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ジンクス

 リエナは外れの教会にいた。誰もいない空間に独り、夜風に晒されて冷え切った木製の長椅子に腰掛ける。雪は降っていないが、吐く息は白い。寒いはずなのに、気持ちが高ぶっているからか不思議と寒さは感じなかった。


 遠くから小さな足音がしてきてリエナの近くで止まった。


「そんな格好じゃ寒くない?」


 後を追いかけてきたのであろうテオがどこから用意したのか、ピンク色のショールを肩から掛けてくれた。ピンク色なんてわたしには似合わないのに、と心のどこかで自虐するが、テオの顔を見て言葉を飲み込んだ。


「なんかいっぱいいっぱいで……」


 ショールに包まるように身体を丸めると、少し気持ちが落ち着いた。


 テオはリエナの隣に腰を下ろし、二人で朽ちて抜け落ちた天井の隙間から星空を眺めた。隙間から見える星は多くはなかったが、外に出ればもっと沢山の星が見られる。とても簡単なことだが今までのリエナでは考えもつかなかったことだ。こんな簡単なことにも気付けな世界を生きていた。


「……ありがとう」


 リエナは思い切って口を開いた。本当はもっと早く伝えたかった。沢山の想いを込めて、言葉に乗せる。


 多分今日が最初の一歩。この先もずっと忘れない大切な日になるだろう。


「どういたしまして」


 テオは何てことないように返してくる。その返しにすごく安心した。


「あ、お返しに一つお願い聞いてもらってもいい?」


 安心した途端にこれだ。テオに“噛み付かれた”前科を思い出し、無意識に身構えてしまう。


「な、なに……?」


 探るように聞くとテオは天使の笑顔で立ち上がった。


「簡単だよ」


 言いながら、手を掴まれて強制的に立ち上がらせられる。ヒールを履いた状態ではテオとの身長差はいつもよりひらいている。見下ろすようにテオを見ると、少し不満そうに口を尖らせた。しかし、次の瞬間には先程よりも意味深な笑顔を浮かべると、リエナの手を取り膝を折ってお辞儀をした。


「俺と踊ってくれませんか?」

「え」


 返事をする前に、腰に腕を回され抱かれる。急に密着した体からせわしなく心臓が動く音が聞こえてくる。


「ちょっと待って、わたし、ダンスは得意じゃないの……!」


 なんでもこなせるリエナだったが、ダンスだけは自信が無かった。貴族ではないリエナにダンスは必須ではなかったし、そもそもそのような場所に顔を出す機会が少なく、この歳まで上達することなく来てしまっていた。


「大丈夫、リードするから」


 先にテオがステップを踏むと、自然と身体が動いた。今まで踊ってきた誰よりも踊りやすいとテオを見直す。考えてみればテオは由緒正しい大貴族なのだ。ダンスだってこなせて当たり前なのだろう。しかし、あの小さかったテオにリードされているかと思うとくすぐったい気持ちになった。


 音楽もギャラリーもいない場所で、星空に見守られながらステップの音だけが響き渡る。段々とリエナの調子も上がってきて少しだけダンスも楽しいと思えてくるようになった。


 少しして、テオはダンスのリズムを変えてきた。リエナもついて行こうと必死にあわせる。


「リエナは気にしてないかもしれないけど」


 テオは変わらず優雅に身体を動かしながら、腰を抱く力を少し強めてきた。少しよろけたのを見逃さなかったらしい。隙のないリードに最早感心してしまう。


「なに?」


 先程よりも密着した身体は二人の体温で暑く、リエナの頬を赤く染める。そんな頬をテオの手が撫ぜた。冷たい感触に思わず目を細める。


「俺はリエナをクリスマスパーティーに誘ったんだよ」


 テオの言わんとしている意味が分からないリエナはダンスをやめて考えることに集中しようとした。が、テオがそれを許さず、テンポはどんどんと速くなっていく。


「どういう意味だと思う?」


 挑戦的に視線を向けられ、つい負けず嫌いを発揮してしまい、深く考え始める。


 テオはリエナをクリスマスパーティーに誘ったのだ。フィリーネとカルヴィンとのことに決着をつける手助けをしてくれたんだと思っていた。しかし、目的はどうやら他にあるらしい。


 そこでリエナはハッとしたように目を見開いた。どうしてフィリーネがパーティーの誘いを貰って喜んでいたのか。どうしてリエナはそれを知って落ち込んでいたのか。


 クリスマスパーティーのジンクス。


 そこから導き出される答えは一つしかなくて。


「正解」


 テオはにやりと笑うとリエナの後頭部に手を回した。自身の方に引き寄せると、細い首に噛み付くように唇を寄せた。大げさに音を立てられ、首に感触が生々しく残る。


 リエナはすばやく距離をとると、反動で地面にヒールを引っ掛けて尻餅をついた。


「あー、口に出来ると思ってたのに背が足りなかったかー。……でも意味的にはオッケーかなぁ」


 テオはボソリと独り言を洩らすと、リエナの前にしゃがみこんだ。


 いつもは見下ろしているテオの顔と向かい合い、いつもと違う表情に頭の中がパニックになる。


「え、テオ、その、いつから……」

「物心ついたあたりから?」


 テオはさらりと言ってのけるが、その冷静さが逆にリエナの思考をぐちゃぐちゃにする。


 テオの気持ちに全く気がつかなかった。これではフィリーネのことを鈍感と言える立場ではない。


「そ、んな前から……?」


 口に出して確認するとどんどん恥ずかしさが増してくる。


「そうだよ。それなのにリエナったら一言も言わないでフィリーネと一緒にこんな田舎まで行っちゃうし、やっと会えたと思ったら、俺のことなんてこれっぽっちも見てくれないし」


 穴があったら入りたい気分だった。リエナはうな垂れて顔をショールで隠した。


「俺がこんなに頑張ってアピールしてるのにさー」


 もうやめて欲しい。


 リエナは恥ずかしさから赤くなった耳を塞いだ。と、次の瞬間にはリエナの手の上にテオの手が重なられ、強い力で離されてしまった。顔を上げると間近にテオの暗いグリーンの瞳がキラキラと揺れていた。


「これから覚悟しててね」


 耳元で囁かれ、全身に電気が走るような感覚の後、力が抜けた。


 リエナにはもう抗議する力も、テオを言いくるめられる自信も残っていなかった。少し前まではこんなことになるなんて思ってもみなかった。人生なにがあるか分からないわ、などと現実逃避してみるが、手を捕らえたまま離してくれない熱にすぐに引き戻される。


 目の前には、天使の笑顔でこちらを見つめるテオの姿があった。


fin

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