四章 月下の再会と誓い
誓いを立てた日から丁度一ヶ月が経った。
その日の夕刻。
日が沈み始めるその時間、俺は森の一角で膝をついていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
何度ふっとばされたか、もう数えるのも馬鹿馬鹿しい。
休息を求める自分の身体を叱咤し、立ち上がろうとすると。
「っし、こんなもんだろ土台作りは・・・・・・少し休んでろ、今から私は鬼喰らいの準備を始める」
クレハの言葉に緊張がとけ、途端に地面に座り込んでしまう。
「無理に起きてる必要もない、数時間はじっくり寝て体力を回復させておけ。儀式に耐えれるためにも体力は万全にしておく必要がある」
そう言われたなら、その通りにした方がいいだろう。
俺はゆらり立ち上がって、静かに家の中に入ろうとする。
「っとその前に、これ、飲んどきな」
クレハは瓶を放りなげ、それを受け取る。
「・・・・・・」
「そう警戒しなくても、そりゃ普通の回復薬だ。修行中に飲んでいたアレとは違う」
じっと瓶を見つめたせいか、クレハは笑った。
「別にそれかどうかの確認したわけじゃないけどな」
ただ、毎回飲まされたモノがあまりにも――ああ、結局一緒かと苦笑したあと、回復薬を口に流し込んだ。
俺が今まで飲まされていたのは禁止薬とされているもので、どんなケガも瞬時に回復させるが、その変わり回復の瞬間激痛が伴い、又身体を酷使させるため、使用するだけ寿命が縮むという恐ろしいものだった。
『一ヶ月という短期間で身体を鍛えようとすりゃそれぐらの代償は当然だし、鬼喰らいに成功すりゃ寿命は何倍にもなる――――別に何の問題もないだろ?』
恐ろしいことをにこやかにいうクレハだったが、言われてみればその通りだと納得したが―――。
「・・・・・・」
あれは自分が予想とする地獄なんて生温いといわんばかりの一ヶ月だった。
一ヶ月の修行を思い返しながら、甘さの中に薬の苦みが混じった液体を飲み干すと、じんわりを腹の底に熱が溜まって、失っていた体力が徐々に回復していくのがわかる。
「サンキュ・・・・・・あんたの言うとおり、少し寝るよ、失敗したくないからな」
「そうだな、準備ができたら起こしてやる、そして儀式をやり終えたら、速効でリーシャ取り戻すぞ」
「おう」
軽口を交わし、部屋に戻ると速効でベッドに潜り、目を瞑ると速効で眠気がやってくる。
体力は回復しても、地獄の一か月を体験したこの身体はまだまだ休息を求めているらしい。
俺はその睡魔に素直に身を委ねることにし、眠りについた。
―――おやすみなさいクロエ、良い夢をみてね。
聞こえてきた幻聴に心の中で呟く。
おやすみなさい。
「起きろ」
その言葉に目が覚める。
「さ、準備は整った外へ出ろ」
クレハの言葉に従い、部屋から外へ。
空には雲一つない満月、その光で照らされている。
先ほどの修行場所へやってくれば、地面には見た事のない文字で描かれた魔方陣があり、それが揺らめくような紅い光を作り出していた。
「さ、そこへ立て」
くいと陣の中央へ促すクレハ。
「事前に説明したが、最終確認だ。鬼喰らいは、鬼人の体内の一部を自身の体内に取り込み、自身の糧とする禁忌の儀式。今からお前は私が持つ14本の内の1本の角を取り込んでもらう。言葉にすりゃ簡単だが、鬼の力をその身に受けるんだ。人間の身体じゃ到底耐えきれない。だからこそ、この儀式はお前の身体を鬼人に近い身体へと移ろう儀式でもある。変わりきる間、絶え間ない激痛がお前を蝕むだろう。それはここ一ヶ月で受けた痛みとは比べものにならない――――わかっているな?」
「ああ」
「覚悟は?」
「ある」
「よし」
陣の中央へたつと、何かが俺の身体の中に入り込んでくるような感覚があった。
痛みは、まだない。
「角を取り込んだあとは、途中でやめれない。儀式をやり終えるか、それとも死か――――――お前次第だ。頼むから・・・・・・途中で死んでくれるなよ?」
軽口ではあるが、クレハの声には温かみがあった。
「わかってる、じゃあ・・・・・・頼む」
クレハは軽く頷き、角を一本とりだすと、ゆっくりと俺の胸を刺す。
本来なら血が流れ肉を食い破るだろう感覚は全くない。
まるで、ずぶりと吸い込まれるように中にはっていくるのは、儀式の・・・・・・。
そこまで考えた所で。
「あああああああああああああああ!!」
気づけば悲鳴にも似た叫びが口からほとばしっていた。
「耐えろクロエ、お前の願いはその痛みの先にある」
誰かが、何か言っている。
それどころではない。
「ああああああああああああああああ!!!!!」
膝をつき、自身の肩を腕で抱く。
爪を立てて痛みを誤魔化そうとするが、全く効果はない、
いたい、いたい、いたいいたいいたい!!
