相対整理論のススメ.2
異世界に来て、二日目。
真緒はとりあえず召喚した側の出方を窺おうとしたが、能動的には何もされずに一日を終えることとなった。生活に必要な部分はメイドが整え、部屋の外に出る必要があれば見張りが二人程付いてきた。それだけだった。
一応はまだどちらが聖女か判別できていないはずなのだが、その確認すら無かった。とはいえ、先にもう一人の方を調べて聖女だと確定すれば、わざわざ真緒の方にも同じことをする必要は無いのかもしれないが。
実質放置状態である。
既に『一般人』と判定されて扱いを持て余されているとしても、いつまでこの状態でいることになるのかは気になるところである。
これからもしばらく続くとなれば、部屋を正面から出る際には必ず見張りが着いてきてしまうため、もう一人の少女のいる場所に行こうとしても邪魔される可能性が高い。それで見張りをより厳重にされても困るため、部屋の外へと動くとなれば秘密裏に行う必要があるだろう。メイドの出入りする時間が一定だと考えれば、一度の外出にあまり時間も掛けられない。
幸い、この部屋にはベッドの傍に人が余裕で通れる程の大きな窓があり、上階ではあるが端にある塔のような部分だからか、内側だけでなく外側の壁にも螺旋状の階段が地上へと続いている。そこまではシーツや衣類をベッドの足から結び繋げればギリギリ着地できる距離であり、窓から垂れ下がった分はあらかじめ端に重りを作っておいて部屋に投げ入れておけば、端から見ても窓を開けているだけにしか見えないだろう。帰りは着地した辺りから、石壁のわずかな凹凸を伝えばなんとか這い上がれるはずである。窓から身を乗り出して見れば所々にいくつか、経年劣化で欠けたのか石と石との間にやや目立つ隙間も見つけたので、外出した道中で良さげな小石を拾って戻る時にそこに突き刺して嵌めていけば、より移動が楽になるだろう。それなりに平たく面になっているものや棒状のものがあれば尚良しである。
ただ、正直、上りも下りも風に煽られて落ちそうで恐い。が、壁に熱い抱擁もとい張り付きながらなら、なんとかなりそうではある。
とりあえず、三日目までは召喚した側の様子を窺い、何も変化が無ければ四日目には部屋からの脱出の練習と小石集めをし、五日目にはもう一人の少女を探したいところである。
そして、予想通り三日目にも召喚した側からは何事も無く。
しかし、眠れば見覚えのある夢で、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「――――前回はすまない。いざ対面すると、思い出して耐えられなくて……」
「何を? 何に?」
「フフッ……この話はもうや、めよう。本題に集中、できなくなる」
「ああ、そう……」
まあいいや、と次の話を待つ。
「……さて。まあ、とはいえ、まだあまり長い時間は掛けられないんだ。簡潔に話そう」
その声は十分に落ち着けたのか真面目そうな声色になったが、先程の度々震えて詰まろうとする声がちらついた。しかし話は重要そうなので、なんとか真剣に聞こうと意識を集中させることに尽力する。余計な気力を使っている気もするが、心から静聴する。
「まず、君は『聖女』じゃない」
予想通りである。特に何とも思わず、受け入れて続きを待つ。
「そんな君を、奴らは危険視している。中には奇襲、つまりは暗殺を仕掛ける奴もいるかもしれないから、一人でいる時も部屋にいる時も気を抜くな」
想定外の心外である。
「ついでの一般人相手にアタリ強過ぎない?」
「不都合だから排除したいんだろう」
「自分達が喚んだのに?」
「完璧主義なんじゃない? 過激派とかいうヤツ? ともかく、これからの君の言動が命綱になるからね。私はまだこうやって夢で会話するくらいしかできない。もう少しすれば現実にもいくらか介入できると思うけど、とりあえず一週間くらいは様子見だね。私が動けるようになれば、ここから逃げることも容易になるだろう。それまでは自力で生き延びてくれ」
「親切なんだか無責任なんだか……警告はありがたいけど……」
「で、その間何かしたいこととかある? 情報や物資の調達、工作、逃走経路の確保。逃亡する時のための備えとか、要るだろう」
「あ、じゃあまず――――」
真緒はこの際どうせだからと、丁度考えていた計画を答えてみた。
すると、聞こえる声は小石について助言らしきものをしてくれた。
意外な収穫だった。
「ああ、それなら、明日の昼以降、この塔から降りてすぐに見つけたリスの後を追うといい。食事に出てきた果物かナッツを二つか三つ、手土産にね」
四日目。
真緒は半信半疑ながらもとりあえず、食後に出てきた焼き菓子に乗っていた三つのアーモンドをこっそりとハンカチで包んでポケットに入れ、レジャー部隊よろしく少しずつ跳びながら即席の縄で降下、慎重に塔を下りてみた。やはりそれなりに時間が掛かったので、慣れるまでは早めに戻った方が良いだろう。そう思いながら、周囲を見回そうと顔を上げた矢先。
視界の端から小さなリスが一匹、足元へと走ってきたのが見えた。
(ああ、この子……こんなことある???)
