【4-3】任命式 上
【第4章 登場人物】
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「今日より貴様が我が国の将兵10万の総指揮を執れ」
5月10日、ヴァナヘイム国王都ノーアトゥーンの宮殿内・謁見の大広間では、アルベルト=ミーミルが思わず、主君の血色の悪い顔を見返していた。
ミーミルは、ヴァ国・ギャラルホルンの出身。先月35歳になったばかりの青年将校である。
20代前半で父の遺領を継ぐや、ブレギアなどを相手に戦功を挙げ、30手前で佐官の仲間入りをしたほどの人物である。
先の帝国軍との戦闘においても、追撃戦から退却戦まで、彼の部隊はヴァナヘイム全軍のなかで最も存在感を示していた。
特に、1万6,000人もの死傷者を出した退却戦においては、ミーミル隊がいなかったら、その被害はさらに膨れ上がり――ヴァ軍は文字どおり再起不能と化していたことだろう。
しかし、才気煥発なこの青年も、突如主君から呼び出しを受け、大将の地位と全軍の指揮権を授かったとあっては、動揺しないわけにはいかなかった。
「必要な物はすべて揃えさせるから、何なりと申し出るがよい」
頬骨が浮き出すほど細身の主君は、それだけ伝えると、その容姿と不釣り合いな王族礼服を重たそうに翻し、さっさと奥の間に引き揚げてしまった。
左右に居並ぶ将官たちも一様に不平の色を顔に浮かべ、足早に謁見の間を出ていく。
下賜された指揮刀を両手にしたまま、ミーミル新大将は、広い謁見の間に1人取り残されてしまった。
「あんな若造、認めんぞッ」
――回廊中に響き渡っているのは、オーズ将軍の声だろうか。
細部まで装飾のほどこされた鞘を見つめ、ミーミルがたたずんでいると、背後の重厚な扉がゆっくりと閉まった。
「おい、ヴァナヘイム国の命運はお前にかかっている。せいぜい頑張れよ」
「あなたでしたか……」
軍務省次官・ケント=クヴァシル。
一国の行く末を、まるでカードゲームか何かのように気楽に言い放つ人物など、ミーミルは他に心当たりがなかった。
軍政の才能を見込まれ、中央に呼び寄せられるや、40半ばにして次官を任されているほどの人物である。
齢70を過ぎた軍務尚書は過日、激昂した民衆の襲撃により重傷を負い、故郷ヴイージで療養中のため、事実上このクヴァシルが軍務省のトップと言える。
しかし、その外見や言動は、地位相応とは言いがたい。
痩身長躯のいただきにある頭部では、寝癖はそのまま、髭も伸び放題である。上着は肘の部分が擦り切れており、ズボンはいつも膝が抜けていた。
彼が、見た目などといった社会通念に頓着しない変わり者であることは、各省庁でも有名であった。
先ほども国王の演説に立ち会わず、城外の安食堂で食事でもしていたのであろう。楊枝を口にくわえている。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
突然の総司令官就任 命令に、ミーミルと一緒に驚かれた方、
次官が食べた定食?が気になる方、
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【予 告】
次回、「任命式 下」お楽しみに。
「どうして私なのです。各所で帝国軍に敗れたとはいえ、まだほかにも先輩の将軍が――」
「お前で駄目なら、もうこの国はおしまいだよ」
寝癖の軍務次官の言葉には、聞き手に二の句を継がせぬ重みがあった。




