【6-15】囮作戦 2 花模様
【第6章 登場人物】
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キイルタ=トラフは、愛銃の癖を知り抜いている。
銃口を照準から僅かばかり左に逸らすと、彼女は静かに引き金を引いた。
敵の将校と思わしき影は、面長な顔を撃ち抜かれ、その衝撃でのけぞったまま落馬した。
将官を失い、浮足立ったヴァナヘイム軍は一方的な殺戮の的となる。
帝国軍は各所で優勢に戦闘を進めていたが、1区域だけ例外があった。
ブライアン=フェドラー中佐麾下の前面に展開するヴァナヘイム軍は、指揮官を失っても頑強な反撃を繰り出していた。
フェドラー大隊の中央は、いつの間にか撃ちすくめられ、備えが薄くなっていた。正面のヴァ軍は、そこへ最後の突撃を仕掛けてきたのである。
敵による捨て身の白兵戦を前に、あわや大隊長戦死かと、レイスたちが顔をしかめた時だった。
突撃をかけたヴァ軍の横面に、騎兵ごと体当たりした一団が現れる。
その騎兵は「黒コガネ」の旗がたなびいていた。あろうことか、その先陣を突き進むのは、紅茶色の髪が翻る女指揮官――レディ・アトロン――であった。
小銃を撃ち尽くしたのだろう、馬足を緩めることなく愛刀の鞘を払うや、白刃の翼を広げていく。
斬り上げ、薙ぎ、斬り下げ、突きが決まり刃が敵兵から抜けなくなっても、レディ・アトロンは慌てる様子は見えない。馬上の敵の体へ彼女は軍靴の裏を見舞い、その反動でサーベルを引き抜くや、脇の敵兵を払う。
「……」
「……」
双眼鏡越しながら、女連隊長の気迫にのまれ、戦場慣れしているはずのトラフやゴウラたちも、言葉にならない。
接近戦では、銃よりも刀が有効であることは理解できるが、連隊長自ら乱戦のなかに突入することについては、さすがのレイスも説明がつかなかった――「レディ・アトロンゆえ」としか。
主人の剣技の妙を際立たせるアトロン家伝来の名刀は、刀身の鍔元から切っ先にかけて薔薇の花模様が刻まれている。血しぶきを浴び、花びらが紅く染まるのは、刀匠が意図したものだろうか。
突撃の足を止められ、ダマになったヴァ軍は命運尽きる。味方の背中に当たることを恐れ、射撃の密度を薄めたところを、帝国軍騎兵による蹂躙を許した。
白刃により薙ぎ払い、馬蹄によって蹴散らし、踏みつぶすことで、最後のヴァナヘイム軍の抵抗を平らげ、レディ・アトロンは、部下の窮地を救った。
しかし女連隊長は戦場で勇を誇ることなく、そのまま麾下もろとも戦場を疾駆・迂回し、再び灌木の茂みの裏、自陣に収まっていく。
アトロン騎兵という暴風が駆け抜けた後、立ち尽くすヴァ軍の残骸に、態勢を立て直したフェドラー大隊が、とどめの一斉射を見舞う。
アトロン連隊の完勝が具現化されたその時だった。
背後の山腹に展開するヴァ軍が、ラッパと小太鼓の音を響かせ、鳴動し始めた。
地面にうつ伏せになり、自軍を指揮していたレイスも顔を上げる。
「お出ましか……?」
猛将・アルヴァ=オーズ中将麾下各隊の蠢動である。
眼下の友軍がなす術もなく撃ち減らされていくのを看過できぬと、動き出したようであった。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
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【予 告】
次回、「囮作戦 3 信号弾」お楽しみに。
「セラめ、見事だ」
総司令官の息女は、片膝を立てたまま灌木の間からつぶやいた。
五大陸で繰り広げられてきた戦史を紐解くに、局地戦が全面衝突を誘発することはよくあることである。
「ここで帝国軍右翼が動けば、ヴァナヘイム軍を全面崩壊に追い込めるぞぉ」
アシイン=ゴウラは、地表に身を伏せながら、上気した顔で信号弾を見やっている――。




