その娘、収獲2
「さて、そろそろ行こうか。ここでゆっくりしているわけにもいないからな。」
そう言って立ち上がったイクリスにうなずき、ルディリアも立ち上がる。鞄を肩からかけ直し女神像の部屋へと向う。
「填めるぞ?」
ルディリアが頷けば、イクリスは持っていた魔石を台座へと一つずつ填め込んでいく。一番左の獣の絵の上の窪みに青い魔石を、真ん中の神を模した絵の上の窪みに赤い魔石を、人の形の絵の上の窪みに黄色い魔石を填めていく。イクリスが黄色の魔石を填めた途端地響きとともに地面が揺れ、二人は辺りを警戒する。
「ルディリア嬢。」
イクリスの声にルディリアが目を向けると、彼は背後に目を向けていた。それに習ってルディリアも振り返ると、そこには壁画が消え去り一つの道が現われた。ルディリアが探していた魔法陣はこの先にあるのかもしれないとゴクリと唾を呑む。
「いこう。」
ルディリアは大きく頷くと彼の後ろを付いていく。円形状に繋がった通路はこの場所を上手く隠す為だったのだろうか。それとも元々女神像の部屋には左右上下に道があり、後からこの通路を隠したのだろうか。様々な疑問が頭を駆けるが、今はここから出ることを目的としなければならない。
この通路にも篝火が等間隔に並び、暗さを感じさせない。少し歩くとすぐに目的の部屋が現われた。イクリスが足を止めると振り返る。入っても問題ないか、という意味だろう。ルディリアは少しだけ彼の前へと出ると、通路から部屋の中を見回す。
天井も壁もただの壁であり、部屋の隅に罠らしきものもない。あるのは、床に大きく描かれた魔法陣と、その中央にある台座くらいだろうか。その台座の上には何もない。しかし、良く目を凝らせばその台座自体に何か刻まれているようにも見えなくない。
この距離ではよく確認する事が出来ないが、床の魔法陣を見る限り入ってすぐこちらに害が出るような仕掛けではないだろうと結論づけた。
「大丈夫だと、思います。」
ルディリアがイクリスを見上げると、「分かった」と頷いて彼はそのまま部屋に足を踏み入れた。ルディリアもそれに続くと、やはり仕掛けのようなものはなくすんなりと中に入ることが出来た。
この部屋は、最初の部屋と同じく作りは洞窟寄りのものだった。天井も壁も土のような素材であり、土の中を掘り進んだだけの空間にも見える。床に石畳がなく、魔法陣が輝いていなければただの洞窟だったろう。
「この魔法陣はなんだ?」
光を基に構築された転移系の魔法陣。魔法陣が光っているのにその効力が発揮されない所を見ると、何らかの条件がある?
ルディリアは中央にある台座へと向うと、刻まれている模様を指でなぞり確かめる。ナイフのようなもので削られたのか、はたまた風の魔法で刻み込んだのか。恐ろしく細く繊細な作りにもかかわらず、欠けた部分がない所を見ると、この台座自体にも保護系の魔法が掛けられているのかもしれない。
「多分、ここに魔力と共に聖水を流すことで基の場所へ戻れるのだと思います。」
ただ魔力を流すだけならば、手を触れた時点で多少なりとも魔力が反応するはず。しかし、そうならないと言うことは、何らかの方法でこの刻まれた魔法陣に魔力を満たさなければならない。そう考えれば条件に合いそうなものは聖水である。
そこで、ルディリアはふと考える。もしこの場に聖水を持ち込んでいなかった場合はどうするのか。このままここに閉じ込められるのか、それとも他に何かしらの方法があるのか。それもまた、先程の資料の中に答えがあるのかもしれないが“聖水と共に魔力を流し込む”で、間違ってはいないはずだ。
「そうか、良くやった。」
「先程の資料、幾つか持ち出したいのですが構いませんか?」
イクリスは少しばかり考え込むと、「分かった」と小さく頷いた。そもそも持ち出せるのか、持ち出して他の隊員達の目に触れても問題ないのかという疑問はぬぐえないが、それもルディリアが保管しルディリアのみの閲覧であれば良いだろうと思い許可を出した。
「ありがとうございます。」
瞳を輝かせ、女神像の奥の神殿の様な部屋へと踵を返す。イクリスもまた、「運ぶのを手伝おう」と着いてくる。ルディリアが風の魔法を使えば一気に大量の資料を運ぶことは出来るのだがここはお言葉に甘えるべきか、とルディリアは感謝の言葉を伝えた。
