その娘、収獲
また増えてた…!!
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イクリスとルディリアは夕食を食べがてら、ここまでに得た情報を整理しなおすことにした。
「まず、ここに入る前の遺跡内で石版があったな。」
「はい、そこには“汝、何を望むか”、“汝、何を求めるか”、“光の先に叡智の扉が開かれん”とあり、この魔法陣が天井の魔法陣と共鳴していました。」
ルディリアは書き写した二つの魔法陣をイクリスへと見せる。
「これはどんな魔法陣か分かるか?」
「もう少し時間をかけないと詳しい事は分かりませんが、天井の魔法陣は光属性を基に守護や保護の魔法式が組み込まれています。これはヒースロッド辺境伯地にあったものと同じなのでここまでは分かります。そして石版に描かれていた方は、転移と闇を基にした何かの式…ですね。」
「闇か…。」
ルディリアは悩ましげに答える。元々古代魔法でも闇属性というのは使用頻度が高くない。まともに扱える人が少ないというのがそこに起因しているのだが。だから資料もとても少なく、ルディリアの持つ情報も殆ど無い。
「はい、闇魔法というのは使い方がとても難しくて、心をきちんと制御できる人でないと闇に呑まれてしまうのだそうです。そう考えると、イクリス隊長は普通に闇魔法を使って戦っていますよね。」
凄い、と感心すると共に先程の話しの中でこれを言えば手っ取り早く邪に染まっていないことを伝えられたのでないか?と考えると、脳内にクラウストの呆れた表情が浮かんできた。
「君はまた…」と呆れてものが言えないと、乾いた笑みを向ける彼の表情が思い浮かんで少しだけイラッとしたが、それを思考の彼方へと放り投げる。
「そうなのか。」
彼は全く気がついていなかったらしい。きょとんと真っ直ぐにこちらを見て尋ねる様子は、年上の男性の筈なのに可愛いと思えてしまうから不思議だ。言ったらきっと不機嫌になるだろうから絶対に言わないけれど。
「そうです。基本属性である、火、水、風、土は扱いが比較的に簡単です。そして応用属性である炎、氷、雷、岩、などは扱いは難しくありませんが、操作が難しいとされています。そして特殊属性である光や闇といった属性は、使える人が限られており、心や思いに強く反応を示します。因みに光と闇に関しては、光に適性が強いと闇の魔法は不得意になる傾向があり、その逆も同じです。」
「なる程。では私は扱えても光は苦手となる、と言うことだな。」
「はい」と大きく頷くも、これは話しても問題ない内容だったかしらと、はたと思う。しかし、もう話してしまったし、基礎の基礎だからまぁ良いかと思い直して、話しを戻す。
「つまりですね、この魔法陣には光と闇が呼応するように作られており、この魔法陣の影響でこの場所へ飛ばされた事になります。」
「では、戻るにはこれと同じ様な魔法陣を探さないといけないと言うことだな?」
「そういうことになりますが、何処にも見当たりません。」
「となると、ここにヒントがあると考えるのが妥当だろうな。確か、太陽と月の部屋には“汝、知恵を絞り”、“汝力を示す”“汝の思いが光の先に現われん”だったか?」
ルディリアはイクリスの言葉を聞いて驚いた。読み上げた本人でさえもメモした内容を見なければ細かく覚えていなかったというのに、完璧に復唱できる記憶力に感心した。
「はい、それで、この魔法陣が天井で、この魔法陣が石版です。これらは二つで一つの魔法を作っているのではなく、別々です。」
「一つずつが魔法陣として完成していると言うことか。天井のは、守護や保護の魔法陣か?」
「そうです。天井にある魔法陣は全て同じで、この洞窟と各部屋の保護術式が組み込まれており、それが主な役割でしょうね。」
「では、石版は?」
ルディリアは自身で書き写した魔法陣を良く見直すが、やはり読み取れる内容は薄い。
光を軸に様々な属性が連立しており、結果としてどんな属性として作られているのかが見えてこない。また内容も見た事のない式が並んでおり、これを読み解くにはかなりの時間を要するだろうということしか分からない。後ろにある膨大な資料の中にそれを解くヒントがあるかもしれないがそこに時間を割くべきかも迷うところである。
「…全く分かりません。」
