二章 願いの果ての景色
「あとは、っと――」
手分けして森で果物や薬草を取りにいき、ある程度背中に背負った籠が埋まった。
あとは入り口付近に実っている果実もあるんだが、さすがに取りにはいけないか――。
『私の張った結界は、家の周辺のみ。そこから離れたら魔物や人に遭遇するかもしれないから気を付けて』
魔の森で俺達がのんびり暮らしていけるのは、母さんが魔物・人除けの結界を張っているからだという。
この結界は物理的に入れない、というわけではなく、魔物や人間の認識の・・・・・・。
脳裏に母さんの苦笑が浮かぶ。
『難しく考えなくていいわ。そうねぇ簡単にいうなら目にみえているけど、それがなんなのかわからなくなる・・・・・・ようは対象に特定の情報を与えないように邪魔している、という感じかしら?』
・・・・・・面目ないです母さん。難しい事は苦手なんだ。
とにかく、結界の中に入ろうとしても入る場所がわからないから無理、ということらしい。
そのため結界の外に出れば当然魔物に襲われる可能性があるし、何より人に見つかれば俺はきっと――
「んっ?」
そこで森が騒がしいなと思った。
静かな森とはいえないが、かといって何かいつもより魔物達の存在が慌ただしいような――――。
「あっち、か?」
目を向けたのは魔の森の入り口の方角。
「・・・・・・」
見に行ったほうがいいか、やめるべきか。
そんな事を考え脳裏に浮かんだのは、嘗て家族団らんが壊れる前。
家の扉がノックされた時だった。
「確認だけ、しとくか」
当時は何も知らず、ただ客がやってきたのだとその扉を開けたのは自分だった。
「・・・・・・あの頃とは、違う」
思わず自分に言い聞かせる。
昔より力はつけた。
大人はみんな優しくて頼りな存在だなんて、もう誤解などしない。
ちゃんと警戒して、情報を得てすぐさま戻れば。
嘗ての同じ事には決してならない。
そう思い、籠を地面に置いて息をひそめ、足跡を殺し、静かに歩き出していった。
そうして森の中腹にさしかかった頃、魔物の絶叫と森の動物達の慌ただしさを肌身に感じて、いよいよ異変が起こっている確信した時、人の気配を感じた。
「こんな場所まで、人が?」
村人ではない。
あそこの連中はここまで来れる度胸も力もない。
なら一体誰が?
母さんに聞かされた冒険者という荒事を生業とする連中だろうか?
魔の森は魔物が強く、人は滅多に来ないが、強いからこそ得られる者もあるという。
なので、遭遇しないようにとここまでやってきたことはほとんどない。
人の気配が強くなってきた所で、茂みに身を移し、異変の正体を見極めるべく進んでいくと。
「隊長、魔の森と言われているだけあって、ここの魔物は王国近辺に出没するものより強さが違いますね・・・・・・正味新人はこの魔物キツいと思いますよ」
「そうか・・・・・・この場所が王国に近ければ、良い演習になりそうだな」
「鬼だわこの人」
人の気配と話し声。
視界ギリギリの所まで近づいて凝視すると正体がわかった、
奴らはこの国の騎士団だ。
その証拠として、胸当てに王国のシンボルを刻んでいる。
それを理解するのと同時に新たな疑問が浮かぶ。
――目的はなんだ?
ここは、国から遠く離れた辺境の地。
国の事やシンボルである月と剣の事は知っていても、今まで国の兵士なんて一度もみたこともない。
なら、なんで?
