番外編~天然は重罪です~
「何か勘違いされていませんか? 相手の気持ちばかりを尊重して、自分の気持ちを押し込めていては何も前に進みません」
「それは……そうなんだが……」
「カルヴィン様は何故、クリスマスにフィリーネを誘ったのですか? 恋人になりたかったからではないんですか?」
「恋人に、とか……そんな大それた想いではなくて…………ただ今までよりもっと近くでフィリーネの笑顔を見たいと思ったんだ」
赤面しながらも言葉を紡ぐカルヴィンを見ていると段々と苛立ち以外の感情が芽生え始める。例えるならば絶滅寸前の珍獣を保護して、ちゃんと自然界で生きていけるように助けてやりたい、そんな感覚だ。
テオが自分の思いに戸惑っていると珍獣が口を開いた。
「このままではいけないと分かっているんだ。だが、どうしたら良いか分からない」
カルヴィンの珍しく語気の強い口調に我を忘れていたテオはハッとしたように思考回路を元に戻した。
珍獣に見えていたカルヴィンの顔も少しだけ輪郭のはっきりした人間の顔に戻った。
「ですから、今がチャンスなのです。以前お伝えしましたが、新年を迎えれば我々はしばらく王都に里帰りをします」
「そうだったな。僕は近くにある屋敷に戻るだけだから里帰りとは言わないが……」
カルヴィンは病気療養を理由にこの田舎にあるエールマー校に通っている。生徒たちが一斉に里帰りする新年になっても王都には戻らず、この場所に留まることは事前に調査済みだ。
そこがチャンスだとテオは思った。カルヴィンが新年の休暇をフィリーネと過ごす為に屋敷に招待すれば、フィリーネはここを離れる事が出来なくなる。娘の帰りを心待ちにしている両親も、王族であるカルヴィンの申し出では無碍にするどころか喜んで受け入れるだろう。
そうなれば休暇中はリエナを独占できる事になる。カルヴィンとは離れた場所で一気に距離を詰めればいい。何もないこんな田舎の学校より、時代の先端をいく王都の方が貴族の特権を使いやすい。その方がリエナをその気にさせる手段が増えて、事が有利に進むのは間違いない。
「そうしたらフィリーネとはしばらく会えなくなります。それでも良いんですか?」
好きな人に会えなくなる気持ちは痛いほど分かる。だからこそ、そこを突いて気持ちを動かそうとする。
「しかしフィリーネにも都合が……」
フィリーネの都合を気遣うふりをして、その実ただの逃げる言い訳に過ぎない。こんなにもお膳立てされた環境で、手をこまねいているカルヴィンが憎らしいとすら思えてくる。
「では、他の誰かに取られても構いませんね?」
「それは一体どういう……!」
カルヴィンは思わず立ち上がりかけると、次の瞬間には絶望した様に座り込んだ。
ここまで切迫した内容にならないと行動にも移せないのか、とため息を吐きたくなるが、折角のカルヴィンの勢いを削いでしまっては勿体無いとテオは当たり前の様に口を開いた。
「フィリーネは由緒正しき侯爵家の一人娘です。王都に帰れば美しい姿を一目見ようと毎日のように客人が訪れます。両親も娘の相手に相応しい人は居ないかと晩餐会を開いては引き合わせようとします。そんな中でフィリーネの気を引く人間が現れないとは限らないと思いませんか?」
「…………」
「僕はカルヴィン様ならフィリーネの相手に相応しいと思っています」
身分上の話だけだが。
「僕から両親にカルヴィン様を紹介することだって出来ます」
ここまで押せば、完璧だ。
想い人の弟にここまで言われたらもう後には引けなくなる、筈なのだが。
カルヴィンは意を決したように俯いていた顔を上げた。
「だけど、やはりフィリーネの気持ちが大事だ」
もうここまでくると手のつけようがない。フィリーネの気持ちを尊重するあまり、テオの気持ちがボロボロになっていることに、カルヴィンが気付く訳がない。ボンクラ坊ちゃんはヘタレで珍獣で更には頑固だったのだ。テオは内心泣きたい気持ちで悪態をついた。
「では好──」
好きにして下さい、そう半ば諦めの気持ちで突き放そうとした瞬間、分厚い木のドアが控えめにノックされた。
そして渦中の人物が顔を覗かせた。
「テオ~? ここにいるの~?」
間延びした声は、視線の先にテオを捉えて嬉しそうに明るさを増した。
「フィリーネ? どうしたの?」
自分にそっくりの顔の姉は軽くステップを踏む様にテオの横まで来ると寄り添うように腰を下ろした。何故だかいつも以上に機嫌が良いのか、ふんふんと鼻歌を歌っている。
「カルヴィン様、先程ぶりですね」
向かいに座っているカルヴィンににっこりと微笑みかけた。その笑顔だけで、カルヴィンの雪のような肌は熱を持って薄く色付き始める。
「さっきね、休暇中の予定をリエナと立てていたの」
フィリーネは嬉しそうに声を弾ませた。やけに機嫌が良いのはこのせいか、と合点がいった。
「それはいいんだけど……今はカルヴィン様とお話の最中だから……」
たしなめるようにそう言うと、ハッとしたようにフィリーネは口を閉じた。
「あら! ごめんなさい! わたしったらつい……」
しゅんとしたフィリーネの様子にあからさまに動揺したようなそぶりをしたカルヴィンが口を開いた。
「いや、構わないよ。続けて」
カルヴィンが快諾したせいで水を得た魚のフィリーネは言葉を止めることなく紡ぎ始めた。
「王都に戻ったら、パーティーがあるでしょ? 最近、もう少し大人っぽいドレスも欲しいなぁって思ってたからリエナと一緒に買い物に行こうと思って! 後、遠縁のルーナードおじさま覚えてる? おじさまが遊びに来いってうるさいらしいのよ。久しぶりに息子たちに会わせたいんですって! テオも一緒に行くわよね?」
次々と繰り出される話題に必死になってついていこうとするカルヴィンと慣れた様子のテオの温度差が激しい。
「フィリーネは大人っぽいドレスより可愛らしいデザインの方が似合うよ」
テオは何でもないようにそう返す。フィリーネの話を全部拾っていたらいくら時間があってもキリが無い。
「カルヴィン様もそう思いますよね?」
「えっ?」
テオはあろう事かカルヴィンに同意を求めた。先程までの無意味な時間の仕返しだ、と言わんばかりに意地悪な笑みを向ける。カルヴィンがこういった話題に疎いことは知っている。せいぜい『正解の答え』を探して慌てればいい。
「ドレスの事は正直……よく分からないんだが…………」
テオは思わずはぁとため息を吐いてしまった。流れに任せて、フィリーネの事を褒めるなり、自分好みのドレスを着るように誘導するなり、話の持って行き方は沢山あった筈だ。それなのに、出てきた言葉が『よく分からない』。正直呆れてくる。リエナもなんでこんな男が良いのかと、カルヴィンに負けている現状を嘆くことしか出来ない。
「でも……フィリーネが選んだドレスならどんなものでも素敵なものだと、思う…………」
言い切る前に殆ど聞こえなくなった言葉にフィリーネは目を見開いて固まった。そして次の瞬間、はにかんだような笑顔を浮かべた。その表情はリエナやテオに向けるものにそっくりで、それでいて少し違う色を含んでいた。
その“色”がヤケに癪に障った。




