その娘、表彰される
次話、13日に投稿予定です。
サウスライドとクラウストと話しをしてから三日。
ルディリアは正装をして、王座の間で国王陛下や王太子殿下の前に跪いていた。
辺りには宰相を初めとした政治関係、騎士団や魔法師団などの重鎮が顔を揃えている。その中には城勤めではないが爵位の高い当主達の姿もちらほら窺える。今回の表彰に関して王族から招集されたのだろう。
ルディリアの隣にはクラウストがおり、彼もまた騎士団団長としての正装に身を包み、騎士の礼と共に跪いていた。
今回はどうやら短い時間の中で執り行われる為、簡略化されているらしい。長々とした宰相の挨拶は省かれ、今回の島での報告が淡々と発表された。そこで、ベフィモス封印についても触れられている。
経緯から封印方法までを宰相が言葉にすれば、辺りが少しだけざわつく。それもそうだろう、学院上がりの小娘がそれ成し遂げたのだ。それも僅か数日の猶予しかない中で古代魔法を解析し、発動させたのだから。
実際はルディリア一人だけでなく多くの人の力を借りた。そこが省かれていることが非常に悔しい。とは言え、それを明言することは、不敬と取られかねない。何とも面倒な話しである。
「王国騎士団 団長、クラウスト・アルンベルン。此度、神位の魔物であるベフィモス封印の指揮を執った功績をあげ、報奨金10金貨と、特殊研究の許可を与える。」
「謹んで頂戴します。」
クラウストが顔を上げ、その場で言葉を返す。仰々しい物言いで宰相が褒め称えるも、ルディリアはそれを冷めた瞳で見つめた。次にルディリアの名が呼ばれるまで、待機のつもりで一度あげた顔を下げる。
特殊研究の許可、それは古代魔法の研究を含めた許可が必要になる研究のことである。今回の事で彼にもまた古代研究に関わる権利を与える為だろう。サウスライドの言っていた三つ目の話しのことである。
「続いて、王宮魔法研究室 室長補佐、兼、王国騎士団 団長補佐、兼、特殊騎士隊 隊長補佐、ルディリア・ヒースロッド。古代遺跡、古代魔法の解析、並びにベフィモス封印に大きく貢献した事の褒章として、14日間の休暇と報奨金10金貨、そして、特殊魔法使いの称号を与える。今後、古代魔法の研究、解析を自由に行う権利と、それを行使する権利が与えられる。」
「謹んで頂戴します。」
古代魔法の研究の許可が正式に下されたことに一安心しつつも、冷静に言葉を返す。
その後、この場にはいないイクリスにも同じく10金貨とクラウストと同じく特殊研究の許可が与えられて表彰式は無事終了した。
しかし、まさか配属一年未満で称号まで与えられるとは、流石のルディリアでも困惑せざるを得ない。更に、報奨が騎士団団長であるクラウストやイクリスよりも良いとくれば、益々注目度が上がる。
未だ社交に関して自信のないルディリアは不安を覚えるが、それでも向き合わなければならない問題だと心を強く持ち、王座の間から退出した。
退出してすぐに、クラウストからの視線を感じる。
あの日から彼とは距離を取っていたためあの日以来である。少しだけ気まずくて、もやもやと心を覆う影が晴れず、結局また彼から逃げようと背を向ける。すると不意に後ろから声がかかった。
「特殊魔法使いの称号か、君に良く合うな。」
穏やかに声をかけるクラウストに、抗議しようかと口を開くも、振り向き彼の顔を見ればそんな気も失せてしまい、そのまま口を閉ざした。どこか仄暗さのある表情にちくりと心が痛む。
現状彼の方が、圧倒的に立場が上の為、発言を無視するのはよろしくない。それでも、先日の話し合いからルディリアは彼に対して不信を募らせており、そんな態度を取った。
苦笑を漏らすクラウストに目もくれず、ルディリアは小さく頭を下げるとその場を後にした。向ったのは魔法研究室である。
表彰の場にいたとはいえ、サウスライドと話しをすべきだと考えた為だ。今までであればクラウストもその場に同席していただろうが、今の態度を見てそうしようとは思うまい。
ルディリアの心には靄がかかり、気持ちの良い表彰ではなかった。それでも、今回の件はルディリアにとって大きな一歩となったのは確かである。
――
室長室の扉を開ければ、まだサウスライドの姿はなかった。暇を持て余したルディリアは自身の執務机へ向うと机の上に溜まった書類に目を通しはじめる。
やっと公の場で古代魔法の研究の許可が出たというのに、何故こんなにももやもやするのか。
数日前までならば、許可が下りればすぐにでも古代魔法の研究を始めていたに違い無い。それなのに、今は手を付けようとも思えない。
何で素直に喜べないのかな…。
何度目かのため息をつくと、室長室の扉が開いた。ノックがなかったということは、ここの主だということだろう。顔を上げれば、案の定そこにはサウスライドがいた。しかし、どこか困った様な表情をしていた。見間違いだろうか、と考えつつ頭を下げる。
「室長、お疲れ様です。」
「あぁ。仕事をしていたのかい?」
「…はい、何もやることがなかったので。」
苦笑を零せば、サウスライドもまた困った様に笑う。
いつもの室長なら穏やかに微笑み、表彰に関して祝いの言葉をくれるというのに。彼も何か思う所があるらしい。それがクラウストの事だろうと予想を立てることは簡単だ。しかしそれを言葉にしようとは、どうしても思えなかった。
