その娘、獣の石像
ブックマーク2件増えてて驚きました。
とても嬉しいです、ありがとうございます。
ルディリアは小ぶりの鞄を肩から前方へとかけ、魔法武器である杖を取り出し準備万端である。
ルディリアの持つ杖に付いている魔法石は金色に輝き、出番を今か今かと待っている。そして、イクリスもまた黒刀の柄に手をあて、いつでも抜けるように準備をしていた。
イクリスとルディリアは獣の像が数体並ぶ部屋の入り口に立つと、ユーグ達へ振り返る。そこには二人以上に真剣で緊張した面持ちの五人が固唾を呑んで見守っていた。
「あとは、頼んだ。」
『承知しました!』
イクリスの言葉に五人は騎士の敬礼と共に答える。イクリスは小さく頷くと、視線をルディリアへと向ける。「準備は整った、いつでも構わない」と、いうことだろう。ルディリアが「では、いきましょう」と声をかけると、二人は部屋の中央へと進んだ。
部屋の中央まで来た二人は、立ち止まると辺りを見回す。どうやら部屋に入ってすぐに何かが起きるわけではないらしい。イクリスが眉を顰める。いつ来るか分からない攻撃に備なければならないというのは精神的にも辛いものがある。
ルディリアが、石壇にゆっくりと近づき、石版に手をかけた。すると僅かに魔力を吸われている様な感覚に戸惑う。手を離すべきかと悩んでいると、部屋中が光り輝いた。辺りが見えないほどの光に、思わず目を瞑る。すると、近くからドスドスと何かが動く音が響いた。
「ルディリア嬢!!」
「分かっています!」
いち早くイクリスが声を上げ危険を知らせる。そしてイクリスは黒刀を抜き、音の鳴る方へ向いた。しかし、祭壇を中央に三体の像はこの場を囲んでいる為、どの像が先に攻撃してくるのか予想することは難しい。
光の中、二人が目を瞑りながらも警戒を続けていると、漸く光が収まった。瞼を閉じていても光が弱くなることくらいは分かる。恐る恐る瞳を開くと、三体の像は既にかなり近くまで迫っていた。部屋中を発光していた光にも魔力が籠もっていた為か、ルディリアも目を開くまで石像がすぐ近くまで迫っていることに気づけなかった。
「リィピー」
ルディリアが杖を掲げながら唱えると、ルディリアとイクリスを中心に風が外側に向って鋭く飛んでいく。地面には円状に広がる傷だけが残った。石畳に傷を付けるほどの威力に、石像も抗うことが出来ず壁まで吹き飛ばされる。それを見たイクリスは、一番距離の近い石像へ駆けると、魔法を付与した黒刀を振り上げる。
バチバチと鳴り響くと、一体の石像の身体が大きく傷ついた。しかし、石像が活動を停止する事はなく、イクリスへと大きな口を向ける。がぶりと噛み付かれそうになったイクリスは一度身を引くと、黒刀の持ち方を変えて上から突き刺し、強制的にその口を閉ざす。
「シュランバノゥ」
地面から蔓が伸び、石像の足に絡まる。ルディリアは残り三体の足止めをしつつ、石版から解除方法を探す。しかし、魔法にも対抗力の強い魔法が駆けられているのか、すぐにその蔓を引きちぎってルディリアの方へと向ってくる。それならば、とルディリアは自身の周りに大きめの結界を展開した。
「プロスターテイブ」
光り輝く透明な円がルディリアを中心に広がっていく。光に包まれたルディリアは石像をじっと観察した。すると、石像はその光の壁に阻まれ、こちらへ入ることが出来ないらしいことが分かった。結界に物理攻撃を繰り返す石像を見て、ルディリアは安堵し今度こそ石版に目を向ける。
イクリスは結界の外に居るが暫くは問題ないだろうと予測を立て、それよりもこの状況をどうにか打破しなくてはならない。と、ルディリアは石版に目を落とした。
今この状況を打破することが出来るのはルディリアだけである。
石版を数枚めくって、それらしい内容を探す。しかし、中々見つからない。焦りと激しい戦闘音にルディリアの集中力がそがれる。それでも手と頭を休める事無く、探し続けた。
結界の外では、イクリスが二体の石像から身を守りつつ攻撃を行っていた。もう一体はイクリスとは反対側に位置しており、未だルディリアを狙って結界に攻撃を仕掛けている。
攻撃力も、防御力も凄まじく高い石像を二体同時に相手にすれば、防戦状態に陥る。それでも、この石像を止めなくては話しにならないと、隙を見ては攻撃を繰り返す。
大ぶりな石像の攻撃は、隙だらけでそれが唯一の救いだった。どこかに弱点となる場所はないのか?焦りが油断を生む。
「…ぐっ」