普通に納得しかけて、すぐに疑問符が真緒の脳内を占めた。
『見つけた』というよりはもはや『見つけられた』と言った方が正しいだろう。リスは真緒の靴にそっと片手を置いて見上げると、すぐに踵を返し、少し離れた場所に生い茂っている背の高い木々の根元まで走ると、振り返って再び真緒を見上げている様子だった。
(着いてこい、ってこと?)
真緒が周囲を警戒しながら音を立てないようにリスの後を追うと、リスはもう少し先にある背の低い木の下まで移動した。真緒がそこまで追い付いてしゃがむと、リスは真緒を見上げたまま自身の傍に積み重ねてあるものをぺしぺしと叩き、何かを待つように動かなくなった。
(何? ……あ、良い感じの小石!)
そこには、探し求めていた形状の小石が小さな山を作っていた。様々な形があるので、それぞれの隙間に合った使い勝手の良いものもすぐに見つかるだろう。手間が省けてありがたい。
(え、集めておいたってこと? あ、だから手土産……え???)
現実では誰にも話していないはずで、そもそも動物と話すこと自体できないはずである。それでも、まるで自分の内情を知っているかのように用意されていて、案内までされた。
まるで、夢で聞く声と繋がっているように、である。
「……ありがとう……?」
とりあえず、小声でお礼は伝えておく。持ってきたアーモンドを渡せば、リスは忙しなく受け取っては頬袋に詰め込む動作を繰り返し、無くなると足早に近くにある背の高い木の上へと登っていった。
今度は真緒が見上げると、リスは枝に留まっていたらしいカラスと向かい合い、頬袋を揉んで中身を二つ取り出したようである。カラスはわかっていたようにそれらを啄み、飲み込む動作をした。隣では、リスも最後の一つをさっそく齧り始めていた。
(あ、もしかして仲間? 私の案内役と収集の実行役で組んでた的な……)
リスは小ささと色からして動いても目立たず、カラスは小石を嘴で運んでも口内が傷付かないため、そう考えた方が自然である。ここまで来たら、リスとカラスが組んでいても不思議に思えなくなってきた。
「貴方もありがとう……?」
真緒が再び小声で伝えると、カラスは真緒を見下ろして一度、羽を広げて見せた。おそらくは返事代わりなのだろう。鳴いて誰かの気を引いても危ういので、助かる対応である。
真緒も黙って小さく手を振り、良さげな小石をいくらか拾ってから、その場を後にした。
そして無事に予定を終えた、その日の夜。
夢の中で馴染んできた声にその日のことを報告してお礼を言えば、どうでもいいことを聞き流すように簡素に、「そう。良かったね」とだけ返ってきた。
さて、五日目である。
今日からは部屋を遠く離れ、本格的な探索となる。誰にも見られないように、気付かれないように、城の敷地内の造りやもう一人の少女の居場所について把握していかなければならない。
今のままでは、夜に奇襲を掛けられでもすれば、こちらはどこに何があるかもわからず距離も測れないため、普段ここで暮らしている相手に比べて圧倒的に不利である。その差はできる限り埋めたいところであり、さらに言えば味方も欲しい。つまりは彼女が味方になってくれれば心強いのだが、『聖女』として扱われているだろう彼女がどう動くかも未知数である。都合の悪い存在らしい自分について、何か良からぬ話を吹き込まれている可能性もある。
