その娘、手紙
次話、16日投稿予定です。
ルディリアが表彰されてから数日。クラウストとは顔を合わせることなく、研究室で仕事をしていた。
幸いにも騎士団からの要請はなく、魔法研究の仕事や、古代研究に関する解析や情報提供などの仕事で忙しいながらも、穏やかな日々を過ごしていた。
変わった事と言えば、表彰された後から新しい記章が増えた事だろうか。ルディリアのローブには“特殊魔法使い”の記章が輝いていた。
称号を形にした記章は、所属している組織のそれと違い複雑な作りをしている。今回渡されたのは、杖が中心にあり、その周りを魔法陣らしき式が囲っている様な模様となっていた。記章の色も金色に輝き、存在感を露わにしている。
キャサリンや、マリアナ達は様子の変わったルディリアを、驚きつつも何も言わずに受け入れてくれた。そして、益々共に過ごす時間が増えた。毎日のようにお風呂へ入り、髪を結い、化粧を施しながら話しをする時間が楽しく、そんな関係になれたことをルディリアは心から喜んだ。
それでも、ふと彼を思い出してしまう自分に呆れてしまう。
言いたいことがあるならば伝えれば良い。もやもやと一人考えるのではなく、聞いてしまえばいい。そう何度も考えたが、結局彼に何か言うことも出来ず、姿を見つければ逃げるように避けてしまう。これではいけないと思いつつも、なあなあに日々を過ごす。
――
部屋の窓から外を眺めれば、景色は白で覆われていた。もう外に出るときには、厚手のコートが手放せない。
外へ出るとき、たまに風と火の魔法を駆使して、自身の周りに温風を纏わせたりもするが、ルディリアが通った地面の雪だけが不自然に溶け、目立ってしまった。だから必要な時にだけ使用していたが、これからはその頻度が増えるかもしれないなと、ぼんやりと眺める。
コンコンっと自室の扉がなり、届け物だろうか?と扉を開ければ、思った通り。城勤めの侍女が手紙をさしだした。
「ありがとう。」
ルディリアが声をかければ、侍女は「確かにお渡ししました。」と小さく笑みを見せてから「失礼致します。」と頭を下げると、そのまま踵を返した。
扉を閉め、机に腰掛けると手紙をぼんやりと眺める。
表彰式後は家族や親戚から多く祝いの手紙が届いた。たまに茶会への招待状まで送付されてくる位、毎日のように送られてきて、読むだけで気苦労が絶えなかった。しかし、数日たった今頃送ってきたのは誰だろうか?と首を傾げながらも開封する。
そこにあった名前は、アルフォンス・マイセン。
父、オルゲンの弟の息子の名前である。従兄である彼は表彰式後に、確かに祝いの手紙をくれていた。それはほんの二、三日前に届いたと記憶しているが、一体何故二回に分けて手紙を送ったのかと、不思議に思い内容を読み始める。
『親愛なる従妹へ。
先週よりも鋭い寒波に、震えていないか心配だ。どうか温かくしていておくれ。
先日に引き続き、君へ便りを出すことになってしまったことについては許して欲しい。
どうしても伝えておかないといけない事があったんだ。
さて本題だが、君に会いに彼がそちらに向っているそうだから十分に気を付けてくれ。
我が友人はどうにも生き急いでいるらしい。私はルディの幸せを祈っているよ。
君の従兄、アルフォンス・マイセンより。』
「彼がそちらに向っているそうだ…って。ええええ!」
ルディリアはここ最近で一番大きな声をだしながら、従兄の手紙を握りしめた。
「アル、何で止めてくれなかったの…。」
嘆くように零した言葉は本人には届かない。しかし、こうしてはいられないと返事を書く為机に向う。今からでも彼を止めるようにと、こっちに来させてはいけないと書き認めて急いで使いを出した。そうしている内に就業開始の時間が近づき、慌てて職場へと向った。
室長室へ入れば、既にサウスライドが仕事をしている。最近彼の調子はすこぶる良いようで、溜まっていた仕事もすっかり無くなり、午後にはまた研究に時間を費やせるようになっていた。
その間、ルディリアは古代魔法の研究を進める。現状、研究室内でそれが許されているのは室長と副長、それからルディリアの三名である。
流石室長と副長と言うべきか、ルディリアがその許可を貰う遙か昔に、それを取得していたらしい。だからこそ、ルディリアがここに勤める事が認められたのかもしれないが。要するに、国から見れば彼らはかなりの逸材と言うことになる。
今でこそその権利を広めようとしているが、彼らが取得した時期はまだまだ厳選されていた頃だろう。しかし、そんな彼らは古代魔法よりも魔道具に興味を示している。古代魔法の研究の許可をとったのも、作製したい魔道具に付与できそうな魔法はないかと探っている内に、古代魔法陣へ辿り着いたと言うのだから驚きだ。
「あぁ、そうだ。ルディリア。今日の午後に来客があるから、対応を頼むよ。」
「承知しました。」
「ご来客はどなたですか?」と尋ねる前に室長室の扉が鳴り、アイゼンが姿を現した。
焦った様子に、ルディリアが「どうかされましたか?」と尋ねれば、困った様に眉をさげる。いったいなんだ?とサウスライドと目を見合わせれば、言いにくそうにアイゼンが話しはじめる。
「陛下からの使者がお見えで、すぐにでも室長に陛下の元へ来る用にと申されております。」