一体の石像の前足がイクリスの腹を掠り、風圧で内蔵が圧迫される。それと共に身体も大きく後方へ飛ばされた。壁に激突する前に、地面へ刺した黒刀がその衝撃を和らげる。
大きく息を吸い、身体に問題ないことを確かめると、再度二体の石像に向き直る。一体は最初のイクリスの攻撃で大きく損傷している。しかし、それでも奴らの足を止めることは出来ないらしい。それならば、とイクリスは再度雷の魔法を愛刀に付与させて駆ける。
今度は石像の足めがけて黒刀を振った。ガキンと大きな音ともに黒刀が停止する。しかし、イクリスは腕に風の魔法を付与させて、勢いよく振り抜いた。
すると先程よりも音は小さいが、確かに一体の石像の両の足が後方へと吹き飛び、ゆっくりと石像の大きな身体が地面へと倒れる。
ドスンと重い音と共に、巨体が倒れた衝撃が地を駆ける。そして、イクリスはもう一体へと身体を向けた。もう一体はすぐそこまで迫ってきている。
一度それから離れると、体勢を整え魔法を付与する。刀に雷を纏わせ、風の補助魔法を腕にかけて、刀を構えた。
さぁ行くぞ、と足を動かそうとしたところで、倒れたはずの石像が自身めがけて突進してくる様子が視界の端に映り、慌てて身を引く。
間一髪、イクリスの目の前を石像が通過し、壁に大きな音を立ててぶつかった。それを見て冷や汗が流れる。気がつかねば、己の身体はあれに押しつぶされていた。
グッと刀を握りなおすと、二体の石像を確認する。一体はこちらへ来ている。もう一体は足の無い状態で、身体半分壁に埋まっている。
さて、どうするか。
「ヴァーリーティータ」
イクリスが唱えて刀を下へ振るうと、目の前の石像が地に伏した。そして、メリメリと音を立てながらそのまま沈み続ける。イクリスの得意な闇属性の重力を操る魔法である。
石像はゆっくりと体勢を立て直す。先程よりも遅いが、それでも確実にイクリスの元へ歩き出した。「チッ」と思わず漏らしたイクリスは、黒刀に闇属性を付与させて走る。
「質量二倍、重化。」
黒刀を石像に振り下ろすと、今までとは比べものにならない程石像の身が砕け、後方へと吹っ飛んでいく。吹き飛んだ先には、未だ壁に半身を埋めている石像があった。イクリスは吹き飛ぶ先も計算し、二体がぶつかるように調節した。
「どちらの身が固い?」
フッと笑いながら言い放ち、その隙にルディリアへと目を向ける。どうやら解除の方法が分かったらしい。イクリスの視界に入ったのは、ルディリアが杖を掲げ、祈る姿だった。
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ルディリアは、最後の石版まで目を通したが、解除方法が分からなかった。どこにもそれらしい記述が見当たらないのだ。
どうすれば良いか、そんなの決まっている。頭上にでかでかと描かれた魔法陣を読み解けば良いだけだ。
「なんだ、簡単じゃない。」
強張る頬を叩いて、見上げる。額から汗が流れ、ぽたりと地面へ落ちた。
属性の解析、指定範囲と効果。それからそれらを組み合わせる式を見る。それは確かに今までの石版にも書かれていたものだ。
――いける、大丈夫。
すぅっと大きく息を吸い込むと、計算をはじめた。脳内で処理できないものは、手元のメモに書き殴る。一つ一つ解いては見上げて、を繰り返すこと30分。
漸くある程度理解出来た。
しかし本番はここから。これらを打ち消す魔法を作成し、展開させなければならない。
式を作り、魔法陣の基板を構築していると、どこかで見覚えのある魔法陣が見えてくる。
どこでみた?
今その記憶は本当に必要?
ぐるぐると回る思考を止めずに、ルディリアは魔法陣を作り続ける。
「――これ!」
半分も完成していないその魔法陣をみて思い出した。泉の近くにあった魔法陣に酷似していると。それならば、もしかしたら、と辺りを見回す。
壁にはない。
天井にも床にも、柱にもお目当てのものはない。
眉を潜め、石壇の後ろへと回る。見ている角度が違うのかもしれないと考えたからだ。そしてルディリアのお目当てのものは、石壇の裏にあった。お椀型に窪んだ溝と、その中心に填まっている魔法石である。
「ここに。」
ルディリアは鞄の中に入れておいた聖杯擬きを取り出すと、その窪みへと流し込む。窪みが溢れる寸前、その魔法石に光が灯る。その光は細い溝を伝って天井まで辿り着いた。
天井の魔法陣が点滅を繰り返すが、それでも石像が止まることはない。何か足りないことがあるはずだと、必死に思い出す。今日までに得た情報を。
“祈りが光を灯す。”
これだ。
だけど、何の神に願う?
