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相対整理論のススメ~聖女召喚で来ましたこちら魔王の器です~  作者: 酒園 時歌


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相対整理論のススメ.1

 わっ、と場が沸いた。

 驚愕に次ぐ歓声に包まれた。

 中央には広く魔方陣が描かれ、その線をなぞるように白金色の光を放ち、その上にいる二人の少女を足下から拘束するように照らしていた。

「……あれが、聖女様、と――――――」

 小さく呟かれたその言葉は、途切れるよりも早く、周囲の声に埋もれていった。


 光が収まってすぐ。

 二人の前に、一人の人物が歩み出てきた。位の高そうな、上質な神官服らしきものを身に纏った、生真面目そうな二十代後半らしき男性だった。

 左右に分けた長い金髪に、銀縁眼鏡のチェーンがちらつく。髪と同色の冷徹な目が二人を交互に見ると、ようやく口が開かれた。

「召喚される聖女様はお一人のはず。となると、どちらかは召喚に巻き込まれた一般人というところでしょうか。何にしろ、聖女様は元より、もう一人の(かた)も、とりあえずは保護させていただきます」

 言い方からして想定外の出来事のようだが、慣れた様子ですらすらと、その神官らしき人物はそう言った。

 そこで、二人は反応ができずに固まっていた状態から、ようやく周囲を見回せる余裕ができた。

 昔の西洋に似た、見慣れない場所、人、装い。何かの儀式らしき装飾や雰囲気。不可思議な現象。

 大勢の大人達に囲まれた状況と、自分から少し離れたところにいる同じ年頃だろう少女。お互いに戸惑ってはいるが、目が合ったことでその片方、真緒(まお)が会釈をすれば、相手も反射的にかすぐに返してくれた。

 これにより、相手も同じ境遇な上話せば通じるのだろう、という安堵感は共に得ることができたようである。お互いに、ほ、とわずかに肩の力が抜けたのが見て取れた。

 それを中断させるように、神官らしき人物は話を続けた。

「突然のことで申し訳ありません。端的に説明いたしますと、聖女様には、この危機に瀕している世界を救っていただきたいのです。聖女様にはその力があるとされるため、召喚を通して異世界からお招きした次第です。ただ、現状ではどちらが聖女なのかはわかりません。そこで、これから数日は色々と試していただいて、そこから判別しようと思います。聖女様と判明しても、しばらくは力の使い方やこの世界のことなどを学んでいただきたいので、護衛の意味も含め、その間この城の敷地内からは出られません。聖女様では無かった(かた)も同様です。生活に不自由はさせませんので、どうか、ご了承ください」

 つらつらと、実質一方的な決定が言い渡される。何も持っていない、この世界のことすら知らない少女達にとっては、自分の選択肢は無いも同然だった。

 すると、相手の少女が弱々しく頭を横に振った。

「……ぁ、私、そんな力なんて……大それたことは……」

 たどたどしく、優しく花が(ほころ)ぶような声が、消え入りそうに否定した。

「……私も、違うと思います」

 静かながらも凛と澄んだ声で、はっきりと真緒も続く。

 次いで、ひそかに二人の様子を見比べるような神官の視線が気になったところで、ふと、周囲からの同じような視線や内容が聞き取れない程度の小声での会話も気になってきた。

 危機に瀕しているらしいこの世界を救える『聖女様』とやら。そんな存在が現れたとなれば、すぐにでも(すが)りつきたい、と思っていても不思議ではない。それなのにそれ以外も付いてきて、自分達が求めている存在がどちらなのかわからないとなれば、早く判明させたい、と考えても当然のことだろう。

 同じ年頃の少女が二人。

 方や、ふんわりと淡い亜麻色の髪に、とろんととろけそうな柔和な瞳。血色の良い温かな肌に、女性らしい柔らかな曲線を描く身体。

 方や、透き通るような艶やかな黒髪に、ガラスを嵌め込んだような無機質な瞳。冷たい白水晶のような肌に、簡素ですらりとした華奢な身体。

 二人の見た目は対照的だった。

 後者である真緒からしても正直、悲しきかな、どちらが聖女か、もはや一目瞭然にも思えた。

「いいえ。儀式は成功しましたから」

「一人召喚するはずが、二人になったって想定外が起きたのに?」

 きっぱりと言い切った神官らしき人物に、真緒は即座に反発した。

 まさか言い返されるとは思っていなかったのか、神官は言葉に詰まった様子で真緒へとまっすぐに目を向けた。

「信用なりませんね。貴方さっき、『聖女様はお一人のはず』って言ってましたよね。じゃあ、失敗してるじゃないですか。どちらも聖女じゃない可能性だって、あるじゃないですか。そちらの都合で勝手に巻き込まないでください。私達を元の世界に帰してください。今すぐにでも」

 おそらく自分は聖女ではない。と考えれば、彼らの保護を失えば城の外、この危機に瀕しているというすなわちおそらく危険な状態である世界に野放しにされ、最悪野垂れ死にもありうる。となれば、元の世界に帰る方が安全だろう。もし帰れないのならば、保護を受けている内に身を守る手段や生活の情報を身に付ける必要が出てくるが、まずは交渉してみることにした。

 相手が求めているものをこちらが握っていると思わせられるのならばこちらが優位。下手(したて)に出て逆に弱みを握られないように、強気で引き出せるものは引き出していきたいところである。

