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航跡 ヴァナヘイム国興亡記  作者: 秋山 文里
第6章 囮作戦

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【6-16】囮作戦 3 信号弾

【第6章 登場人物】

https://ncode.syosetu.com/n8102if/78/

挿絵(By みてみん)


 後方の山腹に展開するヴァナヘイム軍が、ラッパと小太鼓の音を響かせ、鳴動し始めた。


 友軍がなす術もなく撃ち減らされていく様を看過かんかできぬと、猛将・アルヴァ=オーズ麾下各隊は動き出したようであった。


 その様子は、黒コガネの旗が控えめに翻るエリウ=アトロンの陣営からもよく見えた。


「セラめ、見事だ」

 総司令官の息女は、片膝を立てたまま灌木かんぼくの間からつぶやいた。



 五大陸で繰り広げられてきた戦史を紐解ひもとくに、局地戦が全面衝突を誘発することはよくあることである。


 ヴァナヘイム軍の山裾における重深陣は、完成していない。いまならまだ、眼前の山の中腹――ポイントD――における敵の防備も不十分であろう。


 このまま帝国軍右翼本隊も巻き込んでいけば、勝敗を一挙に決することができる。


 従卒の1人が、レイス隊より伝騎が到着したことを伝える。


 ――まったくせっかちなヤツだ。

 女連隊長は、声を立てずに笑った。



 レディ・アトロンの陣営から、背後の帝国軍右翼・第1軍団司令部に向けて、信号弾が上がる。


 かすみがかった空に光が広がった。淡泊な打ち上げ花火だが、意味するところは明白だ。



 青3つ――総攻撃準備に移られたし。




「ここで帝国軍うちの右翼が動けば、ヴァナヘイム軍を全面崩壊に追い込めるぞぉ」

 アシイン=ゴウラは、地表に身を伏せながら、上気した顔で信号弾を見やっていた。


 彼の空への呼びかけに、周囲の下士官や兵卒たちがオウッと一斉に応じる。


「……動くでしょうか」

 黒毛の腹心トラフだけは、うつ伏せに戻りながらも、いつもと変わらぬ冷静な声で尋ねてくる。


 ヴァ軍の将校を射抜いた興奮など、彼女ははじめから知覚していないかのようだ。


【6-15】囮作戦 2 花模様

https://ncode.syosetu.com/n8102if/93/



「敵将オーズが山を下ってきたら、うちの本隊も応じざるをえないだろうさ」

 部下たちが気付かぬうちに、セラ=レイスはうつ伏せから仰向けになっていた。


 彼は、両手を紅色の頭の下に敷いたまま、消えゆく信号弾を見つめている。



 目の前の敵主力は、いよいよ山を駆け下らんばかりに活況を呈している。




 帝国軍右翼は、動かない。



 山腹の軍楽隊による響きが、隆盛を迎えた時だった。オーズ中将率いる左翼第1師団が、マグマのように山を下り始めたのである。


 1万5,000の集団が生み出す足音は地響きのようであり、平原に展開する2,000にも満たない帝国側を圧倒した。


 アトロン連隊の射撃の的と化していたダリアン旅団の生き残りは、にわかに活気を取り戻していく。 


「いかんッ」

 7倍の敵が相手では、戦闘継続などおぼつかない。急ぎエリウ=アトロンは、自軍に後退を命じる。


「……ここまでお膳立てしても駄目か」

 レイスは舌打ちすると、自らの部隊にも撤退を命じた。けたたましい音を立てて、目の前を銃弾が飛び去っていく。



 レディ・アトロンの陣営は慌ただしかった。


 退却のラッパを響かせるのと同時に、頃合いをみて突出しては、背後のオーズ師団の出撃を促し続ける。個人としての戦闘力のみならず、彼女の采配の非凡さも、いかんなく発揮されている。


「……動かんか」


 ――いま、この戦場に主力を投入すれば、我が軍は文字どおり完全勝利を掴むことができるだろうに。


 レディ・アトロンは、歯噛はがみしながら背後を凝視したが、相変わらず味方の右翼・第一軍団は沈黙を守ったままである。


 再三打ち上がる信号弾もむなしく空に流れていった。



 帝国軍の静寂さに呼応するかのように、ヴァナヘイム軍主力も、次第に静まってしまった。


 結局、オーズ師団は、全部隊が山腹を下ることはなかった。帝国軍の囮作戦によって壊滅した先方隊生存者を収容すると、己が来た道を戻っていく。


 おかげで、大きな損害を出さずに、アトロン隊およびレイス隊は、後方へ引き揚げることができたのであった。


 こうして、戦闘開始前と同じく、帝国軍とヴァナヘイム軍がにらみ合う状況に戻ったのである。



【作者からのお願い】

第4章にて、ヴァナヘイム軍目線で展開された戦いを、帝国軍目線で描き直してみましたが、いかがでしたでしょうか。


【4-15】裸踊り ①

https://ncode.syosetu.com/n8102if/47/



この先も「航跡」は続いていきます。

レディ・アトロンたちが御膳立てした舞台も無駄になってしまったな、と思われた方、


是非、ブックマークや評価をお願い致します。


このページの下側にある「ブックマークに追加」や「いいね」ボタン、【☆☆☆☆☆】をタップいただけましたら幸いです。



【予 告】

次回、「足蹴 上」お楽しみに。


戦闘終了後、右翼第1軍団司令部に呼び出されたエリウ=アトロン大佐は、直立したまま頭を垂れていた。


ビレーはそこへ半時以上も罵声を浴びせている――。

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