内側が食い破られているような感覚。熱が身を焦がすような熱さ。
ブチブチと何かが切れては繋ぎ合わされるような、そんな感覚。
「あああああああ!!!!!」
声をあげているのは、自分の意思なのかさえ、わからない。
いたい、あつい、やめろ。
「ああああああああああああ!!!!」
そう思ってもとまらない、とまってくれない。
ああ、これは、ほんとう、じごく、だ。
「ああああああああああ!!!」
「クロエ、思い出せ!お前なんのタメに、誰のために、今そこにいて、人を止めようとしているのか!」
だれかがなにかいっている。
「そして、自身の怒りを思い出せ! 世界に牙を立てようとしたお前の怒りを、願いと怒り、それがお前を繋ぐ糸となる!」
ねがいと、いかり――――
『愛しているわ』
ああ。
『さようなら』
ああ。
『少年、これは慈悲だ』
ああっ。
『ガゥ!!』
ああっ!
そうだ、そうだ、そうだっ!
願ったはずだ。母を取り戻すと。
憎かったんだ。
大人も、世界もっ。
何より。
無力なままでいることも!
だから今ここにいる。
だからこそ、負けてはならない。
これを越えれば願いが叶うというのなら。
こんな痛みで躓いてなど、いられるか!
「ああああああああああああああああ!」
悲鳴から、気合いへ。
ほとばしるほどの熱を持って叫ぶ。
「おれ、はぁ! こんな、痛みにぃ! 負けてる場合じゃ! ねぇんだ! だから、俺に、力をよこせぇ!!!!!!!!」
瞬間血のような紅い光が閃光となって自身を包む。
視界が紅く染められる中、魔法陣の文字が意思をもったかのように動き、俺の腕に纏まりつく。
そして――――。
「おめでとうクロエ、よく耐えた。そして喜べ。お前は確かに力を手にした。何者にも、何事にも屈しない、そんな力を、だ」
「――はぁ、はぁ、はぁ、」
「ああ、口を開く余裕はない、か。ならそのまま聞け。体力が回復次第、リーシャを奪還しにいく。ああ、どうやってとか野暮な事を聞くなよ? お前の修行をつけている傍らでちょいと情報収集ぐらいわけなかったし、なによりお前私はこれで姿を変えられるのはお前も知っているだろう」
指輪をはめると、威圧感が減り、出会った当初の姿となる。
「人紛いの指輪、我ながら便利なモノを拾ったもんだ。まあそういうわけだ、ここから国の移動も、そこからの人混みに紛れての情報収集もわけなんてない、それが理解出来て、今日リーシャの奪還を行う、それが理解できたのなら、回復につとめてろ、いいな」
「――――」
「よしよし」
ウンウンと頷いたところで、クレハは壁に立てかけてあった布袋を掴み、俺に手渡す。
「そして、これをお前にやるよ」
これは一体なんだろう?
