その娘、封印
ルディリア達が乗った船がシーコス島へ到着すると、クラウストが宿までエスコートする。逃げる事は出来なさそうだと考えて大人しく部屋に入り、湯浴みだけしてベッドへ潜った。
イクリスは、ルディリアが戻ってこなくとも、ずっと宿の部屋を一室、ルディリアの為に取っていてくれたらしい。いつ帰ってくることになっても良いように、身体をゆっくり休めるようにと考えてくれたのだろう。本当に彼は、騎士であり紳士だと苦笑しながら眠りについた。
ルディリアが目を覚ますと、日が傾き駆けていた。
もうすぐ祭りが行われる時間かもしれないと、窓際まで歩く。外の景色はまだ明るく、赤い光が海を彩っている。
きっと今頃、リール村も儀式の為に準備を行っている頃だろう。アンリスと話しをする前の作戦会議では、リール村の儀式についても幾つか話し合いをしていた。
日が落ちる前に儀式を行い、魔法石に魔力を満たす。その隣には聖杯を置き、聖水の純度を高める。そうして同時に魔法石に光を灯らせると、満月の光とともに、とある場所を指し示す…らしい。
資料に書いてあった内容である為、何処まで信じられるかは分からない。それでも、試すしかない。そして、指し示す場所というのは、恐らくエルムポース島のベフィモスが封印されている祭壇だろう。それに関しては既にクラウストの命で騎士達が探しているが、未だ見つかっていない。もしかしたら満月が現われてからでないと場所の特定が難しくなっているのかもしれない。
まだまだ考える事がたくさんあり、ルディリアは小さくため息をつく。本当はデイロス島のテントへと戻り資料に目を通したかった。しかし、クラウストとイクリスがそれを許さないだろうと思っていたから素直にここへ来た。考える事が多い為眠れないだろうと予測もしていた。しかし、思いの外疲れていたらしい。ベッドへ横になると数分もせず深い眠りに落ちた。二、三時間で起きようと思っていたのに、いつの間にかかなり眠りこけていたらしい。
まぁ、身体は楽になったけど…。
みんなは、どうしてるかな。
思い浮かべたのはユーグとエーバハルト。彼らにかける負担は大きい。そうでなくとも、彼らには別働隊としてあちらこちらの調査を頼んでしまったのだ、今のうちにゆっくりと休んでもらいたい。
それから、イクリス。彼はリール村の者達のことを頼んでしまった。人嫌いと言われる彼には少し酷だったかもしれないが、アンリス達に頭を下げて誠意を見せた彼ならば、きっと大丈夫だろう。しかし、彼もまた忙しくてゆっくり休む暇もなかったろう。ルディリアの食事の面倒までみて自分を後回しにする様な、優しい人だ。
そして、クラウスト。まさか彼がここへ来るとは思わなかった。それでも、どこか安心したのはきっと彼をそれほど信頼しているからだろう。有能で、人の意見に耳を傾けることができる人。無理だと思えばばっさりと切り捨てる癖に、どこか甘い。ルディリアが無茶な発言をしても、全てを否定せず、許容出来る部分を上手く掬い取ってくれる。だから、ついつい甘えてしまう。彼もまた膨大な量の仕事を城に残してきているだろうに、こちらでも同じくらいの仕事をしている。本当に、少し休んでもらいたい。
彼らはいつも私を優先する。私の体調を心配し、配慮してくれる。
私は、彼らの為にも、今夜頑張るんだ…。
一通りの準備を済ませると、部屋の扉を開けて、受付まで出る。そこには数名の特務隊員達がこちらに敬礼を取り、道を開けてくれた。彼らに聞けば、クラウスト達が今どこにいるのかすぐに分かる。礼を伝えて、ルディリアはまた歩き出した。
船を出してもらい、デイロス島へと向う。時間ギリギリまで資料を読むつもりだ。
「ルディリアちゃん、何する気かな?」
ニコリと笑みを向けるローベルは、いつの間にかルディリアと同じ船に乗り合わせていたらしい。いや、もしかしたら監視役としてこの島に残っていたのかもしれない。ひやりとした汗が背を流れる。気取られぬように、努めて冷静に対応した。
「デイロス島へ戻ります。」
「何をしに?」
ローベルの探るような眼差しをサラリとかわすと、水平線に目を向ける。夕日が水面を照らしながら、既に低い位置まで落ちていた。もう余り時間がなさそうだ。
「今、出来る事をしに。」
小さく付かれたため息を聞いて、振り返ればローベルは困った様に眉を下げていた。やはり監視として、ルディリアの行動を制する役割を担っていたらしい。多分これはイクリスの仕業だろう。クラウストであれば、人に頼らず自身で口にするはずだ。どうせ、他の誰の言葉も聞きやしないと理解している筈だから。
「仕方無いな…。」
同行するつもりらしいローベルに頭を下げると、また視線を海へと投げる。目を瞑り、風に当たると心地良い。頭が冷えて、冴えるような気さえする。なかった余裕を取り戻せるような気がした。
「きっと大丈夫さ。ルディリアちゃんなら、できるよ。」
彼も本当にルディリアの心中を読むのが得意のようだ。何も言わずとも、何処からか察してしまうローベルは、それでも静かに見守ってくれる。思えば、そういう所が兄に似ているのかもしれない。何だかんだと言いながらも、結局は自分に甘い長男の顔を思い出して、クスリと笑みを零す。
「…珍しい。」
呆然とこちらを見るローベルに、「しまった」と思ったがもう遅い。口元に指を立て、口止めをするとローベルは一瞬大きく目を見開き苦笑した。
「勿論さ。」
きっと彼の放った「珍しい」の意味は、ルディリアの笑顔のことではない。それほど気が緩んでいる状況を珍しいと言葉にしたのだろう。あまり笑みを浮かべない女性に対して、ローベルがそんな無粋な発言をするはずがない。しかし、彼もまた本当に驚いたからこそ、つい口から出てしまったのだろう。そう考えれば「珍しい」のはお互い様な気がした。
「ローベルさんは、私の兄達にどこか似ているので、ついつい気が緩んでしまうんです。」
「そうか、それは嬉しいな。」
言葉通り、嬉しそうに笑む彼を見て、ルディリアは内心苦笑しながら「そういう所もよく似ている」と思った。
ブォーと大きな船笛が鳴り響き、島への到着を知らせる。エルムポース島がある方向を見ると拳を強く握りしめ、大きく息を吸い込んだ。




