その娘、月と太陽の石像
イクリスが愛刀である黒刀の手入れを行い、魔石にて魔力を回復している間、ルディリアは自分用のテントで黙々と聖水が保存できる魔道具を作製していた。一つ二つと無心で作製していると、テントの向こうから声がかかる。
「ルディリア様、ユーグです。魔道具を受け取りに参りました。」
「どうぞ。」
ルディリアが何の気なしに発したその言葉に、ユーグが口ごもる。
「い…え、あの…。」
何とも歯切れ悪く言葉を紡ぐユーグに、ルディリアは首を傾げた。しかし、すぐにこのテントが自分用に与えられたものだったと気がつく。
個人用に与えられたということは、簡易的ではあるが私室と見なされる。女性が男性を私室に招き入れるということは、そういう関係ですと周りに勘ぐられても仕方がない。ルディリアは慌てて作製した魔道具を持ってテントから顔を出した。
「す、すみませんでした。無心で作っていて…その、何も考えずにあのような発言を…」
「い、いえ。そういう意味ではないと、理解しておりますから。…しかし、その、それ全部お作りになったのですか?」
ユーグは、腕一杯に抱えた魔道具を見て苦笑を零した。そうしてルディリアも自身の腕の中を見て、少々作りすぎてしまったようだと認識した。ルディリアの腕の中には10個の筒が抱えられている。
「あ…そうですね。多いですね。」
「あの部屋に入るだけであれば、1つか2つで十分ですので、それは別で保管しておきましょうか。」
ユーグの配慮に頭を下げたルディリアは、イクリスに報告されるだろうな、と考えた。そして怒られることを予想して内心ため息を付く。
渋々と許可をくれたイクリスだが、本心であれば何もせずゆっくり休んで魔力を回復して欲しかったに違いない。それなのに、結果はこれである。
これくらいであればルディリアの魔力は減った内に入らないが、湾曲している筒の内部に魔法陣を風魔法で刻み入れるというのは、常人であればかなりの魔力を消費し、また神経を削らせる。そもそも常人にできる芸当ではないのだが、一般とは異なる方法で魔力を操作しているルディリアにとっては大したことでもない。しかし、それを理解してくれるかは怪しい為、やはり叱られるのだろうな、と肩を落とした。
ルディリアは魔道具をユーグへ渡すと、鞄をかけてローブを着直しテントを出た。ユーグと共にイクリスが待つテントへと向うと、大きく深呼吸をしてから中を覗く。
テントの中ではイクリスが書類に目を通しており、その横でエーバハルトが紙に何かを書いている姿があった。他の特務隊員たちは書類を積み上げたり、報告書を書いたりと忙しそうな様子が見て取れる。
「イクリス隊長。」
ルディリアがかけるよりも先に、ユーグがイクリスに声をかける。すると、イクリスは書類から顔を上げてこちらを向く。すぐさま敬礼をとったルディリアだったが、イクリスの大きなため息にそっと視線を逸らした。やはり呆れられたようだ。無言の眼差しが突き刺さり、ルディリアは居心地の悪さを感じた。
「…まぁいい。準備はできたか?」
いい、と言いながらも全く変わらない呆れた表情で尋ねるイクリスに、ルディリアは「問題ありません」と返した。
ユーグは腕に抱えた魔道具を近くの机の上に置くと、それらを並べはじめる。念のため書類に書き起こすつもりなのだろう。この聖杯擬きの魔道具は土地の浄化や魔物の浄化に役立つ為、厳重に管理しなくてはならない程価値のあるものなのだからユーグの行動にも納得が出来る。
イクリスはゆっくり立ち上がると、ルディリアの方まで歩いてくる。それを見たユーグがこちらへと振り向いた。
「それでは、行くか。ユーグ、見送りはいい。ここの指揮を任せたぞ。」
「承知しました。」
深々と頭を下げたユーグを見て頷くと、そのままイクリスはテントを出た。置いて行かれぬようにとルディリアも慌ててその後を追いかけると、共に遺跡内の目的の部屋まで歩く。道中イクリスに小言を言われたのは言うまでもない。
遺跡内の一室の手前。
