【6-17】足蹴 上
【第6章 登場人物】
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「卿に許可したのは、卿の部隊のみの戦闘だッ」
筋骨しなやかに整った女性将校を見上げて、エイグン=ビレー中将は甲高い声を一層張り上げた。
「いまは、全面的な作戦を展開するタイミングではない。卿は何を勘違いしていたのか――」
戦闘終了後、右翼・第1軍団司令部に呼び出されたエリウ=アトロン大佐は、直立したまま頭を垂れていた。
頭部で解かれた紅茶色の長い髪は、顔にかかり、彼女の表情はうかがいしれない。
だが、ビレーはそこへ半時以上も罵声を浴びせていた。
ヴァナヘイム一国が地図上から塗り替えられようとしている。
そのような歴史的転換期に、王都・ノーアトゥーンにおける果実はもちろん、その後の領地加増に伴う駆け引きは、いよいよ重要な局面を迎えようとしていた。
帝国東征軍・貴族将校どうしによる、戦後を見据えた折衝は、水面下で日に日に熱を帯びてきている。
最近では、日中の軍議の場において、議論の進展は見られなかった。しかしその分、夜間に高級将校の陣営へ、別の高級将校が出入りすることが頻繁に行われている。
派閥間のきわどい取引が続くなか、この総司令官の馬鹿娘は、何の役にも立たない。
昨日の戦闘では、敵の全面攻勢を誘発し、危うくこちらの大損害を招くところであった。
戦後の領土取り分交渉を少しでも優位に進めるためには、いま、ブレゴン派閥に付け入られるような隙を見せるわけにはいかないというのに。
この戦闘ばかりを好むじゃじゃ馬娘は、それらの事情を全く理解していないのだ。
軍議に顔を出さず、演習ばかりやっておるから、世情に疎くなるのだ。
戦場工作に勤しんでいる暇があったら、夜の酒席を回り、ブレゴン、イース陣営の将校を、1人でもこちらにたらし込む工作をしたらどうか――。
なおも叱責を続けようとし、ビレーの声がしわがれる。喉を潤そうと手もとにあったグラスを彼が掴んだ時だった。
「し、失礼します」
「なんだッ、いま取り込み中だッ」
場の雰囲気を読まぬ副官にも、かすれた怒声が浴びせられた。
しかし、副官はおびえた様子で任務を継続した。
「あ、あの、総司令部より、ご使者がお見えになりました」
「なんだと!?」
ビレーは口に運びかけたグラスを勢いよく戻す。
こぼれた水がデスクに広がった。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
作戦は不発、上司に怒られ、レディ・アトロンは踏んだり蹴ったりだな、と思われた方、
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【予 告】
次回、「足蹴 中」お楽しみに。
帝国軍総司令部からの使者が帰っていくと、再び軍帽で禿頭を隠した中将は、レディ・アトロンを呼び止めた。
――まだ怒鳴り足りないのだろうか。
エリウは内心ため息をつきながら、上官の前に足を揃えた。
ところが、先ほどまでの様子とは打って変わり、彼は上機嫌な様子で、次のとおり命じてきたのである――。