奇跡? 守護?
…違う。
ルディリアは杖を掲げ、祈るように手を組んだ。
「死と運命を司る、モゥロースよ、我が祈りに答えたまえ。」
曖昧な詠唱とともに、ルディリアの魔力が吸われていく。吸い込んだ魔力が魔法陣を満たすと、点滅していた光が輝き、部屋中に広がっていく。その光景は魔法陣が発動した時と似たものだった。
強い光に目を瞑ると、すぐに光は収まった。恐る恐る瞳を開けると、先程までの光景が夢のように思えてくる。
三体の石像は元いた場所に収まり、その身に傷一つ無い。ルディリアが傷つけた石畳も、イクリスと石像が破壊した壁も元通りである。
ただ一つ変わっていないのは窪みに満たされた聖水だけだった。
ルディリアが瞳をぱちくりしていると、正面から声がかかる。
「ルディリアちゃん!隊長!」
ローベルが叫ぶ。その声に、イクリスもルディリアへと目を向けて足早に駆け寄る。
「ルディリア嬢大丈夫か?」
「あ、はい…。少々頭を使いすぎましたが…。」
ルディリアの返答に安堵したイクリスは「そうか。」とつぶやくと、天井を見上げ指を指す。
「これは、もう大丈夫なのか?」
「はい、ここに聖水を流し祈ることが解除の条件だったみたいですね。」
ルディリアは死と運命を司る、モゥロースへと祈った。それは特務隊員達が集めた祭りの情報を思い出したからである。
聖神女祭は聖神女が亡くなった事を祝う祭り。それは最近出来た祭りではなく何百年も前から行われているのだと教えられた。それならば、やはりこの遺跡とも関係するのだろうと考えた。
本当はもっとそれらしい祈りの言葉が合ったのかもしれない。それでも、魔法陣はルディリアの祈りで発動した。と言うことは、ここの仕掛けの条件は聖なる泉の聖水で魔法石を満たし、モゥロースへと祈りを捧げることだったのだろう。
つくづく昔の人間は神を信じる者が多かったのだと思い知る。古代魔法は神へ祈りを捧げる詠唱が多いとルディリアはもう随分前から疑問に思っていた。
神とは何か?実在するのか?魔法と神にはどんなつながりがあるのか、とルディリアは疲れ切った脳で考える。
「ここで調べられることはもうないか?」
「いえ、まだありますが出来れば本日中にもう一カ所も回ってしまいたいです。」
イクリスは小さく眉間に皺を寄せてから、息をつく。表情から見るに、ルディリアを心配しているようだ。しかし、彼もまた急がなければならないことは理解しているし、ここがダンジョンへの入り口でないならばもう一カ所が本命かもしれないと思うと止めることも出来ない。
「分かった。しかし、少しだけ休息を入れてからだ。」
「分かりました。では…」
「君は頭を休め、魔力を少しでも回復させるように。」
指さされ、厳しい表情でルディリアの言葉を遮る。流石にイクリスもルディリアの考えが読めるようになってきたらしい。小さく眉を下げたルディリアは残念そうな声色で「わかりました。」とつぶやいた。
ローベル達は未だ部屋の前で様子をうかがっている。ルディリアかイクリスに許可を貰えない限りは危険を考慮して無闇に入室も出来ない。二人がゆっくりとこちらに向って歩いてくる様子にほっと胸をなで下ろすと騎士の敬礼で迎えた。
「もう、入っても問題ないと思いますが念のため聖水を保存できる魔法具を作製しますのでもう暫くお待ち下さい。」
「ルディリア嬢、それは休んでからにしてくれ。」
イクリスが眉を顰めながらルディリアに指摘すると、ルディリアは少しだけ悩んだ。
何も考えずに休憩する事なんて自分に出来るのだろうか?
神と魔法、それと古代の人々との結びつきについて考えたいルディリアにとって何もするな、と言う方がかえって逆効果になりそうな話しである。
「魔道具を作製している方が、頭を使わずに済むのですが…。」
ぽつりと零すと、イクリスは盛大にため息を付く。そして背を向けながらも「分かった」と小さく返して、そのままテントへと歩き出した。




