その娘、身の振り方
続きます。(明日投稿予定。)
ルディリアはキャサリンとの入浴を終えた後、部屋へ戻れば出勤にはまだ少し早く、暇をつぶしていた。ルディリアにとって今できる暇つぶしは古代魔法陣の解析しかない。
机に向き合い、魔法陣をまじまじと眺めては式を読み取っていく。幾重にも構築されている理論式に頭が痛くなりそうだ。しかし、そこに楽しさがあるのだから向いているのだろう。
一時間、二時間と向き合っていれば廊下が騒がしくなる。それに気がついて顔を上げれば、もういい時間である。ローブに袖を通すと必要なものを持って部屋を出た。
研究室へと向う途中、何人もの人間とすれ違う。その中には見かけたことのある顔もいれば、魔法研究室に所属している研究院の顔もあった。
すれ違えば「お帰りなさい。」と声をかけられ、頭を下げられる。その度にルディリアの心は温かくなり、頬が緩んでしまいそうになるのを堪えるのが必死だった。
研究室のオークの扉を開ければ、やはりそこには見慣れた顔がある。視線がこちらへ向くと、笑顔で出迎えられた。…と思ったら泣きつかれた。
「ルディリア様、お帰りなさい。お待ちしていました!!」
若干涙目で縋り付く研究員の姿を見て困惑する。先程会ったキャサリンとは全く別の様子に、首を傾げながらグレイルに目を向けた。
「こら、クリックス離れなさい。ルディリア様が困っているでしょう。」
グレイルは、やれやれと呆れた表情でルディリアからクリックスと引きはがして、説教をし始める。その様子をルディリアは目を瞬かせて見ていた。
クリックスは、ルディリアの次に年若い研究員だ。男性ながらも小柄で普段は大きな瞳をキラキラと輝かせていて、可愛いという言葉が似合う男である。そんな彼の困り果てた様子を見て、戸惑う。
すると、横からアイゼンの声がかかった。視線を移せば、アイゼンは困った様に眉を下げており、「本当に何があったんですか?」と彼に問えば、一度目を瞑り小さく息をついてから答えてくれた。
「実は、室長が戻られないんですよ。」
やはり室長の仕業かと思いつつも、戻られないとはどういうことかと首を傾げる。アイゼンに続きを促せば、彼もどうやら分からない事だらけらしい。
「昨日、ふらっと何処かへ消えたと思えば、公爵家にも帰らず出勤すらしていないんです。どこにいるのか見当も付かない為探し回っているのですが、その分仕事も進まず溜まる一方で…。」
「昨日、いつ頃姿をくらましたのでしょうか?」
「夕方近かったと思いますが、定かではありません。」
なる程、全く分からない。
ここ数日城にいなかった為、室長が何処へ足を運びそうか、全く予想が付かないのだ。可能性があるのはやはり弟の所だろうか。しかし、ソフィアの元へも帰らずクラウストの元へ行くというのもおかしな話しだ。
「副長はどうされていますか?」
室長が不在と言うことは、権限は副長へと移る。彼に指示を仰がねばならないと、アイザックへ尋ねれば、何とも微妙な表情が帰ってきた。彼もまた暴走中なのだろうかと、嫌な予感を覚えつつアイザックの言葉を待つ。
「キーストン副長は、その何やら研究の大詰めらしく。話しかけるなという圧が凄くて近寄れない状況です。」
ということは、ここを取り纏められる人がいないということ。ルディリアは頬が引きつりそうになるのをなんとか堪えると、大きく息を吸い込んだ。
「分かりました。室長が戻るまで私が代わりに仕事を行います。と言っても権限上、出来る範囲は限られていますが。取敢えず室長室に持ってきて下さい。」
「お帰りになって早々にこんな事態になってしまい、申し訳ございません。」
眉を下げて、申し訳なさそうな表情をするグレイルに「大丈夫ですよ」と声をかけると、そのまま室長室へと向った。中に足を踏み入れれば、そこら中に書類が置かれている。これは、昨日より前から仕事を放棄していたな?と眉をつり上げつつ、ルディリアの執務机に腰を落とした。
風魔法で書類を分類し、それらに目を通していれば、室長室の扉が鳴った。「どうぞ」と声をかければガチャリと小さな音を立てて入ってきたのは、サウスライドだった。その後ろには目を細めたクラウストの姿もある。どうやら彼が兄を見つけ出し、ここへ連れてきてくれたらしい。
「ほら、兄上。仕事をして下さい。」
「分かっているさ。ルディリア、お帰り。大変だったらしいね?」
にこりと変わらない笑顔を向けられて、ルディリアは呆れながらも頭を下げる。この光景を見て、どこか安心したのは、きっと日常に戻ってきたという感覚があるからかもしれない。
「長らく不在にし、申し訳ございませんでした。昨夜こちらに戻って参りました。」
「あぁ、堅苦しい挨拶はいらないよ?それより、島での話しを聞かせてくれないか?」
ニコリと笑ったサウスライドは、クラウストにソファに座るように促し、彼もまたそこへ腰を下ろす。ルディリアとしてはこのまま仕事を続けていたい所だが、自身の話をするのだと分かる為、仕方無く執務机から立ち上がった。
「お茶をお持ちします。」
クラウストをもてなすべきだろうと考えそう発言したが、クラウストに「構わない」とあっさり断られてしまい大人しくソファに腰を落とすことにした。
