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航跡 ヴァナヘイム国興亡記  作者: 秋山 文里
第6章 囮作戦

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【6-3】レディ・アトロン 下

【第6章 登場人物】

https://ncode.syosetu.com/n8102if/78/

挿絵(By みてみん)


 「黒コガネ」戦旗がたなびくなか、レディ・アトロンは麾下連隊の演習を督励していた。


 この東征軍総司令官の一人娘は、右翼第3連隊指揮官として、貴族将校2名と直轄軍を含む1,200の兵を率いて、この遠征に帯同している。


 歳が4つしか違わないためか、エリウとレイスとは馬があった。


 何より彼女は、紅毛の青年の力量を本人以上に認めているようだ。



 この時、レディ・アトロンは椅子にどかりと腰を下ろしたまま、鞘に収まったサーベルを膝間の地面に突き立てていた。


 大きな両の掌をその柄の上に置くや、眼下で展開される訓練に見入っている。


 紅毛の部下が馬を疾駆させ飛び込んできても、振り返らずに力強い声だけを発した。

「演習中だ。後にしろ」


 配下の部隊が気を緩めぬよう、今日もはげしい訓練を課していたのだろうか。


 それにしても、いつになく語尾が厳しい。紅茶色の長い髪も、風に揺れる以上に逆立っているようにも見える。


「大佐殿に至急見ていただきたいものがございます」

 息を整えつつ、レイスは上官に訴えかけた。


「……」

 エリウは黙っていたが、しばらくして勢いよく立ち上がった。


「フェドラー中佐ッ」

 サーベルを腰にきながら、麾下の将校の1人を名指しで呼び立てる。


 弾かれたように進み出た中年の士官に、

「貴官に演習監督を任せる」

 とだけ命じると、彼女はじめてレイスの方に向き直った。


 レディ・アトロンの逆ハの字を描く鋭い眉と、への字に結ばれた厚い唇は、低く響く声色の持ち主として、どちらも似つかわしい。




「なるほど、お前が慌てて駆け込んで来た理由が分かった」


 エリウ=アトロンとセラ=レイスは、丘陵上に駒を並べ、双眼鏡を片手に前方に広がるヴァナヘイム軍を見据えていた。


 レディ・アトロンのまたがる馬は、ブレギア産であり、父から譲られたものである。


 その堂々とした体躯は、鍛え抜かれた主人を乗せても揺らぐことなく、4つの蹄で大地を踏みつけていた。


 後ろ足付け根で隆起する筋肉は、艶やかな黒毛に絶妙な光沢の加減を生んでいる。


 右翼統括指揮官であるエイグン=ビレー中将も惚れこんでいる名馬であった。


「一度、お前の陣営に行き、善後策を協議したい」


 両者は駒を並べて、丘を下りはじめた。



 ヴァナヘイム軍はゆっくりとだが、着実に布陣を改めようとしている。


 このままでは、これまでにないほど堅牢けんろうなものに生まれ変わってしまうことだろう。


 しかも、その大半が渓谷内に移りつつあるため、全貌はつかみにくいものになっている。


 ところが、帝国東征軍はいま、2つの派閥に分かれ、戦後の論功行賞を見据えた主導権争いを続けていた。


 そうしたなか、自分たち右翼の一部隊が先行して動くわけにもいくまい。


 レイスは、隣で馬を進める上官をちらりと見た。彼女も同じことを考えているのだろう、鼻筋の通った横顔には、憂いの色が漂っている。


 本来であれば、レディ・アトロンも右翼の高級指揮官として、総司令部の軍議に列席していなければならない身の上である。


 しかし、

「あんな場所に1日中座っていたら、精神をやられるぞ」

とばかりに、不参加を決め込んでいるらしい。


 表向きは「体調不良」を理由にして。


「……いまの私たちは、訓練をしているしかないのさ」

 部下からの視線に気が付いたのか、レディ・アトロンは手綱を絞り、吐き捨てるようにそう口にした。


 彼女の性分は、堂々とした体躯そのものであり、瘴気しょうき渦巻く帝国軍高級士官の世界では、呼吸をしにくそうだ。


 先の演習現場で、この若き連隊長が不機嫌だった理由を、レイスは理解したのであった。



【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


演習を督励するレディ・アトロンの男前に惚れた方、

組織人としてレディ・アトロンは生きにくそうだな、と思われた方、


是非、ブックマークや評価をお願い致します。


このページの下側にある「ブックマークに追加」や「いいね」ボタン、【☆☆☆☆☆】をタップいただけましたら幸いです。



【予 告】

次回、「ポイントD 上」お楽しみに。


日が暮れると、前日より放っていた斥候兵たちが次々と幕舎に戻って来た。


その報告をもとに、紅毛の将校たちが大きな作戦図におけるヴァナヘイム軍の展開位置を一心不乱に描き直している。


エリウは、彼らの邪魔をしないよう、珈琲の香り芳しいカップを片手に、背後からその様子を見つめていた。

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