そう思う俺にクレハは布袋の中身について説明を始めるのであった――――。
母さんが幽閉されているのは、国の城から少し離れた塔だという。
『死刑に出来ない、けれど表だって動かれても困る、そんな奴らを閉じこめておく籠みたいなもんらしい――――やれやれ、人間ってのはどうしてやることが陰湿なものかね』
見張りは一人、だが何かあれば直ぐに多くの兵士が駆けつけるようにできている、とのこと。
『雑魚はまかせとけ、お前はリベンジを果たしたい相手がいるんだろう?』
騎士の中で最も強かった男、名をウォーレン。
ヤツは団長にして、この国一番の実力者――――それがクレハから得た情報。
『ま、悪い奴ではなかった、ってのが私の見たてであるが――頭でっかちなのと、ヤツはベアを殺っている――――だから本来なら私が同じ目にあわせたい所であるが――――その役目はお前に託そうクロエ』
とんと軽く胸を叩かれる。
『お前の好きにしろ、お前のやりたいようにやれ、その上で、母親を取り戻してこい』
その言葉に呼応するかのように気持ちが高ぶる。
取り戻す、そうだ。
もう、俺から何も奪わせない。
そうして鬼紛いとなった力で、人なら数日かかる道のりをわずか数時間で辿り突き、塔の近くまでやってきた俺とクレハ。
「あの塔は破壊されても、守護している兵士を兵士に見つかっても、結局大勢のやつらがかけつける。だから小細工しても一緒、あとはわかるな?」
「ああつまり正面突破、だろ? いこうぜ」
事前の説明を受け、そのまま突っ込もうとする俺を豪快に笑うクレハ。
「まてまて慌てんな、クロエどうせだったら、格好よく助け出したいだろ?」
「いや、そんな事はないぞ」
助け出せたら何でも良いと返すと、シラケたような目で見られる。
「・・・・・・やれやれ、ロマンのないやつめ――このまま正面から入って扉を開けて救出されるよりも、窓から侵入して、月を背に助けだす、こっちのが絵になるし、なにより――」
「なにより?」
「リーシャが喜ぶぞ、女ってのはそういうロマンチ~クッなのに弱いんだから」
「・・・そう、なのか?」
「そうそう」
どうなんだそれ? と思ったが、そういや昔読んでたお伽話で王子様とお姫様が結ばれる話しを読んでもらった時「女の子はね、こういう話しが大好きなのよ~」とか言っていたような――。
「ま、どっちでも同じなら、それでいいか」
今の力なら塔のまでなんてすぐだし。
「それでいい、いってこいよヒーロー」
「ヒーロー・・・・・・」
英雄とかヒーローだとか、そういう言葉は柄じゃない、というより好きじゃないと、そう返そうとすると。
「うだうだ悩むなよ、お前はリーシャを守る、リーシャにとってのヒーロー、そこに異論はないだろ?」
バンバンと背中を叩かれる。
「・・・・・・」
クレハの言葉をじっくり飲み込んだあとでこくんと頷く。
「それでいい、じゃあ私はお前とウォーレンの決闘が終わるまで、遊ぶとしますかぁ」
指輪を外すと、肌の色が変わり、鬼の角が出現し、クレハの気配が強くなる。
その姿のままゆるりと塔の門番のところまでやっていき。
「よう、今日はいい夜だ、そうだろう?」
あまりにも気安く話しかけたせいだろう。
門番は呆気にとられた顔をしたあと、直ぐに魔石を取り出し地面に叩きつける。
すると魔石は砕け散り、光の粒となって消えた。
あれは伝令用の魔石。
砕けば兵士達が緊急事態に気づき、かけつけるためのもの。
「おう呼べ呼べ、喧嘩はさぁ」
腰に差した刀は抜かずに。
「派手な方が面白い。かかってこい童、鬼人が鬼と呼ばれる理由を教えてやる」
くいと手招きする姿は言葉とは裏腹に優雅だった。
それを見届け、空を眺める。
空には満月。
銀の光が淡く輝いていた。
「――――いくか」
そうして塔の最上階めがけ、俺は跳んだ――――。
鬼紛いとなった俺はあっけなく、塔の最上階の窓まで辿りついた。