ルディリアが座れば、サウスライドが話し出す。ガーデンパーティでの陛下の宣言と、今後繰り広げられるだろう王太子妃候補選定の話し。ルディリアはキャサリンから大方の話しを聞いていた為落ち着いて話しを聞くことが出来た。
クラウストもまた何処からか情報を仕入れていたのか、自身が城を離れてからの話しにも冷静な姿勢を崩すことなく話しに耳を傾けている。
「ということで、ルディリア。君どうするつもりなのかな?」
「どうもするつもりはありません。私はそのままでいる事が一番都合良く感じました。」
現状、王太子殿下はきっとルディリアを諦めてはいない。しかし、陛下はそれを諦めさせようと行動なさっている。それであれば、利害が一致するのは今の所陛下である。ならば何かする必要はないだろうという考えだ。
「では、陛下のお考え通りに進めると言うことかな?」
「現状は、としかお答えできません。」
そう短く伝えれば、彼らにも伝わったようだ。今はそれでも問題は無いが、今後どうなるかは陛下と殿下次第であると。
「しかし、エルスベルトはまだ考えがあるらしいからな。そう、うかうかもしていられないと思うぞ?」
フッと笑うクラウストに目を向ければ、真剣な瞳と視線が交じる。
この人は、何を考えているのだろうか。
彼はどちら側なのか。
ルディリアを害するつもりはないだろうし、何かあればきっと手を差し伸べてくれるだろう。その信頼はある。しかし、彼は王太子殿下のご友人であり、アルンベルン公爵家の人間だ。何の考えもなく行動するはずはない。
「アルンベルン騎士団長は、何故島へお越しになったのですか?」
それらの謎を一片に解消する為には、はやりこの質問が適していると考え、疑問を投げかける。そうすれば、表情をちっとも変えずにただ「何故だと思う?」と返された。
質問に質問で返すのは貴族の常套手段である。しかし、それではそこに何か隠したいものがあるといっているようなものである。きっとサウスライドであれば取らない手段を、彼は今ルディリアに向けている。
「二、三、考えはありますが、どうもしっくり来ず。アルンベルン騎士団長に利があるとは思えないのです。そこから考えれば、アルンベルン騎士団長は利を追究することなく現状を維持されようとしている事になります。では、何故アルンベルン騎士団長はあの時、いつでも話しを聞くと仰ったのでしょう?」
話しを聞くというのは、手を差し伸べるという意味ではないのではないか。話しを聞いた上で、対応を変えることが出来る。もしくは別の行動に移す準備をなさろうとしているのではないか。そこに自身の利や、アルンベルン公爵家の利はあっても、ルディリアの利はあるのだろうか。
「部下の悩みを聞くのは上司の役目だろう?」
口角を釣り上げ、不敵に笑むがその瞳は酷く冷静だ。
本当に彼が何を考えて居るのかが分からない。
何故自身をからかうような言動を繰り返すのか。
何故、優しさをみせるのか。
何故、今はこんなにも突き放したような態度を取るのか。
ルディリアが口を噤んだことで、サウスライドがゆったりと話し出す。この場を落ち着かせる為か、それともルディリアに考える時間を作ってくれたのかは分からないが、それでも空気が変わった。
「クラウスト、それはおかしいな。ルディリアは私の部下であって、お前に貸しはしても、あげてはいない。そうだろう?」
確かに最初サウスライドはそう言っていたと思いだす。最初の討伐の話しをここに持ってきたとき、確かにサウスライドは『あげないよ?貸すくらいはしてもいいけどね?』と言っていた。それは未だ有効だったらしい。
名目上、騎士団長補佐という役割を与えられてはいるが、それらは全て兼務であり本来の仕事は、室長補佐である。サウスライドの隣にいるからこそ、弟子であるからこそ、魔術師見習いとして立ち回れるのだ。
「兄上は彼女をどうなされるおつもりか?」
鋭い視線がサウスライドに向けられる。そこには少しだけ怒気も混ざっているような気がしてルディリアは困惑する。普段仲の良い兄弟だからこそ、この剣幕に動揺してしまう。しかし、よく見れば睨み付けているのはクラウストだけであり、サウスライドは涼しい顔をしている。まだまだ兄の方が、余裕があるらしい。
「お前は何か勘違いしているね?その決定権は、私達にないだろう。彼女が決めることであり、ヒースロッド家が決めることだ。そうだろう?」
穏やかながらも、そこには力強さがある。当たり前の言葉にも確かな意志を感じて、クラウストも押し黙る。それでも彼らの存在があるからこそ、ルディリアは今ここで魔法の研究を行えている。
「確かに、そうですね。ですが、兄上が企んでおられる事にエルスベルトは気付いていますよ。」
「ふむ、王太子殿下は耳聡いらしい…。それでも、まだ少しこちらに分がありそうだね?クラウスト、感謝するよ?」
変わらない微笑みを浮かべるサウスライドに、クラウストはいつも通りの無表情で会話を続ける。二人を横目にしながら、全く入る隙間のない攻防戦に内心苦笑を零した。どうしたって彼らはルディリアよりも一手、二手先を行くようだ。
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