番外編~天然は重罪です~
「そうだ! ルーナードおじさまの息子たちって確かフィリーネと同じくらいの歳だよね? お互いいい歳なんだからって縁談進められちゃったりして!」
「えぇ~」
フィリーネが曖昧な声を上げると、突然、カルヴィンが勢いよく立ち上がった。ギュッと拳を握って俯いていて表情が読めないが、身体が小刻みに震えているのが分かる。
「駄目だ」
「え、」
突然のカルヴィンの言葉に、フィリーネとテオは同じ表情で目を丸くして息を止めた。
「そんなの……耐えられそうに、ない…………」
さっきの勢いはどこへやら。また尻すぼみになっていく語気に、フィリーネは首を傾げ、テオは息を吐いた。
またこの繰り返しだ。一歩踏み込み切れないで、いつも下がる。こんな事、いつまで続けていくつもりなのかと馬鹿馬鹿しくなってくる。が。
「フィリーネ、僕の恋人になってもらえませんか?」
顔を上げたカルヴィンは座っているフィリーネの手をとり、片膝をついて目線を合わせた。
あまりの場違いな発言に完全に室内の時が止まった。あれほど生真面目にリズムを刻んでいた壁の時計の針ですら、動くことをやめてしまったかのように静まり返る。
「あの、えっと……?」
流石のフィリーネも言葉が出てこないらしい。口をパクパクさせて、助けを求める様にテオを見る。
「フィリーネの気持ちを大切にしたいのに、感情が言うことを聞かなくなってしまった。こんな僕にこんな事を告げる資格は無いのかもしれない。でも、どうしても気持ちを伝えたかった……身勝手な僕を許してくれ」
普段のカルヴィンからは想像もできない様なはっきりとした口調で、言葉を吐き出す。
一方、手を握られたまま固まったフィリーネは混乱しているのか、忙しなく瞬きをしながらカルヴィンとテオの顔を交互に見ていた。
「…………」
テオはこのなんとも言えない空気をどうするべきか思案して眉間にシワを寄せた。
どうせ告白するならもっと最適な時間と場所があったはずだ。どう考えても今のタイミングはおかしい。フィリーネだって困っているし、何よりテオ自身が一番被害を被っているのが腹立たしい。
空気が読めないフィリーネを固まらせてしまうなんて、カルヴィンに敵う人なんて居ないんじゃないかという考えが頭をよぎり、思わず首を振った。
「カルヴィン様……そう言う事は二人っきりの時に告げるべきでは……」
隣で固まる姉が可哀想になってきて、テオは口を挟んだ。
途端に、カルヴィンは気がついた様に顔を赤くしてフィリーネの手を離した。
「あ、あ、あ、その、すまない! なんて事を……僕は…………!」
カルヴィンがいつもの調子に戻ると、フィリーネもいつものように微笑んで、カルヴィンに触れられていた方の手をもう片方の手で撫でた。
「いきなりだったので、固まってしまい申し訳ありません」
穏やかな表情には先程テオが感じた色が少しずつ色付きを増してきて見えた。
フィリーネは立ち上がると、立ったままのカルヴィンの元に近付き、今度は自らカルヴィンの手を両手で包みこんだ。目を覗き込む様に上を見上げ、ゆったりとした口調で言う。
「嬉しいです」
今度はカルヴィンが目を見開き固まった。
「こんなわたしですが、よろしくお願いします」
フィリーネの言葉にカルヴィンは腰が抜けたのか、目の前で手を繋いでいたフィリーネを巻き込んで、思い切りソファに倒れこんだ。
「きゃ」
フィリーネを抱き抱える形で横になったカルヴィンは、状況が分からないのかしばらく間近に迫るフィリーネの顔を不思議そうに見つめていた。
「あの、」
流石に限界を迎えたテオが声を掛ける。二人は慌てた様に離れると元いた場所へと戻った。
何が悲しくて、ボンクラ坊ちゃんと姉のこんなやり取りを見せつけられなければならないのか。
とりあえずのテオとしての第一歩は進めたのだから、リエナとの仲を邪魔さえしてくれなければ、後は二人で好きにしたらいい。
そう思って、退出することを告げようとした。が。カルヴィンがテオを巻き込んで話を始めてしまった。
「実はテオが背中を押してくれてね」
背中を押したと言うよりは尻を叩いたの間違いでは?