「クロエ・・・・・・来たのね」
閉じていたらどうしようかと思っていたが、窓は開いていた。
そのためするりと入り込んだ所で母さんが部屋に立っていたのだ。
「クレハから聞いていたから来ると思っていたけど――」
ああ、そうか。道理でと思った所で、母さんの表情が硬いことに気づく。
どうしてか、なんて言わなくてもわかる。
きっと俺が約束をやぶったせい――。
「クロエ、あなたのその姿――――やっぱり鬼紛いの儀式を・・・・・・」
「――――」
唐突に言われて、なんて返事をしたらいいのかわからない。
「鬼紛い――――鬼人の一部を体内にとりこむことで、人を越えた力、寿命を得る。聞こえはいいけど、儀式には激しい痛みが伴い、失敗すれば・・・・・・」
つかつかと俺に近寄り、すっと俺の頬をなでる。
「それに、鬼紛いに耐えるためには、肉体を極限まで鍛えあげなければならない。そうしないと確実に死んでしまうから。それをたった一ヶ月で行うには無理なんて言葉では片付けられる苦痛を伴ったはず・・・・・・」
そっと俺の頭を撫でる。
鬼紛いの儀式耐えうる修行と、鬼紛いにより色を変えた、白髪と赤髪が混じった俺の髪を、憂いを帯びた瞳で見つめたまま撫で続けた。
「母さん」
瞳の中の俺は、髪だけじゃなく、片方の瞳の色も変わっていて、尚且つ鬼紛いで得た鬼の力を制御するため、右腕には紋様が刻まれていた。
「クロエ、私は嬉しくないわけじゃないわ。愛しているあなたに会えて、とってもうれしい」
でもねと瞳を伏せたあとに言った。
「あなたが苦しんで変わってしまったことを、良かったなんて言葉で片付けたくないわ」
「・・・・・・ごめん」
「謝ってほしいわけじゃないの、わかるでしょう?」
「・・・・・・うん」
それはわかっている。
それでも。
「悲しませていることは変わらないからさ、だから謝るよ」
俺は母さんを悲しませたかったわけでは決してないから。
「たださ、見てくれよ今の俺を」
そっと母の両手をとって自分の頬にあてる。
「俺さ、悲しんでないだろ? 苦しんでないだろ? 姿が変わってしまって、それで母さんに心配かけた事は悪いって思っても、姿が変わって、人間をやめてしまっても、それでも辛くないんだ。だから今の俺をちゃんとみてくれよ」
「クロエ・・・・・・」
俺は笑う、心から。
母さんの姿や表情でよく見える分、背に立つ俺の表情は見えにくいだろう。
そう思って、顔を近づけて、満面の笑みを浮かべ続ける。
「俺は嬉しいんだ。力を得て、母さんを守れること、寿命が延びて母さんを一人にしないこと、それが嬉しくて、そうなりたかった・・・・・・だからさ、鬼紛いの儀式が辛くなかったわけじゃないけど、それをやってでも、俺は母さんを――――」
そう言った所で、部屋に誰か入ってきた。
いや・・・・・・誰かなんてわかっているか。
――――ウォーレン以外のヤツと遊んいる。
クレハはそう言っていったのだから。
だから、下でまだクレハが戦っているのなら、当然来るのは。
「少年・・・・・・いや、クロエだったな」
現れた男は、あの時と変わらず仏頂面の騎士。
この国で最も強い男、ウォーレン。
「邪魔立てしている自覚はある・・・・・・が、黙って見ていることも、見逃せる立場でもないのでな、悪いが立ち入らせてもらうぞ」
兄貴を殺した男。
その男に怒りが生まれないというのなら、それは嘘だ。
けれど、思ったよりもイキリ立つようなモノではなく、静かに心の底に押し込む事ができた。
「いや・・・・・・どっちにしろ、母さんを取り戻すうえで、あんたとは戦いたかった、だから丁度良い」
「クロエ」
母さんが声あげるが、手を差し出し苦笑して、動きをとめた。
そして短く「離れていてくれ」といい俺はウォーレンに近づいていく。
「見違える・・・・・・どころの話しではないな。容姿が変わり、内に秘める力も一ヶ月前とは別人だ・・・・・・よほどの地獄を体験した、ということか」
