表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大魔法使いを目指してHighになる  作者: ぽこん
その娘、特務隊長補佐になる
46/67

イクリス2

部屋に戻ると、殆ど変わらない体勢のまま資料を読み漁る彼女の姿があった。その姿はまるで小さなクラウストのようだと苦笑する。


「ルディリア嬢、一旦休んではどうか?」


「あ、イクリス隊長お帰りなさい。」


お帰りなさいと言う言葉に、イクリスは戸惑う。今まで掛けてもらった事のない言葉に、なんと返せば良いかが分からない。いや、返す言葉は確かに知っていた。だが、それをどんな風に使ったら良いのかが分からなかった。


「…あぁ。」


ぎこちない返事に、彼女は小首を傾げる。そして、何やら思い出したかのように鞄を漁ると、そこから簡易の食料が出てきた。どうやら時間がかかることを見越して飲食の類いを持ち込んでいたらしい。用意の良いことだ。


「どうぞ。座って、情報を整理しませんか?」


「…そう、だな。」


こんな時でも彼女の手際の良さに感心してしまう。「はい」と手渡された食料を受け取り、少し離れた所へと腰掛けようと思って、寒さを感じているのではないかと思い出す。


「寒くは、ないか?」


「え…あぁ。これがあるので大丈夫です!」


そう言って首から提げていたらしいそれをこちらへと見せる。初めて見る形状のそれに、また何か作り上げたのだろうかと訝かしげに彼女に目を向けると、慌てて否定した。


「こ、これは、副室長が、夏の暑さに耐えられなくなり、私に暑さを凌ぐ魔道具を作れと命じたんです。そこでもしかしたら冬にも役立つかなと、冷風だけでなく温風も出るようにと改良したもので…。えっと、ちゃんとした?魔道具ですよ。」



やはり彼女手製のものだったか。しかしあのキーストン・イルベーダの無茶ぶりに対応するとは流石だとしか言えないな。あの人は侯爵家の次男だけあって優秀な人物だと聞く。自分に出来る事は他も努力さえすれば出来ると断言して、高すぎる要望をすると聞いたことがある。それについていけるとは、本当に彼女には恐れ入る。


「そうか、それならばいい。」


「…良ければ、もう一つあるので使いませんか?」


おずおずと鞄から取り出した魔道具をこちらへと向ける彼女に、断るのも申し訳無くて有り難く受け取ることにした。


「すまない」


「いえ。赤いボタンを押すと温風が、青いボタンを押すと冷風が出るので気を付けて下さい。裏側の突起を上に上げると風力が増します。下げると弱くなるのでお好みに調節して下さいね。」


受け取った魔道具をまじまじと見ると、言われた通りに赤いボタンを押す。するとふわりと温かい風が魔法石から発生したのが分かった。確かにこれを服の下に付ければ温かく過ごせそうだと、首から提げてみる。


「どうですか?」


緊張した面持ちである所を見ると、商品として売り出すにはまだ試験運用が足りていないのだろう。問題なく使えている旨を話すと、「良かった」と小さく頬を緩ませた。あまり表情に感情を出さない彼女だが、これに関してはそれほど緊張するものだったらしい。


「もしかして寒いのは苦手ですか?」


「あぁ、そうだな。」


寒いと嫌な思い出が蘇る。思い出したくない記憶はしまっていても、不意に出てくるから厄介だ。


「では、同じですね。私も寒いのは嫌いなんです。…母が亡くなったのが、雪の降る寒い日だったので、寒いと寂しくなるんです。お母さんの身体が、どんどん冷えていくのが怖くて、ただ震えることしか出来なくて。寒いと、そういうの思い出しちゃうんですよね。」


「そうか」と返しながら、同じだと思った。自嘲気味に話す彼女の話は、自分の思い出と似ていて何も出来なかった己の無力さに怒り、嘆いているのだと分かった。


「すみません、こんな話。」


「いや、私も同じだ。昔、同じ思いをした。」


ぽつりぽつりと話し出す。昔の事を思い出すことは、もう何年も避けていたというのに。何故か彼女になら話してもいいと思えた。



幼い頃、まだ母も父も健在で豊かな暮らしをしていた。しかしある日、父が邸に帰ってこなくなり、母が壊れだした。父はとある研究に時間を費やし、そして完成させた。完成させてはいけなかった魔法を完成させて帰ってきた。

母は嬉しそうに父に寄り添うと、共に別邸の地下へと消えていく。不思議に思った私はコッソリと後を追いかけて、見てしまった。


父が母を殺し、儀式の生け贄にするところを。


父は私に気がつくと、嬉しそうに手をこまねいた。


「今呼びに行こうと思っていたところだったんだ。こちらへおいで。」


その声に狂気が混じっていて、震える足で逃げ出した。逃げる場所なんて何処にもなかったのに。そして邸の使用人に掴まり、父の元へ連れて行かれた。


「嫌だ、助けて」と泣き叫んでも誰も見ない振りをして、私を犠牲にする。そして父が何かを唱えると、今度は私の足にナイフを突き刺し、気がつくと魔法陣の上に横たわっていた。