そこまで思い至り、ふと自分の右手を見た。
「・・・・・・」
俺の手の甲には、罪人の証である紋様が刻まれている。
これを罪人とされたもの、更に血縁のものに刻まれる魔法で、これ自体に効果はないが、この証をみれば、その人間が罪科を背負った人間であることが一発でわかるのだ。
「これが理由、なんて思えないけど、見られるとヤバいか」
遠く離れた罪人を騎士団が捜索するとは思えない。
もし仮に来るのだとしたら、もっと早く来ているだろう。
だから俺が理由ではないのは確か、だけど。
これが見つかれば流石に捕まえようとするはずだ。
この紋様はそのためのものだから。
「・・・・・・」
あいつらに冤罪、などと言って信じて貰えるとも思っていない。
「・・・・・・戻るか」
確認はした。
相手の正体はわかった。
まだわからない事も多いが、これ以上ここにいるリスクをとってまですることじゃない。
そう思いそっと離れようとした時だった。
「ガウガウガウ~」
兄貴の遠吠えのような鳴き声。
思わず立ち上がり、ガサガサと音を立ててしまう。
距離が離れているとはいえ、そんな事をしてしまえば。
「誰かいるのかっ」
当然騎士達は気づく。
まずいっ、急いで兄貴の元へ行こうとすれば。
「ベアちゃーん、まって~。」
更に運の悪いことに、母さんの声が森に木霊する。
やばいやばいやばい!
さっきまでなら、まだこの森に住む魔物かもしれないと騎士達に思わせる事ができた。
けど、今ので確実に「魔物ではなく誰かが存在する」という情報が騎士達に露見した。
『母さんはさ、何でこんな森の奥地で暮らしてるんだ? エルフは別に人に恐れられる存在じゃないのに』
『そうねぇ』
『・・・・・・』
いつだったか何気なく思った疑問を口にすると、母さんは困ったように笑った。
それを見て、深く追求するのはやめようと思った。
何か理由があるのはわかる。
けれど、それを知る必要はない。
俺達は家族。
それがわかれば、それでいいのだ、と――。
「母さん、兄貴っ」
なりふり構わず母さん達の元へかけつける。
そうすると、遅れて騎士達が背後から現れた。
「母さん兄貴、離れて」
兄貴の今の姿なら、魔物とは思われないはずだ。
魔法が使えるやつはヌイグルミみたいな使い魔を連れている事もある、と聞いた事がある。
母は俺の後ろに隠れて耳を隠せばいいだろう。
俺は――――。
普段人と関わる事がないから、右手はむき出しのまま。
俺が思考を巡らせる間に、騎士達はあっというまに俺達を取り囲む。
「ちっ」
俺が舌打ちし兄貴が騎士達に向かってうなり声をあげる。
そんな俺と兄貴を不審そうに見つめるが、取り囲むだけで武器はこちらに向けてこない。
今なら、まだ二人を逃がす事ができる。
そう考えた俺は一歩前に踏み出して声を上げた。
「――なぁ、あんた達みたいなエリートがなんでこんなとこにいるのかわかんないけど」
用があるとしたら俺だろう?
そう口にする前に、俺の言葉を遮る相手がいた。
「噂は本当だったな・・・・・・いや、まさかこんな所に隠れ住んでいると思わなかったぞ・・・・・・」
取り囲む騎士達の前へ一歩踏み出したのは、白髪の男。
騎士達の中で別格の空気を纏う男だった。
「ハーフエルフ・・・・・・エルフの容姿に人の血が混じりし証・・・・・・青の瞳をもつ女よ」
「・・・・・・」
「その反応を見るに、自分がどのような存在なのか知っているようだな・・・・・・そうだ、だからこそ、我らはここへやってきた。ハーフエルフを確保し、幽閉するために」
幽閉という言葉に、後はどうでもよくなった。
この男は一体何を言った?