「まあその通り、だけどな。そうする必要があったからそうした、それだけだ」
刀を静かに抜く。
クレハに譲り受けた、俺の武器。
「ウォーレン、お前を倒す。母さんを取り戻すため、兄貴の敵をとるため、そして・・・・・・俺の誓いを果す上で、お前を越えられなきゃ話にもならない」
「話しはわからない。だが、覚悟をもって望んで居るのはわかる。本来なら罪人の・・・・・・しかも何らかの禁忌を破りし者にこのような言葉は不要だろうが――――受けてたとう」
「・・・・・・そうかい、いくぞ」
言葉を交わすと余計な感情が邪魔をする
そう判断して、静かに構える。
「いざ、勝負!」
前とは違い、仏頂面とは裏腹に気迫に満ちた叫びを聞き終えたあとで俺達は死闘を繰り広げた。
「らぁ!」
「ふん!」
刀で切りつけ、剣がそれを受け止める。
互いの叫びと、金属同士の激突音。
火花がちり、殺気が行き交う。
時間にして数秒。
「ちっ」
どちらも引かず、繰り広げる剣劇に軽く舌打ちをする。
するとわずかに目を凝らすのが見え、それが尚更苛立ちを募らせた。
ヤツの表情はまるで「なぜ不満げなんだ?」とでもいいたげで、実際そう思っているんだろう。
「お前と・・・・・・人をやめ、地獄をみて、誰にも負けないと誓い得た力がっ」
刀を振るうのはやめない。
息の続く限り、なんて生ぬるいことはいうきすらない。
柄に力を込め、ヤツの心ごとたたき切るつもりで腕を動かし続ける。
「たかが人間最強と同等で――」
こうして切り結べば嫌だってわかる。
実力は互角。
だが圧倒的に技術はあちらが上。
「単純な身体能力と武器の性能で押し切れる程度の力しかないから、不満なんだよ馬鹿野郎!」
切り結び、お互いの動きが止まったところで、ヤツの刀身を右手で掴み砕く。
「なっ」
金属の破片がまい、ウォーレンは驚愕の表情を受かべた。
「おらぁ!」
そうして得たわずかの隙間にヤツの顔面に拳を叩き込みふっとばした。
そして。
「俺の勝ちだ、ウォーレン」
地面に座り込んだヤツの顔面に切っ先を突きつけ勝ちを宣言する。
「そう・・・・・・だな。負けを認めよう」
意外にもウォーレンはあっさりと負けを認めた。
「もう少し抵抗はしないのか?」
「しない……というより、しても結果は変わらないだろう。油断があればそこをつくが、それはないと理解している」
わずか一瞬の間に、いくつかの勝つ筋を検討し、そしてそれが全て絶たれた、ということだろう。
本当に、つくづく嫌になる野郎だ。
「最後に、一ついいだろうか?」
「・・・・・・なんだ?」
「私が切り伏せた魔物を、リーシャ殿は息子といった、そしてクロエお前の事も・・・・・・つまり私はお前の家族を殺した・・・・・そうだな?」
「・・・・・・何がいいたい?」
「――――すまなかった、それだけだ」
「――っ!」
「クロエだめ!」
ヤツの謝罪を聞いて、刀の切っ先をヤツの首筋に食い込ませ、それを見た母さんは俺に向かって叫ぶ。
「どうして、謝る?」
「お前が右手に罪人の証が刻まれていようと、悪だと思えない。リーシャ殿はその血に人が加わっていなければ、とても高潔な女性だ・・・・・・なれば、謝罪しておきたかった。死ぬ前にな」
「なっ――」
「それはそうだろう? 私はお前の家族を殺した・・・・・・それで自分の命を見逃してくれ、などでは道理が通らない」
「・・・・・・」
「クロエ」
ヤツはどこまでも無抵抗で、ここで俺がこのまま切り捨てようとしても、動かないだろう
それがわかる。
そして、俺はそうしたいと思っている。
母さんがいくら止めたとしても、その感情をなかったことにはできない。
――あいつは悪い奴ではない。
クレハは言った。
その後の言葉は。
――お前のしたいようにしたらいい。
そうだ、俺はそのために力をつけたんだ。
そのために――――。
――本当に?
