた。二人が使われていない教室に入っていく。

「佐奈田のやつ、あの子に何の用があるんだ」

「雛ちゃんは不良っぽいところがあるから、また怒られてるのかも」

「そんな悠長なことじゃないぞ。説教だったら、職員室でやるだろ」

 翔は教室の窓を覗くや否や扉をノックした。間髪いれずに乱暴に開かれ、雛が飛び出した。

「雛ちゃん」

 雛は顔を上げないまま、無言で亘を突き飛ばして走り去った。あとから、佐奈田が教室から出てきた。

「待ちなさい。まだ、指導が」

 真横から翔が足払いをして転倒させた。

「亘、追いかけてやれ」

「でも」

「あの子は強がるしかない。誰も支える奴がいないからだ。行ってやれ。おれはこのエロ教師に用がある」

 翔に急かされて、亘は彼女の後を追った。表校舎と裏校舎をつなぐ渡り廊下で、雛の足は止まった。ガラス張りのトンネルをしたそこでは太陽光がさしかかる。

「ついてくんなよ、デブ」

「あの先生と空き教室にいたの?」

「ちょっと説教くらっただけだよ。あんたと違って、あたしは落ちこぼれだから」

「昨日だって」

「だからどうなんだよ」

 雛は振り向いて、赤く腫れた瞳を見せた。

「あたしに何があっても、あんたには関係ないだろ」

「関係あるよ!」

 亘の言葉には力があり、雛は黙った。

「関係あるんだ。雛ちゃんを一人にできるほど、僕だって無神経じゃない」

「亘……」

「話さなくてもいいから。でも、無理はしないで」

「無理なんか、してない」

「ホントに?」

「あたしに恥しいことをかかせんな、バカ……」

 雛はそれだけ言って顔を隠しながら、亘の胸に顔をうずめた。

 彼は黙ったまま、小さく震える華奢な体を支えた。

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