その娘、真実2
ブックマークまた増えてた…!
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「待たせたな。」
低く彼が言葉をかければ、リール村の者だけでなく、アンリスや近くにいた船乗り達も頭を下げた。その一言で立場の違いや、力関係を理解したらしい。彼の機嫌を損ねてはいけない。彼こそ、ここで一番の権力者であると思わされたのは、威圧された空気から感じ取ったのかもしれない。
「話しとはなんだ。」
頭を下げたまま小さな間を開けて、リール村の老爺が弱々しい言葉を紡ぐ。彼が命じなければ頭を上げられない。いや、圧力から上げることが出来ないだろう。
本来なら貴族の礼儀など、彼らが知るはずもない。クラウストがそうさせているのだ。それはきっと、周りの騎士達の目があるから。
「はい、恐れながら申し上げます。どうか、デイロス島に上がらせては頂けませんでしょうか?」
「何用だ?」
クラウストはきっとイクリスや騎士から、ルディリアの仮説を聞いているだろう。白々しい言葉も、堂々と発することで威厳をもたらすらしい。
「それは…申し上げられません。」
痛いところを端的に付かれて口ごもる。それでもなんとか続けた言葉に、クラウストの威圧が強まった。「報告できないことをしに行く。どうか島に上げてくれ。」では話にならない。ルディリアとイクリスも眉を顰める。
正直に言ってしまった方が楽になるというのに、それでも隠したいらしい。泉を騎士達が占領するとでも考えているのだろうか。
「ほぉ、それで罷り通ると?」
「…。」
怯えきった老爺からは大量の汗が流れ、地面にぽたぽたとこぼれ落ちる。それを不憫に思ったルディリアが口を開いた。
「聖水、ですね?」
びくりと肩を揺らすと、老爺は観念したように小さく息を吐き「はい」と返す。ルディリアがアンリスに目を向ければ、彼はただ黙って頭を下げていた。
「何故、それを隠すのですか?」
「…それは、その…。申し訳、ございません。」
「国や騎士達が、独占するとでも考えたのだろう?」
老爺の小さな声に、クラウストが鼻で笑う。ただそれだけの事なのに、また空気が変わったような気がした。そしてクラウストの視線が老爺から外れ、アンリスへと向いた。
「顔を上げろ。」
クラウストの言葉に、その場にいた者達が恐る恐る顔を上げれば、アンリスの瞳が不安げに揺れる。反らす事も出来ない鋭い視線に、額から汗が流れ出している。
「アンリス、と言ったか。」
「…はい。」
「お前だな?」
クラウストは瞳を細めると、断言するかのような問いを口にする。どうやら彼も、ルディリアと同じ事を考えていたらしい。ルディリアは驚いて隣の彼を見上げれば、それに気がついたクラウストの口角が上がる。
「…アンリスさん。何故、子供を使ってまであの遺跡を公表したんですか?」
アンリスの灰色の瞳が見開かれる。向いていた視線がゆっくりとルディリアへと流れ、下唇を噛みしめる。小さく息を吐くと、観念したように目を瞑った。
「いつから、お分かりになっていたのでしょうか。」
クラウストを見れば、小さく頷かれた。答えて構わないということだろう。ルディリアが再びアンリスへと視線を戻せば、硬い表情のアンリスが映る。
「最初、街の人から聞いたときに可笑しいなと思ったんです。子供が第一発見者なんてこと、あるでしょうか?きっと最初から知っていたのだと思いました。そして、きっとアンリスさんが連れて行ったのだろうとも言っていたので、公表するきっかけを作ったのはアンリスさんなんだろうなと、すぐ分かりました。」
力なく笑うアンリスに、ルディリアは表情を変えることなく続けた。
「何故、貴方が私にあの日誌を見せてくれたのか。きっと私達の意識をリール村に向かせて、自分はこちら側に入り込もうとしたのではありませんか?隙を見て誰かが聖水を汲めればいいと。」
最初から疑問だった。
魚屋のお姉さんは、子供が第一発見者だと言った。では、誰が連れて行ったのか。お姉さんはその答えもくれていた。波止場のアンリスさんだと。
では、彼が知らないはずがない。そう私達が考えるだろうと思い、航海日誌を見せたのかもしれない。もし彼が、掻い摘まんで情報を話していたとしても、疑わなかっただろう。でも彼は、古い日誌を見せてくれた。その最初のページには古代語で「女神に祝福を」と短い言葉が綴られていた。きっと彼は読めなかったのだろう。だから気にしなかった。
ルディリアは、それが何を意味するのか、その時は分からなかった。しかし、考えてみれば、波止場にそれが置かれており、元々はリール村の管轄だったと言われれば、嫌でも分かる。
彼は、そちら側の人間なのだと。
