その娘、月と太陽の石像2
ブックマークありがとうございます!
「私の後に続くように。」
ルディリアは自身が先に立った方が良いのではないかと一瞬考えるも、イクリスに任せることにした。
彼もまた、クラウストと同じく最年少で隊長格まで上り詰める程優秀な人物なのだ。その有能さは、ここ数日時間を共にしていてよく分かっていたので任せても問題ないだろうとの判断だ。そもそも、騎士然とした行動をするイクリスがルディリアに危険な役目を与えるとも思えないので致し方ないという考えもあったが。
「承知しました。」
一歩下がり、イクリスの後ろへと付く。そして、ルディリアは聴覚や視覚の身体強化を更に研ぎ澄ませた。出来るだけ遠い場所から危険が察知できるようにと。
通路をゆっくりと進むと、所々に篝火が浮かんでいた。それは等間隔に並び、暗を感じさせない。近くでよく見ると篝は鉄製であることが分かる。それが左右に等間隔に並び、こちらへ進めと促しているようにも思えた。
罠かもしれないと理解していても進むしか道はない。慎重に歩みを進めると、漸く長い通路の先に分かれ道が見えてきた。
「どうする?」
「どちらかが罠の可能性もありますが、どちらも生き物の反応はありません。」
これだけ狭く、長い通路であれば生き物の鳴き声や歩く音などが拾えるはずだ。しかしそれを一切感じないということは、魔物の類いはいないのだろうと予想が付く。いや、魔物だけでなくネズミ一匹、虫一匹居ないのかもしれない。
「分かった。」
イクリスは迷わず右の道へと進んだ。ルディリアもまたそれに続いて歩く。道は左方向へと大きく曲がっている様子が遠くからでも良く分かる。もしかしたら先程の道と大きく円形状に繋がって居るのかもしれないと思いはじめたとき、目の前に空間が姿を現した。
それは小部屋と言うのが正しいのか、洞窟と言うべきか分からないほど綺麗に整えられた空間だった。使われている材質は遺跡内のものに近いようだが、同じものではない。しかし、ルディリアはこの材質に見覚えがあった。
「これ、ヒースロッド辺境伯地の遺跡の素材と同じものみたいです。」
「…そうか。」
部屋の手前で足を止めたイクリスは、外側から中の様子を確認する。一見魔法陣はなく、部屋にあるのはどこかで見たような二体獣の石像とその真ん中にある石壇だけである。部屋の奥には更に続く通路も見えた。
「どうします?」
引き返してもう一方の道へ進んでみるか、それとも中へ入るか。悩ませるのは目の前の獣の石像がこちらを向いて並んでいる為だ。
その獣姿に、嫌でも思い出す。頑丈な作りの身体が突然動きだし、こちらに好戦的に向ってくる様子。またこの石像と戦うはめになるかもしれないと思うと、気が進まない。それでもイクリスは前を向きルディリアに声をかけた。
「進もう。」
こちらが獣であれば、反対は月と太陽を模した石像だろうか?
それであれば攻略済みであるこちらから進む方が良いと考えたのかもしれない、と思いながら「はい」と返し、イクリスに続いて部屋の中へと足を進めた。
部屋の中央まで来ると景色が一変する。
先程までは確かに洞窟のような場所だったにも関わらず、いつの間にか神殿の中にいた。いや、場所は確かに同じである。振り返れば先程来た道が見えるし、目の前には奥へと続く道もある。違うのはこの場所だけ。
天井には魔法陣と共に大きな一枚絵。大きな獅子が守り神の様に人々と共に暮らしている、和やかで神秘的な絵が色彩豊かに描かれている。絵の周りには色ガラスがはめられており、日の光を石版へと集めるように照らしていた。まるで、読めと言わんばかりである。
壁にもまた、人々の暮らしと獅子の姿が描かれており、見渡せば一つの物語のようにも見える。床はキラキラと光を反射させ、神々しくある。
「ここは…。」
「多分、幻覚魔法がかけられていたのだと思います。」
「幻覚?」
「はい、部屋の四つ角を見てください。魔石と共に石版がはめられています。そこに刻まれた魔法陣が見せている幻覚だと思います。」
何の為にこんな大がかりな仕掛けを作ったのか。作った人物は、これを見せて何を知らせたかったのか。ここへ来る前のあの言葉とこの光景を見ると、どうしてもそう考えてしまう。
「平和そのものだな。」
イクリスがぽつりと零した。
昔は戦争が絶えず、人々は餓えて死ぬものも少なくなかったという。戦争で命を落とし、災害で命を落とし、飢えて死ぬ。そんな日常が当たり前だったと歴史には綴られている。
しかし、ここに描かれているのは全くの逆だ。平和で、豊かで、皆が幸せそうに暮らしている。
もしかしたら、この獅子は魔物なのかもしれない。
共存ができていた時代があったのだろうか?
