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誘い


 教室がある棟から少し外れにある医務室に初めて足を踏み入れた。中はがらんと広く、どこが物悲しい雰囲気が漂っている。健康な人間には用がない場所なので、活気がないのは当たり前だが。


 壁際にいくつもベッドが並んでいる中で、一つだけカーテンで仕切られている場所があった。


「リエナ?」


 もしかしたら寝ているかもしれないと、小声で名前を呼びながら静かに重量感のあるカーテンを開けた。


「テオ?」


 名前を呼んだのはカルヴィンだった。意外な人物の登場にテオは少し面食らう。カルヴィンはリエナが横たわるベッドの横の椅子に腰掛けていた。


「どうしてこちらに……?」

「丁度通りかかった僕にフィリーネが助けを求めてきてね。何事かと思ったよ……。先生の話だと過労からくる発熱らしいから、安静にしていれば問題ないみたいだが」


 過労、と言う言葉に一気に体中の力が抜けた。フィリーネのあの様子はまるで今夜が山だと言わんばかりの態度だった。人の話を最後まで聞かなかった自分の悪いが、フィリーネの過保護ぶりも中々に厄介だと思った。


「僕がここへリエナを運んだ後、フィリーネは慌ててどこかへ行ってしまったのだけど……」

「血相変えて僕のところにきましたよ……。本当に落ち着きのない姉でお恥ずかしい限りです」


 カルヴィンがリエナをここへ運んだという事実に、芽生え始めた薄暗い気持ちを悟られないように笑顔を作る。不可抗力とはいえ、リエナに触れて欲しくない。


「親友思いなところも、フィリーネの良いところだからね。気にしなくていい」


 フィリーネのことを思い出しているのか、カルヴィンは優しい笑顔でそう言った。この笑顔の理由に漬け込まない手はない。


「あ、そういえば、泣いているフィリーネを教室に置き去りにしてきてしまいました……」


 誘導するように、わざとらしく話を振る。好きな女が泣いていて、一人きりでいることに食いつかない男はいないだろう。カルヴィンはあからさまにそわそわしだした。


「リエナは僕が見ているので、様子を見に行ってあげてくれませんか?」

「しかし……」


 フィリーネにリエナのことを頼まれているのだろう。カルヴィンは悩むようにリエナを見た。


「フィリーネには僕から言っておきます。僕はもう少しリエナの様子を見ていたいので……」


 少し大げさ目に声を落として、上目遣いでお願いすると、カルヴィンは意を決したように頷いた。フィリーネにそっくりなこの顔もたまには役に立つんだなぁ、と感心する。


「それじゃあよろしく頼むよ」

「はい。ありがとうございます」


 カルヴィンは穏やかにそう言うと、心なしか足早に医務室から出て行った。


「はぁ…………」


 誰も居なくなったことを確認すると、テオは大きなため息をついた。


 ベッドに横たわるリエナの顔は少し汗ばんでいて息苦しそうだ。


「やっぱり具合、悪かったんだ……」


 あの時、無理やりにでも確認して、寮に帰しておけばカルヴィンに触れられることも無かったのにと後悔する。


「リエナ……」


 触れることを拒絶された額に優しく手を重ねる。想像していたより熱が高く、冷たいテオの手の平はすぐにリエナと同じ温度になった。


「ん……?」


 ぼんやりとした瞳でリエナがテオを見た。状況を理解しているのか曖昧な表情で見つめ続ける。


「リエナ? 大丈夫?」


 テオが声を掛けるとリエナは我に返ったように瞳に色が灯った。しかし動くのは辛そうで、少し首を傾げるに留まった。


「テオ……? あれ、わたし……?」

「リエナは倒れたんだよ。…………覚えてない?」


 リエナは少し考えるような素振りを見せた後、首を横に振った。


 覚えていないなら好都合だ。カルヴィンとのこともなかったことにしておこう。


「あ、の、フィリーネは……? 記憶が無くなるまでフィリーネと一緒にいたんだけど……」


 こんな状況でも傍にいるはずの親友のことを気にかける。テオですらこの二人の間に割ってはいるのは困難だと思う時がある。悔しいけれど、一番のライバルは自分の姉なんだと思い知る。