コイツを殺すために力をつけたのか?
ああ、やめろその先を考えるな。
――――嘗ての家族は冤罪で殺された。
やめろやめろやめろ。
――――新しく得た家族は、兄も母も存在を否定された。
考えるな、そのまま切り捨てろ。
――――それは何故だ?
そうすれば、いくら答えをだしたところで!
――――決まっている、俺の大事な者全てを、世界が否定したからだ。
ヤツが死ぬのは変わらない!
「クロエお願い、恨みに飲み込まれないで! あなたはなんのために鬼喰らいで力を得たの!? 誰かを殺すためだったの!?」
――ああ。
母の一言で、俺は止まった。
それは母の言葉だったから、ではない。
知ってしまったからだ。
自分が出した答えを。
――――世界の不条理から、大事な者を守るために決まっている。
そう理解してしまったら、もう駄目だ。
許してしまうから、ではない。
ここまで道理を貫く男を殺してしまえば、それこそ自身が嫌うものと一緒になってしまうから。
だから、もう殺せない。
「いいのか?」
切っ先を納め、鞘に収めるのを見つめるウォーレン。
「よくない、俺はお前を一生許さない・・・・・・けど、今ここでお前を殺したら、俺は自分の誓いと、人をやめた意味を失う。だから、お前を殺さない・・・・・・」
つかつかと母を抱き上げ、窓際に向かう。
「追ってくるならくればいいさ、その時は何度だって相手になるし、何度だって叩き潰す」
ちらりとヤツをみて。
「俺が目指すのは……何者からも何事からも、大切なものを守り抜く存在であることだからな」
本来なら母に誓うはずの言葉を何故こんな男に言わないといけないのか。そう思って舌打ちすると、クスクスと笑う声が聞こえる。
「……母さん」
「とっても素敵な事だと思うわクロエ・・・・・ウォーレンさん、私もクロエと同じです。あなたを生涯許しません。けれどあなたがとても誠実だと思うから、私もあなたに何もしません・・・・・・どうかそのままであってください。クロエが下した決断を汚さないでください、それが私の願いです」
そういって、母は俺の首に腕を回した。
「行きましょうクロエ」
「ああ、そうだな」
ニコニコしている今の母さんはいつも通り。
こうなると勝てる気がしない。
なので軽く頷いて窓際に足を付け
「あばよ」
そう言って、塔から飛び出した。
「よ、割と早かったな、クロエ、リーシャ」
「そういうあなたはさすがねぇ」
「・・・・・・」
俺とウォーレンの決闘の間に、城の兵士を全部拳でたたき伏せたクレハ。
それをあっさりさすがというあたり母さんも相当なのだと思う。
「まだまだだな、俺」
きっと、今の俺の実力は到底二人には及ばないのだろう。
「何言ってんだ、お前は何者からも、何事からもリーシャを守るんだろう?」
クレハ、あんたに言ったつもりはないのに、どうして知っている?
半眼で見つめる俺にニヤニヤしているクレハ。
「それはとっても嬉しいわ」
ニコニコして母はいう。
そんな二人にため息をついてから、空を見上げる。
嘗てと同じような月明かり。
それを眺めて「いこうか二人とも」と声をかける。
そうして塔を跡にした。
森へ帰る間も満月は底に浮かんでいる。
あの頃は絶望しか感じなかった月明かり。
あの時はたった一人だった。
けれど今は大切な人達と傍にいる。
だからだろう。
今は月の光が優しく包み込んでくれる。
そんな気がした。