何にしろ、実際に体感しなければ始まらない。城の周りを一周するだけでも違うだろう。
真緒は大まかな目星を付け、窓枠に乗り出した。
するりするり、最初の時よりもスムーズに下り、建物の陰に身を隠しながら、周囲を観察していく。今まで見た限り、城の中は入り組んでいる箇所もあり、表にある庭も広い中に様々な木やオブジェがあるため、咄嗟に逃げ込めそうな場所は早めに把握しておきたいところである。人通りは思っていたよりは少ないが、気を抜ける程でも無い。
いくらか進むと、何度目か、遠くに動く人影を見つけた。
見回りらしき兵士が二人、すぐそこに広がる庭の方から、並んで歩いてきているようである。
真緒は庭で途切れ途切れの迷路のように並ぶ剪定された木々に寄り、相手の死角に隠れながら移動することにした。生い茂る葉の隙間から様子を見ながら、壁のようになっている木々の陰を伝う。
そのせいで、角を曲がった先、腰よりも下に位置する別の低い木に気付いたのは、接触して大きな音を出した時だった。
(あ)
「ん?」
「何か、音がしたな」
兵士達が立ち止まり、その視線が音のした方へと集中する。
一ヶ所に固まった木々の周囲には、他に続く木々が無い。真緒は咄嗟にぶつかった木の後ろへと移動したので、壁の木々と重なって足元すらも完全に隠れてはいるだろうが、裏に回られたら終わりである。
真緒は兵士達が動くよりも先に、静かにしゃがんで空を見上げた。
こういう時は、と小さく開口する。
「ナァ~~~ゥ……」
舌も使わず、人間としての言葉を棄てた、喉から湧き腔内を撫で上げるような鳴き声。もはやただの音に近い響き。まさに、完璧な獣の声そのものである。
「……なんだ猫か。犬ならなぁ……」
「バッッカお前……。それはそれで危険だろうが。はぁ~あ、齧歯目ならなぁ……」
「バッッカお前……。料理長に見つかってみろ。言葉に出すのも命取りなんだ。ディナーのメインディッシュが俺達に決まりだぜ?」
「おいおい、お高く留まってんなよ。俺達じゃ精々、見習いの練習に使われてから番犬達のエサが関の山よ」
「違ぇ無ぇ」
ハッハッハッ、と重なる笑い声が続いた。
笑っていられることだろうか、と真緒は再び歩き出した兵士達を見届けつつ、丁度目の前を横切っていった小さな命を見送りながら思ったが、今はどうでもいいことだ、とすぐに思考を切り替えた。
兵士達が過ぎ去るのを待ち、再び探索を開始する。
さらに進んで、予定していた今日のUターン地点。城の中央部分、の、裏側。
明日の予習にと回って見れば、その一角に、良さげな緑の塊を見つけた。表に広がる庭で剪定された木々とはまた別で、自然と密集した一欠片の森のような佇まいである。
上を見上げれば、鮮やかな彩りが葉の茂みからチラ見えしているものもある。下を見下ろせば、何種類かの草花が大きな群れを作って点在している。
自然栽培の果樹園や薬草園に近いものだろうか。とはいえ、今は人気も無く、小鳥のさえずりとささやかな葉擦れの音が聞こえてくるだけである。
そんな中。
「――――さすがです、聖女様。この濃度の瘴気すらも、一瞬で浄化されてしまうとは……」
ふと聞こえた声に、真緒は足を止めた。