「フィリーネはカルヴィン様が……あ」


 余計なことを考えていたら口が滑った。カルヴィンのことは無かったようにしようと決めた矢先にこの失敗だ。


「フィリーネと……カルヴィン様……」


 案の定リエナは反応を示した。動揺したように瞳を揺らした。


「あー……、二人は今一緒に居ると思う」

「そう」


 精一杯気にしていないような声を出しているが微かに震えている。痛々しい姿を見るのは辛いが、こうなったら振り切って貰うかしかない。リエナが立ち直らない限りは自分には希望すらないと、テオは焦った。


 リエナはテオの後ろ、誰も居ない空虚を見つめた。口を引き結んで、耐えていたが、やがて微かな声で嗚咽を洩らし始めた。身体にかけていた毛布を頭からすっぽりと被り、テオから隠れるように身体を丸めた。


「リエナ」


 優しく声を掛けてみるが反応はない。


 これではいつもの繰り返しになってしまう。焦れるテオの思考はいつもより短絡的になって、次第に苛立ちの色が目立ち始めた。


 こんなに想っているのに伝わらない。焦れて拗れた想いは行き先を求めて吐き出される。


「~~~~っ!」


 テオは乱暴にカーテンを開け放つとテーブルに置いてあった紙とペンを手に取り、文字を書き殴った。そしてリエナの元に戻ってきた。


 丸くなっている毛布を剥ぎ取るように力いっぱい捲りあげると、髪の毛がぼさぼさになって、目を赤く腫らしたリエナが顔を出した。テオの突然の行動に理解が追いつかないようで、大きく瞳を見開いてテオを見た。


 テオは先程殴り書きした紙をリエナの前に突き出して声を張った。


「俺とクリスマスパーティーに行って」


 テオが書き殴ったそれは、クリスマスパーティーの誘いの手紙だった。


「え……?」

「つべこべ言わずに『はい』って言って。じゃなきゃ昨日の続きするから」


 言いながら顎に手を掛けると、察したように身体を引いた。


 瞬時に耳まで紅潮させて、口をぱくぱくと動かすが、中々言葉にならないらしい。一生懸命に呼吸を整えると、テオと距離をとったまま抗議の声を出した。


「なんで……!」

「そうじゃないといつまで経っても前向けない……」


 リエナに言ったのか、それとも自分に言ったのか分からない。


 テオは俯いて目をきつく閉じた。


「テオ……」


 苦しげに呟くテオにリエナの空気が少し変わった気がした。


 ゆっくりと顔を上げると、リエナは複雑そうな顔をしていたが、真っ直ぐにテオを見据えていた。


「返事、貰ってもいい……?」


 本当は聞くのが怖い。


 出来ることならこんな形じゃなく、もっとスマートに誘いたかった。リエナへの苛立ちと共にぶつけるつもりなどなかった。


 柄にも無く弱気になってしまう。それだけ自信がないのだ。リエナと分かれてからの四年間、築き上げてきたもの全てが崩れ落ちていっているような感覚に支配される。


「ごめんね……」


 リエナから発された謝罪の言葉に心臓が跳ねる。はっきりと断られたという事実が、テオの思考を鈍らせる。


「テオに迷惑ばかりかけていて……」

「そんなこと……!」

「自分でもどうしたらいいか分からないの。フィリーネのこともカルヴィンのことも大好きなのに」


 はっきりと、リエナの口からカルヴィンへの好意を聞き、心臓が痛くなる。


「こんな時、どうしたらいいんだろうって必死に考えたの。でもいつまで経っても分からない。暗闇の中でどこにいるかも分からず、ただひたすら歩き続けているみたいな、そんな感覚……」


 リエナは必死に言葉を紡いでくれている。テオは促すように語り掛けた。


「それで、リエナはずっと歩き続けたい?」

「そんなはずない……!」

「じゃあ、簡単だよ」


 テオはリエナの両手を掬い上げて包み込むように握ると、少し力を込めた。


「自分の気持ちに向き合おう。……俺も一緒にいるから」


 リエナは堪えきれないように破顔すると、大粒の涙を流しながら頷いた。


 テオは抱きしめたくなる衝動をなんとか押さえ込み、リエナの髪を指で優しく梳いた。

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