ルディリアの言葉にイクリスが小さく驚く。今まですんなりと何かしらの情報が出てきたにも関わらず、これについてはさっぱりでお手上げ状態と言うことにイクリスも表情が硬くなる。
「そうか、ではそれは一度おいておこう。他はどうだ?確か、獣の部屋では長い詩があったな?」
「はい。こちらでです。」
読み上げるより見せた方が早いと、古代語の隣に現代語に翻訳したものを一緒に彼へ向ける。
“古 の 邪 は 滅び を 知 らぬ”
“いつしか 古 は 未来 を 駆けて 今 と なる”
“知恵 ある もの と 立ち向かい 邪 を 討たん と すれば 未来 は 開か れる”
“心 持つ もの は 繋がり あう こと で 切り 開か れる”
“友 と 成り て 邪 を 祓 わん”
「古の邪とはなんだ?」
「邪とは邪な心のこととは先程も申し上げましたが、古の邪というのはまた別のものを指すようなんです。抽象的で申し訳ないのですが、闇の王の様な闇を司るもの?魔王とか、邪神とか悪魔などを指すのだと思いますが何とも言えません。」
「その悪が蘇り、討ち取ることで未来が開かれる。と言うことか。この、友とはなんだ?」
ルディリアが資料を読みあさり出した結果と殆ど同じ結論を今出したと言うことに驚きつつ、ルディリアは彼の疑問に答える。
「友は、人ならざるものだそうです。」
「ふむ、そう考えると、やはり言葉や心が通ずる魔物がいると考えるべきか?それとも精霊の類いか。」
「私もそう考えました。しかし。人ならざるものとは、かなり範囲が広い為それら全てとも考えられます。」
「にしても、イクリス隊長はやはり高い思考力をお持ちなのですね。私はこれを読み解いて漸く辿り着いたと言うのに、殆ど石版の内容から読み解いておられて驚きました。」
大量の資料を横目に見たルディリアを見て、イクリスは苦笑しながら「そんな事はない」と返した。そして、そこまで謙遜するなんてやはり凄い人だとルディリアは更に感心する。
「クラウストであれば、君と同じように資料を読み解き、君と共にその場で答えを出していたかもしれない。もしかすると石版の内容を見ただけでこの答えに辿り着いたかもしれない。私よりクラウストの方がずっと賢く、強い。」
「アルンベルン騎士団長とイクリス隊長はご友人、なんでしたっけ?」
「あぁ。幼い頃、あの事をきっかけに人を遠ざけて過ごしていたんだが、クラウストが勿体ないと手を引いて連れ回してくれたんだ。世界は広いのだからもっと自分の目で多くを見ろと叱られたよ。」
そういって笑うイクリスは苦笑と共に目を細め懐かしそうに頬を緩める。その頃からあの人はそういう性格だったのかと、ルディリアも内心苦笑した。
あの人も、あの人の兄もきっと昔から変わらず自信たっぷりに我が道を行く人だったのだろう。その道中困っている人がいれば無意識に手を差し伸べ信者を増やしていくのだ。これが宗教であれば、全くけしからん聖者である。しかし、そうでないから彼らを尊敬する人がそれを目指して歩み始める。それはやはり彼ら兄弟にしか出来ない事のように思う。
兄は言葉巧みに人を動かし、弟はその力で全てを導く。
「本当にかっこいい人達ですよね。」
「…君もその一人だと思うが。自覚はないようだな?」
苦笑するイクリスにルディリアは小首を傾げる。
私も?
私はそんな事出来ませんよ?
「まぁ、いい。獣の部屋の魔法陣についても同じか?」
「はい、概ね変わりありません。」
獣の部屋の石版も全く読み解けない。しかし一つ違うのは、光が基になっているという点のみである。それ以外はやはりすぐには読み解けそうにない。
「この部屋にはそれらしいものはないし、残るは女神の部屋だな。休憩後魔石をはめてみることにしよう。」
ルディリアは先程イクリスに渡したものと同じものを鞄から取り出すと、口へ放り込んでいく。頭の中ではイクリスが先程話してくれた事がぐるぐると駆け回る。
幼いころに両親を失い、助けを求めても誰も見向きもしない。
私はそんなに酷い環境ではなかった。
イクリス隊長は今日まで生きることすら大変だっただろうな。貴族は噂話が大好きな歪んだ世界だからきっと生きにくいだろう。
今日彼がここにいることは奇跡に近い事なのかもしれない。
助けてくれたのがアルンベルン公爵家当主でなければどうなっていたんだろうか?
