【6-6】ポイントD 下
【第6章 登場人物】
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情報収集・分析に秀でているはずのセラ=レイスは、敵兵力の「特濃」のエリアを衝けと主張するのだ。
帝国軍としては、密を避け、疎をうかがうのではなかったか。
「オーズ師団の主力は、山の中腹に置かれています」
レディ・アトロンは訝しみつつ、視線を地図から紅毛の青年将校に移した。そこには、自信と愛嬌をないまぜた笑みが浮かんでいる。
「山の中腹にいる敵など、怖くもありませんな。足元から、小山の形が変わるほど砲弾を送り込んでやればいいだけです」
レイスは、2次元の図上で、3次元の弾道を示すように指を動かした。
エリウは、先日のヴィムル河流域会戦には参加していない。敵総司令官こそ不在ながらも、ヴァナヘイム軍の主力が籠るイエリン城塞に睨みを利かせるため、帝国軍右翼各隊とともにグラシル城塞近郊に陣を敷いていたからだ。
そのため、砲兵の集中運用とやらは、いまいち実感がわかないが、村ごと敵総司令官を粉砕したという、驚愕的な事実は知っている。
「いや、それよりもですね……」
何か名案を思いついたようだ。ニワトリ頭の笑みには、底意地悪い色合いまで浮かびはじめている。
「……砲弾がもったいないので、部隊を割いて、山の麓をぐるりと囲んでしまった方が良いですね」
この辺りの山上には、湧水がないから、3日ともたずに敵は干上がるそうだ。
敵随一の猛将が敗れたうえに、防衛線の背後を衝かれた場合、敵が受ける心理的なインパクトは、絶大であると予測される。
トリルハイム城守備兵も、さぞや浮き足立つことだろう。
頃合いを見て帝国が全面攻勢に移れば、城塞に籠る者たちが雪崩をうって敗走していくことは間違いない。
あとは王都ノーアトゥーンまで無人の街道を進むだけである。
「なるほど、この渓谷をすり抜けてノーアトゥーンに肉薄するのは、王都ではなく、まずはトリルハイム城が狙いなのか」
守りを固めたトリルハイムに最初から正面突破を仕掛けるのは無謀であろう。
また、獣道を迂回したわずかな別動隊だけで、ノーアトゥーンを落とすのも不可能だろう。
そこで、別動隊によって、ト城塞を守備する将兵に王都が落とされると錯覚させ、城塞がひるんだところを仕留めるのだという。
イエロヴェリル平原という名の酒瓶の脇に穴を開けたように見せかけ、トリルハイム城という名のコルク栓を抜いてしまおうというのだ。
城塞制圧後、仕上げとして、全軍を挙げて王都に迫る――これ以上、最善手と呼べる手順があるだろうか。
この見事な長手詰めにおいて、
「ポイントDは、敵をほころびに誘う初手というわけか――」
上官のつぶやきに、レイスは満足そうにうなずいていたが、次第にその表情からは笑みが消える。
ヴァ軍は、渓谷の底に分厚い縦深陣に敷くなど備えを改めはじめている。
この「ポイントD」においても、再編が始まってしまった。
谷底は、騎兵や歩兵で力押しするには間口が狭い。砲弾を撃ち込もうとしても、折れ曲がった峡間がそれを許さないだろう。
「これでは、東征軍のすべてを投入でもしないかぎり、『ポイントD』を抜くことはできません。それも、相当な損耗を覚悟しなければならないでしょう」
レイスは、紅色の頭を力なく振る。
彼は作戦の立て直しを余儀なくされたわけだ。その落胆ぶりは目に余るほどであった。
――総司令部から遠く、右翼の最前線に飛ばされたいまでも、この男は戦場全体を見渡し、帝国全軍のことを考えているのか。
エリウは目の前で揺れる紅毛に対して、撫でつけてやりたい衝動を鎮めるのに苦労した。
翠い目を歪ませ意気阻喪する少佐と、厚い唇をゆるませ上気した女大佐――上官たちの間に割り込むかのように、キイルタ=トラフ中尉はひとつ咳払いをし、口を開く。
「少佐、まだ諦めることはありますまい」
敵オーズ師団の主力は、山の中腹から動く気配は見られない――最新の報告書に視線を落としたまま、副官は蒼みを帯びた黒髪を右耳にかき上げ、その文面を読み上げた。
「なにいッ?それは本当か!?」
弾かれたように、レイスは背後を振り返った。
どういう理由か知らないが、「ポイントD」より渓谷に移動した敵軍は、ほんの一部隊だけのようだ。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
【4-17】裸踊り ③
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そうそう、オーズ中将たちが谷底に行かないとダダをこねて、ミーミル総司令官が苦労されていたな、と思い出された方、
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【予 告】
次回、「臭気」お楽しみに。
右翼に左遷された後も、戦場を俯瞰して偵察を重ねていた紅毛の若者の姿勢に、この女連隊長は舌を巻く思いであった。
かような者たちを手放さなければならなかった父の想いが、いまさらながら伝わってくるようである。
同時に、総司令部や東都ダンダアクに漂う人事の臭気が、彼女の鼻腔にまとわりつくのであった。