急になんの用だろうか、と考えつつサウスライドへ顔を向ければ、彼は珍しく眉間に皺を寄せていた。いつも澄ました表情か、笑んでいる為ここまで感情を露わにすることは珍しい。
「室長室、こちらは構いません。明日以降でも十分間に合いますから。」
「…午後までには必ず戻るよ。」
「承知しました。」
ルディリアが頷けば、サウスライドはすぐさま部屋を後にした。公爵家が関係する話だろうかと考えて、来客が誰なのか聞き忘れたことに気がついたルディリアは頭を抱えた。
「仕方無い。室長が戻ったら聞こう。きっとそれまでに戻るよね?」
うんうん、と頷き、ここまでに室長が確認した書類を持って各部署へ届けにいく。いつも通り遠い部署から順に回っていく。この作業にも慣れた為か足は軽い。
最初はどの部署へ顔を出しても叱られたり、睨まれたりした。それが普通だったのに、いつの間にかみんな穏やかな顔を向けてくれるようになった。
それも仕事の期限が漸く守られるようになったからだろう。中には、ルディリアに同情の眼差しを向ける人までいる。それだけ今までが酷かったということで、それを改善することが出来て良かったと心から思う。
「次は、経理部か。」
独りごちながら廊下を歩いていると、何やら騒がしい。数名が足早に去って行く様子と野次馬のように少し離れた所から見守っている騎士が数名いた。
何事かと、興味心を擽るが面倒事に巻き込まれるのも嫌だという葛藤でその場に立ち尽くす。そうしていると、騎士の一人がルディリアの存在に気がつき声を上げた。
「ルディリア・ヒースロッド様!」
張り詰めた空気の中、その声は良く響いた。野次馬していた騎士達がルディリアの為に道を開け、引き返す事の出来ない状態に、内心頭を抱える。
どうしてもっと早く引き返しておかなかったんだろう…。
注目されている中、小さく息をつくと足を進めた。どうせ通り道だし、何食わぬ顔で通り過ぎてしまおうと廊下の先にいた人物を見て血の気が引いた。
そこにいたのは、クラウスト・アルンベルンとクロヴィス・カエサルだった。
「なんでここに!」
思わず溢れた言葉は当事者達の視線を集めるのに十分だった。
クラウストはルディリアを見ると、少しだけ目を見開くがすぐに元の表情に戻した。そして視線をクロヴィスへ戻すと今度は戸惑った顔を見せた。それは、先程まで言い合いをしていた相手が既に自分へ興味を無くし目の前の少女に釘付けになっていた為だ。
「ルディ」
そう零して、クロヴィスはすぐに「しまった」という顔をする。その様子を見るに何やらとんでもない事を企んでいたようだが、現状彼に親しく接することもまた良いと言えない。
「クロヴィス様、お久しぶりにございます。」
小さくカーテシーをしてから顔を上げる。胡乱な目を向けながら心の中で叫んだ。
ここでなにしているの!
余計な事してないでしょうね…?
クロヴィスは、そっと視線を逸らすとクラウストへと戻した。小さくもないため息を堂々とつくと、小声で呟く。それはクラウストへ向けたようで、ルディリアまで聞こえることはなかったが、どうやら彼らが揉めていたらしい事は空気から感じる。
ルディリアは、ハラハラしながらクロヴィスの出方を待った。
二人が何やら小声でやりとりをしたあと、クロヴィスはルディリアの方へと歩み寄ってきた。話しは終わったらしい。ちらりとクラウストへ目を向ければ、久しぶりの彼に心臓の辺りがぎゅっと痛む。
久しぶりにちゃんと顔見たな。
元気そうで良かった。
ほっと胸をなで下ろすと、頭上から彼よりも少しだけ爽やかな声が落ちてきた。見上げれば何処か不満そうな顔つきだ。文句を言いたいのはこちらなのだが、この状況でそれをする事も出来ないのが腹立たしい。
「ルディ、表彰の件おめでとう。」
「ありがとうございます。まさか、態々その為に・・・?」
態々それを伝える為に、引きこもっていた領地を出て戦地であるこの城に来たのか?とニコリと問えば、クロヴィスは楽しそうに目を細め、ぐりぐりと頭をなで回す。
「それはお前らしくないな」
言葉遣いを戻せと言わんばかりの圧に、口元が引きつりそうになる。まだまだこの笑顔でのやりとりには慣れないらしい。改めて心の中でサウスライドに尊敬の言葉をかける。本人には伝わらないが。
「クロヴィス様、いつお見えになったのですか?」
再度、ルディリアがニコリと笑えばじとりと睨まれる。腕を組み、とても偉そうな姿に内心苦笑を零す。頑固な性格は変わらないらしい。
彼は真面目で、頑固で、誰にも悟らせずに何でも一人で頑張ってしまう人なのだ。懐かしいと、思い返せば幼い頃の彼の姿が頭に浮かぶ。
いつの間にか可愛さは消え、端正な顔付きは濃色の瞳と髪に良く映える。光に透けたその色は、鮮やかな紫色になるのが不思議で、良く見惚れていた。
頭の良い彼は、幼い頃から古代魔法の話しばかりするルディリアにも興味を示し、楽しげに聞いてくれた。従兄の友人である。
そう、あの手紙で従兄が注意しろと言っていた人物である。
「クロゥ。」
仕方無く呟けば、クロヴィスは満足げに頷く。そして口元を釣り上げると、くしゃくしゃと今度は優しい手つきでルディリアの頭を撫でる。
「祝いにきた。」
そう堂々と言い放つ彼に苦笑を零せば、クロヴィスは横目でクラウストを見てから「行くぞ」とルディリアの手を引っ張った。
いつもありがとうございます。