「……そんな口車で、我々から聖女様を奪おうとでも言うのですか?」

 何を考え巡らせたのか、少し黙ってからそう言い放った神官らしき人物の目は、ひそかに真緒を敵視しているものだった。心無しか、周囲の視線もそれに準ずる、警戒するものに感じられてきた。

「あれ? 聖女様候補に随分な物言いですね。とても人に物を頼む態度じゃない。まさか、自分達に従って当然と思ってます? 可哀想な被害者だから何をしてもいいし救われて当然と思ってます? 貴方方今加害者になって被害者作ってる立場ですけど。じゃあ、私達も何をしてもいいということになりますけど。貴方方に拒否権が無いって、自ら首を晒しているようなものじゃないですか」

 見下ろす視線が険しくなった。

「……では、問いましょう。貴女は、我々の邪魔をするおつもりですか?」

「今は別に。相応の扱いでなければ、別かもしれませんけど。」

「……なるほど。ですが、貴女方を帰す方法はありません。生憎、これは事実です。まあ、どうせわかってはいるでしょうが……」

 予想はしていたことである。動揺は無い。事実がどうであれ、今はどうでもいいことでもある。相手の目的からして、どうせ方法があっても易々と帰すはずが無い。となれば、どちらにしろ近い内に帰れないことには変わり無い。

 現状できることで考えれば、身の安全と行動の自由をある程度は確保することが最優先だろう。

「貴方方と同じですよね。どこまでも一方的で。それで、私達の処遇、どうなさるおつもりですか? 不自由は無い、と言いましたけど、当然、過度な拘束も無く、貴方方に付き合わされる対価に値するもの、なんですよね?」

「……――――いいでしょう」

 宣戦布告に上から応じるように、神官らしき人物は落ち着き払って、静かに力強く言った。

 見下ろす目線から目を反らさず、真緒は口元だけ笑って見せた。

(さて、どう出るか――――――)


 案の定。

 保護というよりも、隔離と監視のような待遇になったようである。

 真緒は広い部屋で、ぽつんと一人取り残された。

 結局、もう一人の少女とは会話をする暇も無く引き離された。彼女とも部屋が離れている、というよりは、自分の部屋だけが城の中央から離れた場所にされたようである。

 しかし、追い出されなかっただけでもマシだろう。それどころか、あれだけの物言いをしたのに、最低限の簡素な扱いをされるかと思えば、何故かむしろ、待遇自体は良いと言えるものだった。

 部屋はこの城にしては小さい方なのだろうが十分に広く綺麗で、ベッドも大きくふかふかである。用意された替えの服も、男女兼用とも思えるシンプルな作りながら、上質な生地を丁寧に裁縫してあるものだった。食事もきちんと料理されたものが十分な量、温かい内に運ばれてきた。部屋の外には見張りらしき兵士が数人配置されたが、得体の知れぬ部外者相手には当然の措置だろう。他の待遇の異質さと比べれば、そんなことは誤差の範囲に過ぎない。

 かえって怖い程である。疑問しか無い。

 罪悪感よりも恐怖感が打ち勝つ。給仕に来たメイドの手が何故かわずかに震えていたように見えたが、震えたいのは真緒の方だった。

 しかし、貰えるものは貰っておくことにする。のちに何があるかもわからないため、自身の備えだけはしておきたい。もし体調を崩したりしたとして、それでいざという時に身一つででも動けなければ意味が無い。

 交渉の戦利品と思えば、気が紛れた。

(そういえば、もう一人の方はどうなったんだろ……)

 あの後、別々の部屋に案内すると言われ、不安そうな瞳が揺れたのを最後に、神官らしき人物が割り込む形で視界を遮られ、見えなくなった彼女。

 気弱そうな人だった。それでも会釈をすぐに返してくれた上、違うと思ったらきちんと主張していたので、真面目でもあるのかもしれない。

 となれば、素直に話を聞いて信じる上に押しに弱いのかもしれない。つまりは、詐欺の格好の餌食だろう。

 あの信用ならない奴らに、何か変なことを言われて丸め込まれていなければいいが。

(大丈夫かな……)

 気になったら頭から離れなくなった。気疲れして動けない分、考えることだけは何巡でもできる。

 彼女よりも先に自分が部屋に案内されたので、今彼女がどこにいるのかはわからない。しかし、自分は隔離されたような待遇なので、彼女との接触を避けられているとなると城の中心部か、それよりも向こう側だろう。そして、聖女とやらが具体的に何をするのかはわからないが、城の敷地内で何かする時も、おそらくは同じ範囲でのこと。隔離が必要な者をわざわざ大事なものがある方向に配置するとは考えづらい。彼女との接触を避けるのならば尚更である。

 何はともあれ、一先ずの緊張は解けた。

 答えの出ない考えが脳内を占めても、睡魔はわずかな肉体の弛みから意識を侵食してくる。

 真緒はいつの間にか、意識を手放していた。


          *


 ――――夢で覚めた真緒は、辺りが真っ暗な闇の中、どこからともなく声を聞いた。それは、おそらく元々は落ち着いていた、二十代程の男性のものに聞こえた。

「――――ここは危険だ。決して周囲は信用せず、フ……いつでも一人で逃げれる準備をしておきなさい。フフ……それから、このフフッことは、誰にも公言しないように……フフッ」

 反応を返す前に目が覚める。

 覚えているのはこれだけだった。人の危機だというのに、それを教えた当の本人は笑いを(こら)えている様子だった。

 これには不安も怒りも湧かず、むしろ白けるような呆れが来た。

「……何笑ってんのよ……」

 それしか印象に無かった。


          *


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