イクリスが足を止めると、ルディリアはゆっくりと中を覗き込んだ。どうやら顔を少し入れた位では何の反応もしないらしい。見える範囲は前の一室と殆ど変わりなく、違いがあるとすれば天井に刻まれている魔法陣の式と、部屋に置かれている石像が月と太陽を模した二体の石像だけであること位だろうか。石像の間にある石壇の上には、やはり石版らしきものが見える。
ルディリアは腕を前に出して大きく振ってみるが、やはり変化はない。イクリスに目で訴えれば彼は小さく頷いた。イクリスが一歩先に部屋へと足を踏み入れる。そこへルディリアも続く。
部屋の中央まできて一度足を止める。
前の部屋でも、ここまでは何も起らなかった。石版へと手をかけようとしたところで魔法が発動した為、今度は石版に手をかける前にルディリアは一度イクリスへと目を向けた。
イクリスは黒刀の柄に手をかけると、小さく頷く。それを見て、ルディリアもまた杖をぎゅっと握りなおし、ゆっくりと石版へ触れた。
ぴとりと冷たく堅い感触がするものの、特に何も起らないことにルディリアは首を傾げる。しかし、それならば、と石版の一枚をめくってみると、そこには古代語で詩が綴られていた。
“汝、何を望むか”
“汝、何を求めるか”
“光の先に叡智の扉が開かれん”
ルディリアが一つずつ読み上げるが、魔法陣には何の反応もない。イクリスも難しい表情でそれを聞いていた。4枚目の石版をめくると、そこには大きな島が描かれていた。それはどこか見覚えのあるような形にも思えてルディリアは首を傾げる。
「イクリス隊長、少し、こちらへ。」
ゆっくりとした足取りで、警戒を緩めることなく近づいてきたイクリスにその島を見せる。一度首を傾げたが、すぐにイクリスが口を開いた。
「これは、この島か?」
「ですが…」
ルディリアの懐疑的な声に、「あぁ」とイクリスも頷く。
そこに描かれていた島は、明らかに今のデイロス島よりも大きく、広大な土地がある。しかし、よく見れば泉の場所も遺跡の場所も確かに同じ位置にある。これが何を意味するのか。
「もともと一つの大きな島だったのかもしれないな。」
ディース島、シーコス島、デイロス島そしてエルムポース島が同じ島だった可能性。しかし、それが何だと言うのだろうか?何かそこに意味があるのだろうか?ルディリアにはさっぱり見当も付かなかった。ちらりとイクリスを盗み見るも、彼もまた閃くようなものはなかったらしい。
分からないものは仕方が無いと、ルディリアは次の石版をめくる。すると、現れた石版には魔法陣が描かれており、それが発光し始めた。いつの間にか部屋中が輝き、その眩しさに思わずぎゅっと目を瞑る。
瞼の裏側から光源が沈み、漸く辺りを見回せるようになった頃、二人は見た事もない場所に佇んでいた。キョロキョロと辺りを見渡せば壁や床、天井の材質が遺跡内のものとは異なることが分かる。
「ここが、ダンジョンか?」
「…恐らく。」
イクリスの疑問に、ルディリアは曖昧に答える。ヒースロッド辺境伯地にある遺跡の仕掛けがダンジョンに飛ばすものだからといって、ここも同じとは言い切れない。だからこそ、曖昧な答えをして辺りを警戒する。
目の前には一本の道。後ろには何もない。今二人が立っているのは小さな洞窟の様な場所だった。周りは土や石で囲まれており、出入り口は目の前の通路だけである。
「発動条件は?」
「恐らく、天井の魔法陣と石版に刻まれた魔法陣が共鳴した時かと。」
ルディリアが石版をめくると、既にその魔法陣は点滅していた。そして天井の魔法陣と向かい合った瞬間の出来事だった為、こちらもまた恐らく、としか言い様がない。もしかしたら、元々時間差で発動する仕掛けだったのかもしれないし、ルディリアがあの詩を読み上げた後に魔法陣が向かい合った為に発動したのかもしれないが、現状何とも言えないのは同じ事である。
それよりも、今大切な事はこの場所に何が隠されているのか、と脱出方法だ。
「そうか。見た所、この場所には何もなさそうだな。」
「はい、進むしかないかと。」
言いながらルディリアは杖を握りしめる。ここから先は何が起るのか分からない。どんな仕掛けがあるのか、どんな敵がいるのかも不明である。




