【6-16】囮作戦 3 信号弾
【第6章 登場人物】
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後方の山腹に展開するヴァナヘイム軍が、ラッパと小太鼓の音を響かせ、鳴動し始めた。
友軍がなす術もなく撃ち減らされていく様を看過できぬと、猛将・アルヴァ=オーズ麾下各隊は動き出したようであった。
その様子は、黒コガネの旗が控えめに翻るエリウ=アトロンの陣営からもよく見えた。
「セラめ、見事だ」
総司令官の息女は、片膝を立てたまま灌木の間からつぶやいた。
五大陸で繰り広げられてきた戦史を紐解くに、局地戦が全面衝突を誘発することはよくあることである。
ヴァナヘイム軍の山裾における重深陣は、完成していない。いまならまだ、眼前の山の中腹――ポイントD――における敵の防備も不十分であろう。
このまま帝国軍右翼本隊も巻き込んでいけば、勝敗を一挙に決することができる。
従卒の1人が、レイス隊より伝騎が到着したことを伝える。
――まったくせっかちなヤツだ。
女連隊長は、声を立てずに笑った。
レディ・アトロンの陣営から、背後の帝国軍右翼・第1軍団司令部に向けて、信号弾が上がる。
霞がかった空に光が広がった。淡泊な打ち上げ花火だが、意味するところは明白だ。
青3つ――総攻撃準備に移られたし。
「ここで帝国軍右翼が動けば、ヴァナヘイム軍を全面崩壊に追い込めるぞぉ」
アシイン=ゴウラは、地表に身を伏せながら、上気した顔で信号弾を見やっていた。
彼の空への呼びかけに、周囲の下士官や兵卒たちがオウッと一斉に応じる。
「……動くでしょうか」
黒毛の腹心トラフだけは、うつ伏せに戻りながらも、いつもと変わらぬ冷静な声で尋ねてくる。
ヴァ軍の将校を射抜いた興奮など、彼女ははじめから知覚していないかのようだ。
【6-15】囮作戦 2 花模様
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「敵将オーズが山を下ってきたら、うちの本隊も応じざるをえないだろうさ」
部下たちが気付かぬうちに、セラ=レイスはうつ伏せから仰向けになっていた。
彼は、両手を紅色の頭の下に敷いたまま、消えゆく信号弾を見つめている。
目の前の敵主力は、いよいよ山を駆け下らんばかりに活況を呈している。
帝国軍右翼は、動かない。
山腹の軍楽隊による響きが、隆盛を迎えた時だった。オーズ中将率いる左翼第1師団が、マグマのように山を下り始めたのである。
1万5,000の集団が生み出す足音は地響きのようであり、平原に展開する2,000にも満たない帝国側を圧倒した。
アトロン連隊の射撃の的と化していたダリアン旅団の生き残りは、俄かに活気を取り戻していく。
「いかんッ」
7倍の敵が相手では、戦闘継続などおぼつかない。急ぎエリウ=アトロンは、自軍に後退を命じる。
「……ここまでお膳立てしても駄目か」
レイスは舌打ちすると、自らの部隊にも撤退を命じた。けたたましい音を立てて、目の前を銃弾が飛び去っていく。
レディ・アトロンの陣営は慌ただしかった。
退却のラッパを響かせるのと同時に、頃合いをみて突出しては、背後のオーズ師団の出撃を促し続ける。個人としての戦闘力のみならず、彼女の采配の非凡さも、いかんなく発揮されている。
「……動かんか」
――いま、この戦場に主力を投入すれば、我が軍は文字どおり完全勝利を掴むことができるだろうに。
レディ・アトロンは、歯噛みしながら背後を凝視したが、相変わらず味方の右翼・第一軍団は沈黙を守ったままである。
再三打ち上がる信号弾もむなしく空に流れていった。
帝国軍の静寂さに呼応するかのように、ヴァナヘイム軍主力も、次第に静まってしまった。
結局、オーズ師団は、全部隊が山腹を下ることはなかった。帝国軍の囮作戦によって壊滅した先方隊生存者を収容すると、己が来た道を戻っていく。
おかげで、大きな損害を出さずに、アトロン隊およびレイス隊は、後方へ引き揚げることができたのであった。
こうして、戦闘開始前と同じく、帝国軍とヴァナヘイム軍がにらみ合う状況に戻ったのである。
【作者からのお願い】
第4章にて、ヴァナヘイム軍目線で展開された戦いを、帝国軍目線で描き直してみましたが、いかがでしたでしょうか。
【4-15】裸踊り ①
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この先も「航跡」は続いていきます。
レディ・アトロンたちが御膳立てした舞台も無駄になってしまったな、と思われた方、
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【予 告】
次回、「足蹴 上」お楽しみに。
戦闘終了後、右翼第1軍団司令部に呼び出されたエリウ=アトロン大佐は、直立したまま頭を垂れていた。
ビレーはそこへ半時以上も罵声を浴びせている――。




