【6-8】慰安所 上
【第6章 登場人物】
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帝国暦383年5月下旬、帝国東征軍はヴァナヘイム国王都・ノーアトゥーンへ指呼の間まで迫っていた。
ひと月前、ヴィムル河流域会戦で、ヴァ軍を総司令官ごと粉砕した彼らは、東都・ダンダアク主導の人事刷新を経るや、周辺諸城を吞み込みつつ、200キロをゆるゆると北上した。
ヴァ軍は、敗残兵を糾合して、トリルハイム城を中心とした防衛線を構築しようとしていた。
しかし、たかだか5万数千の兵力で、東西60キロにもわたる長陣など敷けるはずもない。無理に兵馬を並べたところで、紙のように薄い幕が出来上がるだけだろう。
それらの防衛線の一部と帝国軍の先鋒が、わずかに銃火を交わした程度で、ヴィムル河での会戦以降、両軍の間には大きな衝突は生じていない。
だが、帝国軍が大規模攻勢をかけた場合、紙の防衛線はもろくも破れ落ちるものと見られていた。
そのため、帝国兵たちは、夏までにヴァ国の首都を落とし、戦果を堪能した上で帰国できると喜びあっていた。
6月に入ると、東征軍各隊では交代で非番が定められた。
帝国将兵は久しぶりに羽を伸ばすことができたのである。
「明日は、少佐もお休みになってください」
「……休めと言われても、こんな何もないところじゃあな」
アシイン=ゴウラが休暇取得を勧めつつ、淹れたてのコーヒーを差し出すと、セラ=レイスは気乗りしない返事とともに、それを受け取った。
直属の上長・エリウ=アトロン大佐が、父総司令宛の上申書を、所属先たる第1師団長・ゲイル=ミレド少将へ、再三提出している。
だが、総司令部はおろか右翼を束ねる第1軍すら動く気配はない。
帝国軍がまごついている間に、ヴァナヘイム軍は数字だけでは読めぬ、実利ある防衛体制を着々と整えているはずだった。
――ここで遊んでいる間も、敵は着実に守りを固めている。
そう思うと、レイスはのんびり休もうという気分になれなかった。
レイスは、湯気の上る軍支給のカップを脇に置くと、肩を回し凝りをほぐす。
この紅毛の少佐の本質は、怠惰である。彼は総司令部にいた頃から、暇がなくともサボることばかりを考えていた。
昼寝を決め込んでいたところを、副官・キイルタ=トラフに見つかり、耳を引っ張られて連れ戻されること度々であった。
そうした様子を数え切れぬほど見てきた部下たちの眼には、難しい顔をして1日中考え込んでいる上官は、異様に映ったことだろう。
それゆえに、休養を勧めてきたのかもしれない。
ゴウラは周囲を見回し、アレン=カムハル少尉等後輩たちに何やら確認してからひとつうなずいた。
そして、こちらに1歩近づくと、力強く耳打ちしてくる。
「ここから少し下ったところに、慰安所が設けられたようですよ」
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この先も「航跡」は続いていきます。
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【予 告】
次回、「慰安所 下」お楽しみに。
「そうですか。でも、なぁ……」
「ええ、少佐を差し置いて……」
上官よりも先に休暇を取得することに、ゴウラのみならず、カムハルほか部下たちは、罪悪感を抱いているようだ。
――可愛いヤツらめ、たまには殊勝なことを言ってくれるではないか。
レイスは口角を少しだけ上げた。