「それでは、魔法陣を発動させますね。」
大量の資料を魔法陣の中央へと置き、ルディリアは台座に聖水を流し込むと、イクリスが頷いたのを見て、聖水の満ちた魔法陣に手を翳し魔力を注ぎ込む。
すると、魔法陣が発光し床の魔法陣と台座の魔法陣が光となって浮き上がり、空中で融合する。ルディリアはその光景を一瞬たりとも見逃すまいと、見つめているとまばゆい光が部屋を満たした。ぎゅっと目を瞑り、開くとそこはもう何度も見た古代遺跡の月と太陽の像のある部屋だった。
「…どうやら、戻ってこられたらしいな?」
「そのようですね。」
言いながら足下に置かれたままの資料の山を見てほっと息をつく。資料の持ち出しも無事に出来たらしい。
魔力ものの移動魔法であれば、もしかしたら持って帰ることが出来ないのではないかと考えたが、どうやらそうではなかったらしい。それもそうか、それであればあそこにどうやって持ち運んだのかわからないものね。と暢気な事を考えながら、ルディリアは風魔法で、ひょいっと資料を持ち上げると、イクリスと共に遺跡の外へと向った。
出口付近で数名の特殊隊員達とすれ違い、本当に戻ってくることが出来たのだと胸をなで下ろしながら足を進めると、急激に温度が下がる。何事か?と外を見れば大地は白く、空からも同じものがパラパラと降っていた。
「あ、雪。」
ルディリアの言葉に、イクリスも苦笑する。
「…だな。」
どちらにも苦い思い出のそれだが、顔を見合わせれば苦しい感情などなく、クスリと笑い飛ばす。どうやらお互い既に過去のこととして昇華できているらしい。
「まずは君のテントへと向おうか?」
いくつかの資料を抱えていたイクリスは腕の中に視線を落とすと、足を進める。ルディリア用のテントへくるまでの間、数名の隊員達は忙しそうにそこら中を走り回っていた。何かあったのだろうか?そう思いつつ足早でルディリアのテントへと書類を運ぶと、イクリスと共に中央の大きなテントへと向った。
何やらダンジョンへ入る前より隊員の人数が増えているような…。そう考えながら中へ入ると、そこには青髪の彼がいた。
「…え?」
「クラウスト?」
イクリスも驚きが隠せないようで、ぽつりと零す。名を呼ばれた彼は資料から顔を上げてこちらに視線を向けると、いつもと同じ表情で淡々と言葉を返した。
「あぁ、戻ったか。収獲は?」
「何故ここに居る?」
放心状態のルディリアとは違い、既に立ち直ったイクリスが彼に問う。クラウストは、何でもなさそうな顔をしながらまた資料に目を落とす。
「近くにいたから応援にきた。申請だしただろう?」
それは、ルディリアがディース島へ着いてすぐに情報共有と称してイクリス達と夕食を食べていたときに出していた案だ。翌朝に二名の隊員を王都へと向わせ増員の申請を確かに出した。しかし、まさか応援に来るのが彼だと誰が予想出来るだろうか。
「お前が来るか?普通。」
騎士団の団長が来るとは何事かと思い、ルディリアは眉を潜めた。もしかしたら自身の知らないところで他に何か大きな案件でもあったのだろうか。一応団長補佐という役職に就いてはいるが、ルディリアは彼に四六時中くっついて回るわけではない。それでも、遠征などの時は共にしていた。だからこそ、そう疑う。
「近くにたまたま用があってな。」
「…まぁ、いい。収獲だったな。」
良いのか?と思いながらもルディリアは黙って様子を見る。イクリスは呆れた表情を見せながらも、ぽんとルディリアの背を押す。テントの入り口近くに立ちっぱなしのルディリアを奥へ促した。
「何処まで知っているんだ?」
「お前達がダンジョンへ行き、聖神女祭までには戻ると言うところまでか。」
ふむ、と思案しながらそう答えたクラウストは、どうやら殆どの事態を掌握しているらしかった。ユーグ達に任せたはずが、戻ればクラウストが指揮を執っていると言うのだから、驚きとともにどこか安心する自分が居て、ルディリアは戸惑う。
「それで、ルディリア嬢。いつまで棒立ちしているんだ?」
口角を上げたクラウストにルディリアは視線をずらす。報告しろと暗にそう言う彼は、本当にいつも通りで、小さく息を吸い込むと彼を真っ直ぐとみた。
「報告申し上げます。」