恐ろしくて、父に「やめて」と何度も叫んだが、父は「お前の為だ」と頬を紅潮させながら自ら胸にナイフを突き刺した。それと同時に魔法陣が輝き、私の中に何かが入ってくるのを感じ、怖くなって泣きながら逃げ出した。痛む足を引きづって、できる限り遠くにと。


森の中を走り見つからないように隠れた。しかし、何人もの使用人が追ってきて気がついた。真っ白な雪の上に血が落ちて、それを追ってきたのだ。


掴まって、またあの地下に放り込まれると、今度は死んだはずの両親が力なく立ち上がり、こちらに向ってきた。大きな手で首を絞められ、眼球を失った窪みだけの真っ黒な目でこちらを無気力に見つめる顔が恐ろしくて、いつの間にか膨大な魔力を練り上げ、父と母を絞め殺していた。


死んだ両親を私はまた死なせた。



幼い私は母方の親戚に引き取られ、王族は真実を隠した。知っているのは、当時陛下の側に居た数人と事件現場に駆けつけた、当時騎士団長だったカルロス・アルンベルン公爵――クラウストの父。それから、私が話した数人だけだ。


「クラウスト、エルスベルト、ラーディウス、そして君だけだ。…こんな話しをしてしまって、すまない。」


「…いえ。ただ、さっきおっしゃっていた意味が少しだけ分かった様な気がしました。…邪は闇だと。その時の、お話ですよね。」


「あぁ。それから、私は闇の魔法に適応していると知ったよ。私にとって闇の魔法に魅入られた父も私も、邪だ。」


普通の人だった。いや、普通の人の仮面を被った闇側の人だった。あの儀式は、闇の化身を降下させるものだったと後から聞いて、父は何故それを私の為だと言ったのか全く分からなくなった。結局あの人は自分の研究の一環として家族とそして自分の命をかけたのだ。


「あの、やはり違います。さっきの資料にもありましたが、闇とは受け入れるものなんです。闇の先に光があり、闇と光は共存しているのだと。…きっと光だけでは、眩しくて生きていけません。暗闇があるからこそ、人は安心出来るんです。」


ルディリアはその資料を持ち、イクリスへと両手で向けながら懸命に話す。


「…。」


「なので…えっと、イクリス隊長のお父君が行ったことを受け入れろ、と言うことではなくてですね。闇そのものは、邪ではないんです。それを取り込もうと、欲に溺れることこそ、やはり邪なのだと、私は思います。イクリス隊長のお父君が邪だとしても、イクリス隊長は邪ではありません。」


「…そう、か。」


懸命に話す彼女を見ていると、何故か頬が緩む。そうだと、いいと思った。


「そうです。イクリス隊長は、イクリス隊長です。騎士然とした姿勢で、仕事を熱心に取り組んでいて、私のお世話まで焼いちゃうほど、優しい人です。人間が嫌いなんて噂、聞いたことありますが。それ以上に、人が好きなんだと私は思いました。だって、そうじゃなきゃ、波止場にいた人達に頭下げて協力を仰がないでしょう?そうじゃなきゃ、騎士なんて人を守る仕事に就かないでしょう?自分の身を挺して庇ったり、しないでしょう?」


あぁ、確かに「人が嫌いなのではないだろう」とクラウストにも言われたことがあった。

確かに、「お前は向いている」とラーディウスに言われたことがあった。

エルスベルトに、「一人でも多くの民を救ってくれ」と願われて、強く頷いた。


いつだって、身を挺して守ってきたことに後悔なんてなかった。友人達には叱られたが、それでもこの身が清められるような気がして、誰かを守る仕事に就いた。


「私は、邪になりたくなくて騎士になった。」


「それならば、大丈夫です!」


にっと口角を上げた彼女はまた違う資料をこちらへ向ける。


「ここにありました。じゃ、とはよこしまな心の事であり、欲に覆われた歪な願望のことだと。」


難しい古代語は読めないと言うのに、彼女は自信満々に指差して、言う。


「イクリス隊長は、邪ではありません!」


「…分かった。」


ふっと笑みがこぼれる。彼女がここまで言うんだ。きっとそうなのだろう。彼女は私が出会った中で一番清い心の持ち主だと思うから。信じてみよう。


あの浄化の魔法に当てられて、きっと私の心の黒い鎧を消し去ってくれたのだろう。でなければ、こんな重い話しするはずがない。


彼女は人の事になると、無表情でなくなるのだな。自制している心が他へ向くと、いつの間にか普通の少女のような顔をする。


きっとクラウストも彼女のこういう所にやられたのだろう。


エルスベルト、お前頑張らねば誰に攫われるか分からないぞ。


ラーディウスは大変だな。こんなにいい妹をもっては、心配が絶えない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