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初めての

 テオは少し顔を離すと、なんの反応も無いリエナに不思議そうな顔をした後、再び唇を寄せた。


「もういっかい、いいよね?」


 テオのつぶやきでリエナの思考回路がようやく回り出す。今、自分が何をされたのか、今まさに何をされそうなのか、辿り着いた答えに身体が熱くなる。


「いやっ!」


 今、自分はとんでもない状況に置かれているとようやく悟ったリエナは全力でテオを押しやった。


 元々の体格差もあり、テオは軽々と突き放されて尻餅をついたが、顔は平然とした表情のままだった。


「リエナが何も言わないから同意の合図だと思ったんだけど」


 こともあろうに開き直ったような態度でそう言う。沈黙が同意なんて、勝手な解釈にもほどがある。


 テオは唇を尖らせながら服に付いてしまった埃を払った。


「なんでこんなこと……!」

「だから忘れさせてあげようと思って」


 悪びれる様子がないテオに段々と怒りが湧いてくる。忘れさせる、というのは先程リエナが呟いていたことだろう。テオはリエナの懺悔を盗み聞きし、からかってきたのだ。羞恥心とプライドの高さからどんどん頭に熱が集まり始める。


「だからってこんな……!」


 リエナは自身の口に手を当ててわなわなと震えている。先程までの悲しい気持ちが薄らいでいるのにも気付かず、行きようの無い衝動を押さえるように手をぎゅっと握る。


「別に初めてでもないだろうし、いいでしょ」

「初めてよ!」


 勢いで言ってから、あ!と口を結ぶがもう遅い。テオはニヤニヤと意地の悪い顔をした後に嬉しそうに笑った。いつもと変わらない天使の笑みだったが、リエナには悪魔にしか見えなかった。


「もしかしたらって思ってたけど、そうかぁ……」


 そんなに嬉しそうな顔をされるとどんどん惨めな気分になってくる。幼い頃から周りの男なんか眼中に無かった。寄宿学校に入ってからはカルヴィン以外とは極力接することを避けた。はっきり言って超が付くほどの初心者なのだ。そんなこと今まで気になったことも無かったが、ここにきてテオにばれるのは何故か恥ずかしいと思った。


 テオは追い討ちをかけるようにからかってくる。テオのこの余裕から察するに、会えていなかったこの数年で、大そうな経験を積んだに違いない。他人の、ましてや親友の弟のあれこれを想像してしまい、はしたないと考えるのをやめた。とにかく今はこの状況に腹を立てているのだ。テオが遊んでいようが関係ない。リエナは我慢出来ずにテオに詰め寄った。


「あ、でも」


 テオはさっきとは打って変わって優しい声を出す。急な態度の変化に虚をつかれた。


「今は色んなこと、忘れられたね」


 リエナはハッとして姿勢を正した。


 もしかしたら、これはテオなりの気遣いだったのかもしれない。実際、リエナは一瞬にして色んなことを忘れていた。あれだけ辛かった心も、少しだけ軽くなったような気がしてテオの顔を見た。


 テオはいつものようににこにこと笑っている。この変わらない態度はフィリーネと同じでとても安心する。それに、もし、万が一でもリエナの為にしたことなのであれば、邪険にし過ぎるのも可哀想に思えてきた。


「今日、の……は、犬に噛まれたと思って忘れてあげる!」


 耳まで真っ赤にしてそっぽを向く。そもそも弟のように一緒に育ったテオなのだ。挨拶だと思えばどうということはない。寧ろ、気にしすぎる方が意識しているみたいで恥ずかしい。


 リエナの中でテオとの一件はノーカウントという扱いになり、それで落ち着こうということに決まった。


「犬ぅ? せめて人間って認識にして欲しいんだけど」

「じゃあ弟ね」

「え」


 テオはあからさまに不服そうな顔をする。弟以外に例えようがないのだからしょうがない。テオは抗議するでもなく、考え込むように口元に手を当てた。何をそこまで悩んでいるかは分からないが、そんなテオの顔を眺めているとなんだか面白くなって自然と笑みが零れた。


「そこに誰かいるの?」


 突然背中の方から声がした。振り返ってみると、教会の入り口でエヴァンナが灯りを持って立っていた。様子を窺うように一歩一歩近づいてくる足音に緊張感が増す。揺れる蝋燭の炎に照らされて、二人は目を細めた。


 気が付けばもう日が沈み始めていて、教会内は薄暗くなっていた。


「エヴァンナ先生……!」


 まさかの人物の登場にリエナは呆気にとられた。そして次の瞬間には、こんなところにいる言い訳を必死考えた。どう言い繕っても怪しく聞こえそうで、頭の中が真っ白になる。


 勉学の成績は悪くないはずなのに、こういった時に機転が利かないのはいつものことだった。


「僕がリエナに学校を案内して欲しいとお願いしたんです」


 リエナが口を開くよりも早く、テオは一歩前に出ると、エヴァンナに説明し始めた。


「一通り案内してもらって、そういえばここから見る夕焼けが綺麗だという話になりまして。無理を言って連れて来てもらったんです。しばらく景色を楽しんでいたのですが、僕の不注意でこのような状態になってしまいまして、どうしたものかと悩んでいたんです」


 言いながらテオは腕を広げて見せた。テオの黒いズボンは埃で白く汚れ、白いシャツはところどころ黒い煤のような汚れがついていた。自分に必死で全然気がつかなかったが、リエナが突き放した時に付いたのだろう。


「まぁ! この教会は廃墟も同然だからいたる所が汚れているのよね……。足を踏み入れる生徒も居ないだろうからと放置していたわたくしにも責任があるわねぇ」

「そんな! こうなってしまったのは全て僕の責任なのでどうか気になさらないでください。それにこの程度の汚れなら洗えば落ちます」


 テオはにっこりと笑うと、明るい声を出した。


 洗濯なんてしたことも無いはずなのに、よくもまぁこれだけスラスラと言い訳が思いつくな、と思わず感心してしまう。本当に引っ込み思案のテオはもういないんだと思うと、なんだか寂しく感じが、正直今はとても助けられている実感があるので黙っていることにする。それにテオの服を汚したのは実際はリエナなのだ。テオには頭が上がらない。


「そういえば、テオはリエナとも親しいのね」

「はい。幼い頃からずっと慕っています」


 慕っている、とキスされた相手に言われると勘違いしてしまいそうになる。テオにそのつもりがないのは分かっているのに、顔に熱が集まり始める。


「仲が良くて羨ましいわぁ」


 エヴァンナはおっとりとそういうと、なにかを思い出したように腕時計を見た。


「あ、もうそろそろ夕食の時間よ」

「本当ですね! ほら、リエナ行こう!」


 テオはリエナの手を引っ張って立たせるとエヴァンナの元へ歩み寄った。教会から出ても繋いだ手は離して貰えず、結局、食堂の前で痺れを切らしたリエナが強引に振りほどくまで、いつもより少し高い体温がテオに伝わり続けていた。

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