第4話 聖女レナ・サラボーン
それから数日後、またバイパーの元に別の客が来た。
「バイパーさん。お元気ですか?腰はどうです?大丈夫そうに見えますが・・・。」
そう言って訪ねて来たのは、レナ・サラボーン。冒険者たちから、ひっばりだこの聖女だ。バイパーのパーティーにも参加してくれる。
バイパーは、テーブルの椅子から立ち上がって、レナに言った。
「ありがとう。もう腰には何の痛みも違和感もない。まあ、でも俺も歳だよ。」
そうして、レナにテーブルのもうひとつの椅子に座るよう促すと、レナはお辞儀をして椅子に座った。
バイパーの返事に少しホッとしたレナは、持ってきたカバンの中をまさぐり始め、そして言った。
「あっ、バイパーさん、これ、どうぞ。」
レナはカバンから袋を取り出してバイパーに渡した。
「ん?この入れ物には水のようなものが入っている。そして・・・「草津の癒しの湯」。これは何の棒だ?」
「あっ、それ、レモン水です。そして私の愛用している入浴剤。それとツボ押し棒です。ぜひ、使ってください!」
なるほど。よく気の利く女性だと、改めて関心するバイパー。
「そうか。では、ありがたくいただくとしよう。かたじけない。」
そう言ってレモン水の入った入れ物を手に取った。バイパーは、蓋を開けた瞬間、深夜の台所で丁寧に支度する彼女の姿が脳裏に浮かび、少し切ない思いがした。
「では、このレモンの水を一口・・・。ん?酸っぱいはずのレモンの水が甘い・・・。」
「それ、ハチミツが入ってるんです。レモンとハチミツ。とってもからだにいいですよ。」
そのレモン水は喉を焼くような酸味を、芳醇なまろやかさで包み込んでいる。
「そうか・・・ハチミツが入っていたのか。しかし、レモンとハチミツが絶妙に混ざっていて、すごく旨いし、飲みやすいな。・・・これを作るのに、また夜遅くまで時間を掛けて作ったのではないか?」
「へへへ・・・バレちゃいました?」
「やはり。」
こういうことには、迷いなく時間を掛けるレナであることをバイパーは知っている。そして、忙しい彼女がわざわざ訪ねて来たことに、何か話があるなと、薄々、感じていた。
「では、レナさん。話を聞こう。何か話したいことがあるんだろ?」
聖女・レナは、こくりと頭を下げた。
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「はい。聞いてもらいたいことがあって来ました。でもさすがバイパーさん。何でもお見通しですね。」レナは口元をにこっとさせ笑顔で答えた。
「実は、最近、仕事でヘトヘトで、帰宅すればベッドに倒れこむといった毎日なんです。」
レナは続けた。
「その後、しばらく休んで、それから服を着替えて、夕食の支度を始めるといった調子です。お風呂には魔法の入浴剤を入れていますので、疲労回復は早いですが、お風呂の後は、つぼ押し棒で足の裏のつぼ押し。これが痛いのなんのって。でもすごくよく効くんです。」
なるほどなぁー、と、バイパーは聖女の話を聞き、そして答えた。
「レナさん、あなたも昔のように若くはない。こればかりは仕方のないこと。」
そして、前々から感じていたことをレナに告げた。
「ただ、お前さんにひとつ言っておきたいことがある。あなたは、じつに真面目な人だ。人から何かを頼まれると決して断ることをしない。そして、それが普通で当たり前のことと思っているでだろう?」
バイパーは続けた。
「そして、今日は大事な寝る時間を削ってまで、俺のためレモン水を作って持ってきてくれた。ほんとによく気が利くし、優しい。」
バイパーにそう言われてレナは少し頬を赤らめた。
「でもな。それは相手のためにはならないんだ。まあ、からだを壊した相手へのお見舞いだというなら、それは構わない。今回も、この入浴剤とツボ押し棒で十分、気持ちは伝わる。問題はレモン水を作る必要までは無い、ましてや寝る時間を削ってまでして。」
バイパーは腕の古傷を擦った。誰かを諭す時にでる仕草だ。
「そして、普段の仕事では、気前よく頼まれれば手伝う。しかし、よく考えてくれ。本来、その相手が苦労してやり遂げるべきことを、お前さんがやってしまうとどうなるかということを。つまり、その相手の成長するチャンスを、奪ってしまうことになることを。」
バイパーの言葉は静かだが、しかし鋭かった。
レモンの香りが残る部屋には、外から聞こえる元気な子供の声だけが、爽やかに舞う春風のように響いていた。