「ハーフエルフ・・・・・・エルフと同じく強大な魔力を持ち、エルフにはない人の欲を持ちし存在・・・・・・世界の調和を保つためではなく、自身のためだけに力を振るうとされ、その結果世界の調和を壊しかねないと言われている・・・・・・故に、ハーフエルフの存在は禁忌とされているのだ」
何やらよくわからない事をほざく野郎に向かい一歩踏み出す。
「エルフの血が混じりし故に、存在を抹消することは許されない、しかし野放しにもできない・・・・・・女よ、できれば抵抗するな、ケガをさせる事も、手を挙げることも本意ではない」
「なぁ」
いらない御託はもういい。
「どうでも良いことごちゃごちゃ言っているけどよ、あんたら、ようは母さんをここから連れだそうとしてるんだよな? 母さん意見も意思も聞かず、ただ人の血が入っているから、それを理由にして」
難しいことなんてわかる必要もない。
俺が知りたいのはそこだけだ。
「・・・・・・そうだ」
「そうか」
男が何やら話しをつづけようとしているが、もう十分だ。
俺が理解したいことは十分理解出来た。
そして。
「じゃあ――あんた達は俺の敵だ」
目の前の男も、周りを取り囲む野郎共も、全員敵だ。
そういって取り囲む兵士の一人を投げ飛ばし、腰に帯刀されていた剣を奪う。
「な、このガキ――」
近くにいる兵士達が両脇から襲いかかってくるが。
かがんで攻撃を避け、一人には蹴りを放ってふっとばし、起き上がると同時にもう一人は剣を振り下ろして、たたき伏せる。
「なっ、このガキ強いぞ!」
「慌てるな陣形を組み直せ。手練れとはいえ子供に遅れをとるな――――いや、もういい」
襲いかかってくる騎士達をとなぎ倒し、自分の力はこいつらに通じると思っていた所で、慌てる騎士達にたった一言で士気を取り戻させたのは――。
「その年で鍛錬を積み、これほどまでの力をつけるとは賞賛に値する」
先ほどの白髪の男だった。
「何をごちゃごちゃほざいてやがる!」
剣を構え、男の前に突き進み、その勢いのまま振り下ろす。
だが。
「――甘い」
俺の剣を軽々受け止め、弾き飛ばす。
「っ!んの野郎っ!」
空中で体勢を立て直し、再度剣を構え睨みつけた。
そんな俺に。
「まだまだ未熟」
剣を突き出し、のたまう。
「引け、その証――――罪人の入れ墨をもつ少年よ、本来ならここで切り伏せるのは道理――――だが若い命を切り捨てるのは忍びなし、何より――――ハーフエルフを確保するため、罪人の子供一人見逃すぐらいなら、多めに見られるだろう。少年――これは慈悲だ」
これ以上抵抗すれば、などと吐き捨てられる前に、再度斬りかかった。
「うっせぇんだよ!」
お前の理屈なんか知ったことか。
そう思い、フェイントを混ぜ、何度も打ち込む。
右から、左から、上から、下からの連続攻撃。
タイミングをずらして、頭、胴体、足、様々な部分に叩き込もうとした。
だが
「哀れ」
いくつのも剣戟を、軽くいなし、無効化され、腹正しくなった。
俺の今までの努力が無意味だと言われているみたいで。
そして――。
「無意味だ少年」
軽々受け止められたあと、剣が振り下ろされる。
音はなく、しかし目に見えないほどの斬撃。
「悪いが、与えた慈悲を無駄にした相手を、流石に見逃す事はできない」
「ガハッ」
灼熱を感じ、鮮血が舞い、思わず地面に倒れ込む。
力を入れようともがくが、身体がいう事をきかない。
その間に身体より零れた血が、地面にどんどん広がっていく。
「クロエー―――!!」
母が悲鳴を上げ、森に木霊する。
「ガゥ――――!」
そして兄貴が男に向かって叫び。
「駄目ベアちゃん!」
母さんが俺に駆け寄り、兄貴を制止するが兄貴は止まらない
母さんがかけていた魔法を解除し、本来の姿・・・・・・ウォール・ベアとなって男に襲いかかった。
熊よりも遙かに巨体。
毛並みは岩のように頑丈で。
振りかざされるその爪の一撃は岩をも軽々と切り裂く。
その一撃を受ければ並の男ならひとたまりもない。