「君らしいね?…ルディリア、特殊魔法使いの称号、おめでとう。」
「ありがとうございます。」
小さく微笑めば、同じように笑みが返される。意味合いは違っていても先程聞いた言葉と似た様なそれに、視線を逸らした。やはり兄弟だ。どこか居心地の悪い空間に戸惑いつつ、逸らした視線を書類へと落す。
コチコチと小さな音が響き、それを聞きながら書類を片付けていく。
いつの間にかサウスライドも溜まった自身の仕事に手を付けていた。時折こちらに視線が向いていることに気がつきながらも、それに気付かぬ振りを続けて仕事をした。
小さく息をつけば、ふっとサウスライドの苦笑が漏れ聞こえた。目を向ければ頬杖を付きながらこちらをじっと見つめるサウスライドを見つけ、戸惑いながらも視線を逸らす。
「気乗りしなさそうだね?」
「…そういうわけではありません。」
「ほう?」と、目を細め真意を確かめようと、サウスライドが口を開く。先程から何度もため息をついていることはバレているらしい。
お互い口を開かず、無言の時間が流れる。その間も部屋にはコチコチと時を刻む音だけが響き、いつもならば気にならないその小さな音が、酷く心地悪い。
「君が何を考え、何を想うのかは分からない。それでも、一つだけ変わらない事がある。」
穏やかな声色に目を向ければ、いつものサウスライドの優しげな眼差しと交わる。彼の口元が綺麗な弧を描くと、じっと見つめるルディリアに言葉を向けた。
「君は私の弟子だ。勿論クラウストも私の弟だ。どちらも同じく大切にしているつもりだよ?私は身内には甘いんだ。」
「ふふっ…。知っています。室長が最初からずっと変わらず、見守り続けてくれていることくらい…ちゃんと分かっています。」
彼の優しさも、温もりも、嘘ではない事は分かっている。
それでも、どうしようもなく悲しいのだから仕方無いでしょう?
涙腺が緩む前に、大きく息を吸ってサウスライドに笑みを向ける。大丈夫、ちゃんと分かっています。彼にそれが伝わるように、精一杯の笑顔を見せた。
「それならば、君が今、したい事をすべきだ。しなければならないことに向き合うべきだ。…そうだろう?」
「はい」と頷けば、満足そうに笑みが向けられた。それでも、今日はもう休め、仕事はしなくて良いと言わないのはきっと彼の優しさだろう。
何もしていない時間ほど、いらない事まで考えてしまう。嫌な方へとどんどん思考が伸び、最終的には心折れてしまうかもしれない。それでもあれば、忙しくしていた方がいいと、きっと室長も分かっているのだろう。
サウスライドの言葉のお陰か、それからは思っていたより仕事がはかどった。時計の音も気にならない程忙しくしていれば時間は刻々と過ぎ、気がつけばもう就業時間が終わる頃だった。
ちらりとサウスライドへ目を向ければ、今日は一度も彼にお茶を出していないことに気がつき苦笑する。それほど余裕がなかったらしい。
自分の事に一杯一杯で、補佐としての仕事が十分に熟せなかった。それでも、室長はそれについて何も言わない。本当に優しい人だ。
「お茶もだしていませんでした。…すみません。」
小さく呟けば、サウスライドは今気がついたとでも言うように驚きの表情を見せる。
「あぁ、本当だ。気がつかなかったよ。お茶はまた明日からでいいよ?今日はマリアナ嬢やキャサリン嬢とともにゆっくり休むことをオススメする。彼女達も祝いたそうにしていたからね?」
何処までも優しい室長に、笑顔を向けると頭を下げて室長室の扉を閉めた。閉めると足が止り、心が揺らぐ。
どうしてこんなにも不安なんだろう。
どうしてこんなにも弱いのだろう
ため息が落ちる。これではいけないと大きく息を吸い込めば、意を決したように応接室まで足を進めた。
扉を開ける前から、いつもより多い人数の気配を感じとり、首を傾げながらも扉を開ける。すると、その場にいた人物の視線が一斉に集まった。驚きながらもその場の者達は次第に笑顔になっていく。
「ルディリア、おめでとう!」
最初に口を開いたのは、キャサリンだった。満面の笑みで祝いの言葉をくれる。それに続いてマリアナやグレイル、アイゼンなどその場にいた研究員達が祝いの言葉をルディリアに向けた。暖かなその空間と、みんなの笑顔にルディリアはクスリと笑みを零す。
こんなにも慕ってくれる人がいる。祝ってくれる人がいる。
こんなにも幸せなのに、どうしてあんなに苦しかったのだろう。
心の靄が少しだけ晴れ、ルディリアは感謝の言葉を口にした。「ありがとうございます。」そう言えば、また皆の表情が一段と明るくなる。
「今夜はお祝いだ」と誰かが叫べば、誰かが便乗するように歓喜の声を上げる。賑やかな空間と、ルディリアの手を握るキャサリンを見て自然と笑みが溢れた。
式から戻ってきてすぐの時は目にも入らなかったが、研究所のみんなからすれば様子のおかしいルディリアに気がついたのかもしれない。そこから不安にさせてしまっていたのだろうか、と思うと申し訳なさと同時に、嬉しく思うのだからおおかしな話しなのかもしれない。
それほどまでに自分を見て、気にしてくれる人達がいるという事に安堵を覚えた。そして、室長と同じく何処までも優しい彼らに笑みを向けて、今日の残り少ない時間を共に過ごそうと思った。
いつもありがとうございます!