「あぁ。聖水がなければ、この地は魔物の被害が頻発するだろう。それを止められるならば、なんとしてでも汲み入れなければならなかった…!まさか、公表してから丸一年放置されるとは思わなくてな、儀式が行われる直前に現われるとは思いもしなかった。」
力なく笑うアンリスに、ルディリアは苦しくなり、心の中で謝った。それを言葉にすることが今は許されないと理解していたから。
騎士隊の派遣が遅くなってごめんなさい。
もっと早く調査していれば、きっとこんなことにはならなかった。
不安な思いを持ち続けさせてしまった。
「それだけでは、ありませんよね。」
ごめんなさい。でも、だからこそ、この話をきちんとしなければならないんです。
「…そこまで。」
アンリスは瞳を見開かせると、項垂れた。老爺も、リール村の人達も身を震わせている。彼らは目撃したのかもしれない。騎士でさえ震え上がる様な魔力を持った、神位の魔物の姿を。
「ベフィモス、だな?」
クラウストの言葉に、アンリスは力なく頷いた。それを見ていた騎士や、何も知らなかったのだろう船乗り達が、驚愕の声を上げた。「なに!?」と、俯くアンリスに責めるような瞳を投げる者も居れば、顔面蒼白になる者も居る。誰もが知る魔物の名前に、騎士でさえ怯えた様子を見せた。
「静まれ。」
面倒そうに声を張り上げたクラウストが威圧と共に発すれば、すぐにその場に静けさと緊張感が戻る。そして、クラウストがアンリスに視線を戻せば、彼は肩を跳ね上がらせた。問いに答えろという圧力に、アンリスは小さく答えた。
「…はい。」
「ルディリア補佐。」
クラウストがルディリアに視線を戻すと、名を呼んだ。他に聞きたいことがあるか?と言うことだろう。ルディリアはアンリスに目をむけると、疑問を投げかける。
「去年だけではないはずです。いつからですか?」
「…五年ほど前から、徐々に地震の揺れが強くなり、姿を見せたのは去年が初めてでした。誓って嘘はありません。」
五年前から、彼らは怯えながら暮らしてきたのだろう。それはどんなに辛かったろうか。どんなに心細かっただろうか。王都から離れたこの場に、騎士がすぐに駆けつけることは出来ない。前触れもなく復活していたら、近隣の村や街は甚大な被害を受けたろう。
「毎年、夕暮れから始まる聖神女祭の後、日が落ちてから儀式を行っていたのではありませんか?」
アンリスが小さく首を傾げながらも、「確かに。」と短く答えた。そこでルディリアは納得する。なぜ結界が緩んでしまったのか。何故、一瞬でもベフィモスが地に降りてくるような事になったのか。
「儀式は、同時に行わなければなりません。そうしなければ力が弱まります。何十年もそうしてきたならば、ベフィモスを封印している力が緩むのも納得が出来ます。また、儀式後に満たされた魔法石を封印している祭壇へ奉納しなければなりません。」
ルディリアが静かに言い切ると、リール村の人達も驚愕に目を見張る。こんな指摘が出来る人はもう何百年も前に居なくなってしまったのだろう。だから仕方がないことだ。それでも、もしもっと早く王都へ公表してくれていれば、研究者が集まったかもしれない。騎士団が屯所を作り、警戒を強めてくれたかもしれない。そう思うとやるせない。
「信じて下さい、なんて無責任なことは言えませんが。とても…残念です。」
顔を歪めれば、小さな息が降ってくる。見上げれば、眉を寄せたクラウストがルディリアの頭に手を乗せた。「お前が心を痛める必要はない。」そう言っているような気がして、ルディリアは困ったように眉を下げる。
「お前達は貴族が何の為にいると思っている。王族が何の為にいると思っているんだ。」
静かな声には怒りもなく、威圧もなく、ただその場に居る者達を諭すように続けた。
「平民とは、国を豊かにする為にいる。貴族とはその平民を守る為にいる。王族とは、国を守る為にいる。平民も、貴族も、王族も、同じ人間だ。間違える者も確かに存在する。しかし、役目を全うせんと、身を削る者も確かに存在する。それを忘れるな。」
クラウストはローブを翻すと、背を向けて歩き出す。片手をルディリアの頭に乗せて「行くぞ」とつぶやいてそのまま船へと戻った。ルディリアは、苦笑しながらクラウストについて行く。
静かに控えていたイクリスが、この場をどうにかしてくれるのだろう。ちらりと視線を向ければ瞳がかち合い、小さく頷かれた。「任せろ」と言うことだろうか。いや、彼の事だから「もう休め」という意味かもしれないなと思うと、内心苦笑する。
船内に戻ると、クラウストからもらった魔法石を握りしめた。この後の事を考えれば、不安で押しつぶされそうになる。でも、さっきの彼らの事を思い出せば、必ずやり遂げなければと思わされる。この魔法石を見れば、力と勇気が湧いてくるような気がした。