アルンベルン騎士団長がイクリス隊長の手を取っていなかったらどうなっていたんだろうか?
殿下やラディがいたからこそ、今のイクリス隊長があるんだよね。
「先程の話しだが、君は今でも冬が、雪が苦手か?」
徐に口を開いたイクリスがルディリアに尋ねる。その瞳は真っ直ぐでいて、どこか労るような優しさの籠もった温かいものだった。
「何か悲しい事があった日に一人でいると、たまに思い出します。それでも、父や兄達、それから今は研究室のみんながいますから寂しいと思ったことも、悲しいと思うことも随分減りました。私を気に掛けてくれる人が多く居ることに気がついてからは、少しずつ頼るようになりましたから。」
「そうか。…君はエルスベルトをどう思っているんだ?」
王太子殿下の友人と言うことは、きっと幼い日からの文通の話しなどをきいているんだろうと、内心苦笑しながら、どう答えたものかと悩む。
もしかすると、それが本人まで伝わってしまうかもしれない。ここは慎重に考えてこたえるべきだろう。
「そう、ですね。王太子殿下は、とても有能な方で時々、眩しく感じます。私とは違う世界を見ていて、その道を歩いている。…そんな感じ、です。」
「確かに、眩しいくらいに真っ直ぐで、良く人を見ている。この国をよりよくする為には多くの人の力を借りなければいけないと理解している。だからこそ周りも大切に出来る男だ。」
イクリスの話しは、ルディリアの心にすっと入って来た。ルディリアも彼が嫌いな訳ではない。臣下として、素晴らしい主だと心から思える。
だけどそれは、隣に立ちたいという話しではない。彼の盾となり、頭となり力となって共にこの国の発展を目指したいという思いに過ぎないからこそ、彼の気持ちには応えられない。
「…では、クラウストはどうだ?」
ルディリアは訝かしげにイクリスを見る。何故そんな事を聞くのかと問うべきだろうか?そう思いつつも、頭の中で考える。
自身にとってクラウスト・アルンベルンはどんない位置付けなのだろうかと。
「アルンベルン騎士団長は…、強くて、強かで、つい頼りたくなってしまう…そんな人です。」
側に居ればついつい彼を見上げて助けを求めてしまう。
彼ならばどうにか出来るだろうと希望を持ってしまう。いや、側に居なくても彼ならばどうするだろうかと考えているのだから、居なくても頼っているのかもしれない。
彼の何がそう思わせるんだろうか。
「クラウストは昔からよく一人で勉強していた。私達以外の者には見向きもしない。そんな身内贔屓の凄い男だ。君は、いつの間にかクラウストの内側の人間になっていた。だから少し気になったんだ。変な事を聞いてすまなかった。」
「いえ。」
身内贔屓か…。
私は彼の内側に入っているのだろうか?
確かに、ご飯に誘われることもある。確かに、アルンベルン公爵家へ招待されることもある。でもそれは全て、室長がいるからではないだろうか?
私が室長の補佐だから、彼はきっと「いつも兄の面倒を見てくれてありがとう」と、そんな気持ちなんじゃないか。
…うん、それが一番しっくりくる。
そう思ってパンに落としていた視線を上げようとした時に、あのパーティの時のことやアルンベルン公爵家の塔の上での事を思い出して、頬が熱くなる。
いや、あれはからかわれただけで。
他意はない…はず…。うん。
赤らんだ頬を両の手の甲で冷ましながら、頭を振るルディリアをイクリスはじっと見つめてふっと微笑んだ。しかし、ルディリアは一杯一杯で全く気がつかず、「他意はない、他意はない」とぶつぶつと呪文のように唱えていた。