俺だって何度か立ち会ったけど、未だに勝てない。
そんな兄貴を――――。
「・・・・・・ふむ」
男は何気なく見つめた後。
「珍妙な動物だと思っていたが、魔物が擬態していたか、魔物なら容赦する必要なし」
男が剣を鞘に収め、キンと甲高い音が響いた。
すぐその後。
「―――――」
音もなく、縦一文字に切り裂かれた兄貴がいて。
「っ――ぁあ」
声にならない叫びを上げる俺と。
「嫌ぁぁぁぁぁ!!」
再度悲鳴をあげる母さん。
「――さて、これで邪魔立てするものはいなくなったな」
兄貴を真っ二つにした男は、剣を鞘に収め、事も何気に言い放つ。
「ハーフエルフの女・・・・・・は失礼だな、仮にもその身体には高潔なエルフの血が流れている・・・・・・あなたの身柄預からせて頂く」
近寄る男。いかせるかと思うが、身体が言う事をきかず、地面にもがく。
「・・・・・・で」
そんな時、ぽそりと母さんが声をだした。
「なに?」
「これ以上・・・・・・近寄らないで」
小さく、けれどハッキリと。
母さんは男を拒絶した。
そして。
「クロエ・・・・・・もう大丈夫だからね」
そっと俺に近寄り、手をかざす。
その手の周りには温かな光が生まれ、その光は徐々に俺の身体を覆い、ケガを癒やしはじめる。
「かあさん・・・・・・ありがと」
ケガが癒えはじめたことで、身体の感覚が戻り始める。
失われた体力などはもどらないので、どこか重い感覚が残るが十分だ。
これなら、まだやれる。
そう思って、のそりと起き上がると。
「あなたはもう何もしてはだめ」
「は?母さん何を言って――――」
意味がわからない、そう思う前にそっと母さん俺を抱きしめる。
唐突に温かな温もり感じて、思考が止まった。
「あなたは私の息子にケガをさせ、そしてもう一人の息子を殺しました・・・・・だから」
男に向かって言い放つ
「これ以上私から家族を奪わないで」
「かあ、さん?」
なんだろう、嫌な予感がする。
そう思うのと、母さんが俺から離れたのは同時。
そして。
「私がここで反抗して、追い払っても、いずれまた誰かきてしまうでしょう。そして逃げて同じ、いつか誰かが私の元へくる。だからクロエ――――ここで別れましょう」
俺から離れるとゆっくり男に近寄っていく。
遠ざかっていくその背中が、心を揺るがせる。
ああ、いやだ。
「・・・・・・あなたがもう私の息子に危害を加えないなら抵抗しません」
男の目の前に達、キッパリと言い放った言葉に。
「――――」
俺は理解が追いつかなかった。
一体母さんは何を言っているのか?
届かない距離で、それでも手を伸ばす。
「クロエ」
俺に向かって振り返った母さんに声をかけたいのに、声が出なかった。
先ほどとは違い、声はしっかり出せるはずなのに。
「クロエ」
もう一度母さんが泣きそうになり、それでも涙を堪えたあと、笑って言った。
「私の息子になってくれて、ありがとう」
そんな言葉聞きたくないという前に――。
「さようなら、愛しい私のクロエ」
――愛してるわ、クロエ。
「あ」
ようやく声がでる。
けど今の母さんの言葉と、俺を逃がしたときの母さんの言葉が重なって
まって、と立ち上がらなければいけないのに。
何も出来ない。
力がでない。
あの頃と違うはずなのに。
努力して変えてきたはずなのに。
昔より確実に突きつけられる。
――お前は、この世界に対して、全くの無力のままなのだ、と。
「ベアちゃんも、ごめんね、助けてあげれなくて」
無残に横たわる兄貴に近寄り、亡骸を抱きしめたあと、ゆっくりとそばを離れる。
「・・・・・・行きましょう」
男と騎士達に言って、母さんは行ってしまう。
ざわめく騎士達。それを叱責する男。
何も言わずに連れていかれる母さん。
「・・・・・・」
時間が経ち、誰もいなくなるその時まで。
それを呆けた顔で見続けることしかできなかった。
この時俺は。
二度目の絶望に、心が折れてしまったのだ――――。