「この獣の石像のこと、ずっと考えていました。昔の人は、恐ろしく強い生き物を獅子として描くことが多かったようなんです。これはヒースロッド辺境伯家の遺跡の調査をして分かったことなんですけどね。一部の魔物も獅子として描かれているんです。…人と寄り添うように。」
「…人も、多くの考えを持つ者がいる。もし、魔物の中にこちらと話しの通じるものが居たとすれば、不可能ではないのかもしれないな。」
そう言われて最初に思いついたのは、魔馬だった。彼らは魔力を保有しており、魔法で空を駆けているのではないかという仮説までたっていた。もし本当に魔法で空を飛んでいるのであれば、それは魔物であるという何よりの証。
「ポクシラージも、もしかしたら魔物なのでしょうか?」
「そうかもしれないな。」
壁画から目を離し、ルディリアは石版へ手を伸ばす。もしかしたら、それについての記述があるかもしれない。そう思って一枚一枚読み解いていく。
“古 の 邪 は 滅び を 知 らぬ”
“いつしか 古 は 未来 を 駆けて 今 と なる”
“知恵 ある もの と 立ち向かい 邪 を 討たん と すれば 未来 は 開か れる”
“心 持つ もの は 繋がり あう こと で 切り 開か れる”
“友 と 成り て 邪 を 祓 わん”
ルディリアが最後まで読み上げ、最後の石版に手をかける。それをめくると、そこには一つの魔法陣が描かれていた。ぱっと見ではルディリアにもどんな魔法なのかは分からない。分かる事と言えば、光魔法を基にした魔法だろうということだけだ。
分からない事だらけだが、確かに一歩進むことが出来たように思う。
「…“邪”か。」
「イクリス隊長は、邪が何を指すとお考えですか?」
イクリスはルディリアに真っ直ぐ視線を向けると、小さく答えた。その瞳には陰りがあり、複雑な表情が彼の心中を表している。
「…闇だな。」
それは社交界で彼に付けられた二つ名だった。
ルディリアはしまったと思うがもう遅い。切なげな表情はすぐにいつもの無へと戻る。
イクリスが、何かを抱えていることは、薄々気がついていた。しかし、自身がそこへ踏み込むことは許されないし、そこへ踏み込もうとも考えてはいなかった。だからこそ、ルディリアは戸惑う。
なんと声をかけたらよかったのか。
彼ならば…、なんと言っただろう?
深い青色の髪をもつ男の姿を想像するも、ルディリアには彼が発しそうな言葉が思い浮かばなかった。きっと彼ならば適切な言葉がかけられるのだろう。いや、彼ならばきっとあんな表情はさせなかったのかもしれない。
「私にとって“邪”は、強すぎる欲望です。」
ルディリアの言葉に、イクリスが振り返る。じっとルディリアを見つめたイクリスは、徐に言葉を発した。
「…強すぎる欲望、か。確かにそうだな。人間は醜い心を持っている。」
「はい。闇も光も誰かに求められる対象です。闇がなければ人に優しくできない。光があるからこそ希望がもてる。でも一個人の、強い執念にも近い欲望は、誰も望みません。そして、それが抑えられなくなったときに豹変するんです。最初は何でもないことだった筈なのに、いつしか膨れあがって、抑えきれなくなって、邪となるのだと、思います。」
「…そうか。」
切なげに苦笑するイクリスを見て、ルディリアは心を痛める。
何の慰めにもならないかもしれない。
それでも、貴方は邪ではないとただ、それだけが伝わればいいと思った。
「行きましょうか」
ルディリアは目の前へと続く道を指す。イクリスが頷くと、メモ用紙とペンを鞄にしまいその場を後にした。