「僕には勇気が足りないと……」
こんな勇気の出し方を誰が想像していた?
「テオがいたから勇気を出せたんだ。感謝してもしきれない」
もう苦笑いする事しか出来ない。
「まぁ、そうだったの!」
フィリーネが幸せそうに笑いかけてくるので、まぁいいか、と無理矢理気持ちを納得させる。フィリーネを辛い目に遭わせたらその時は容赦をするつもりは無いが、今のところは大目にみよう。
「それで、あの……よければ、休暇を僕の屋敷で過ごして貰えたらと思って」
すっかり忘れていたが、カルヴィンの言葉で一番重要なミッションを思い出した。この流れだったら答えはイエス以外無い。そうなればリエナとの時間も手に入ったも同然だ。
テオは期待に胸を膨らませてフィリーネの答えを待った。
「素敵! あ、でも……」
「?」
「リエナと遊ぶ約束をしているから……」
「え?」
「え?」
二人分の疑問の声が重なって、そして消えた。
「そんな……! フィリーネとカルヴィンは恋人同士になったんだよね? しばらく会えなくなるんだよ? 寂しいしょ?」
テオが必死に助け舟を出そうとする。フィリーネのまさかの発言に、慌てて取り繕うとするがいい案が思い浮かばない。考えてみればフィリーネの優先順位はリエナが一番だった。カルヴィンと恋人になった今でもそれは変わらないらしい。完璧だった作戦に思わぬところから横槍を入れられ完全に頭が真っ白になる。
「でも、約束は約束だもの……あ! じゃあカルヴィン様がうちに遊びに来てはどう? 心を込めておもてなしするわ!」
「え?」
「え?」
またしても二人の疑問の声が重なる。
王族であるカルヴィンに遊びに来て欲しいなどと気軽に誘えるような人間は世界中探してもフィリーネくらいではなかろうか。
しかも、家に招待するということは両親にカルヴィンを紹介するということに他ならない。それがどういう意味なのか、分かっているのだろうか。…………否、分かっているはずもない。
ナイスアイディア、と顔を輝かせるフィリーネは答えを促すようにカルヴィンを見つめる。流石に困った様子のカルヴィンだったが、少し考えるような素振りを見せた後、あろうことか頷いた。
「カルヴィン様!? あの、物事には順序が……」
必死に止めようとするテオをよそに、フィリーネは嬉しそうに手を叩いた。
「一度、君たちの生活していたところを見てみたいと思っていたんだ。それに久しぶりに王都の空気を味わうのも悪くない」
もしかしたら、と思っていた。その懸念が当たってしまい、テオは頭が痛くなった。フィリーネのみならず、カルヴィンも家に招待された意味が分かっていないらしい。
両親はパニックを起こすだろう。それを鎮めるのは誰か。
嬉しそうに答えるカルヴィンと嬉しそうに笑顔を向けるフィリーネにテオは目眩ががしそうになった。フィリーネを優先するあまり、フィリーネに振り回されていることに気がついていないカルヴィンも無自覚に周囲を振り回しまくるフィリーネもテオの手に負えない領域に達していた。
その事に気付くには少し遅すぎた。
何故なら、テオも、既に深く関わってしまっていたからだ。
リエナとの間の障害以上に周りへの不安を感じてテオは頭はどんどん痛くなってきた。
しかしここで諦めるわけにはいかない。自分にだって、長年の想いを拗らせている自覚はあるのだ。
また新たに作戦を考えればいい。
「……ぜ、是非お待ちしています」
テオは心にも無いことを、心にも無い声で、心にも無い笑顔でそう言った。
fin
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