その娘、リール村2
リール村へと戻ると、ユーグとアメディオは既に調査を終えていたようで、魔馬の世話をしていた。
これ以上調査を続けても時間の無駄だろうとの判断で波止場へと引き返す。それでもかなりリール村へ長く足を止めていたようだ。時計を確認すると、すでに昼を過ぎていた。
ルディリアは申し訳無く思いながら、シロスの街で昼食を買い込むとその足で波止場のアンリスさんの元へ顔を出した。
「アンリスさん、戻りました。船はどのくらいで出せそうですか?」
「あぁ、嬢ちゃんか。すまんが少し時間がかかりそうなんだ…。」
「構いませんが、なにかあったんですか?」
「あぁ、リール村の奴らが船を出せとさっきから引っ切りなしに文句を言いに来やがる。一応ここらの船は元々あいつらの管理下だったものを俺の先祖が引き継いでいたんだ。だから厄介払いするこをもできなくてな。」
魔馬で戻ったルディリア達よりも早く動いたということは、この近くに潜んでいたか、もしくはあの老爺から命を受けた者達がここへ来たのか。どちらにしても面倒なことに変わりは無い。
「なる程…。彼らはデイロス島へ行ければ良いのでしょう?であれば、危険を伴う可能性を示唆しそれでもいいと仰るならば内密だと言って渡航させても構いません。ですが…」
「嬢ちゃん達には逐一報告しろ、と言うことだな。…わかった。」
ルディリアが頷くと、アンリスもまた大きく頷いた。とても優秀なアンリスはルディリアが言わずとも理解してくれているようだ。それに安心して、ルディリアはまたリール村の事を考える。
「それで、何か分かったのかい?」
「一応は。」
本当は手にした情報は多くもないし有益かと問われれば返答に困るようなものばかりだ。それでも、アンリスを疑うわけではないがどこに人の耳があるかも分からない話をするものではない。曖昧に返事をして、ルディリアは特務隊の彼らとともに遅めの昼食を取りながら、船の出航を待った。
「嬢ちゃん、準備ができたぞ。」
アンリスの言葉に頷くと、ルディリア達は魔船へと乗り込んだ。
小型船だが中は思っていたよりも豪華で、どことなく貴族に寄った作りとなっていた。中には客人用のソファまで完備してある。ディース島まではそんなに時間がかかるのだろうか?と考えながらもリール村で書き写した模様と、ユーグの情報を比べていた。
「この模様は、古代魔方陣に似ていますが、これもその一種なのでしょうか。」
「私も同じ事を考えていました。しかし、私が今まで見てきた魔方陣のどれとも違う事が気になります。それに、この魔法陣はこれで完成しているわけではありません。」
「ヒースロッド隊長補佐は、古代魔法に詳しいと聞いていますが魔方陣の読み取りも行えるのですか?」
ユーグはメモに目を落としていたためか、擦れ落ちた眼鏡をなおしながらルディリアへ問う。この国だけでなく古代魔法について詳しい者ものは数少ない。その為興味があるのだろう。事前にイクリスから特務隊員の性格や特徴などを教えてもらった時にも、イクリスはユーグの事を自身よりも頭が良く分析力に長けているという評価をしていた。
「そうですね。幼い頃から見てきましたから。」
研究していたと言えないところが厄介ではある。王太子であるエルスベルトから許可は得ている為、今まで不問とされてきた。しかし、通常であればそれは違法とだと言われても可笑しくはない。今回も第二王子のエルジェードの任命があったからこそルディリアはここにいる。だからこそルディリアは堂々と古代魔法について調べることが出来るのだ。
「隊長補佐は、ヒースロッド辺境伯のご息女だからね。あそこには以前発掘された遺跡がある。だから他の人より詳しいんだろう?余り深入りは良くないよ、ユーグ?」
「…ローベルさん、私はそんなつもりはありませんよ。純粋に古代魔法に興味があるだけです。知識を広げてこそ世界が見えてくるというものです。」
「そうかな?しかし、ヒースロッド隊長補佐は言いよどんでいたように見えた。それはその質問が際どいものだったからだろう。知ることは良いことだが、人の顔色を読むことも少しは出来なくてはね?」
ローベルはルディリアが返答に困った事を悟った様子だ。そして、それに関してユーグを窘めている。ルディリアの顔色を伺うなど、通常であれば至難の業だが、彼には分かるらしい。
ローベルはどうやらこの中で社交性が一番得意であり、さらに女性好きなのだろうとルディリアは思っていた。それは彼の仕草があまりにも柔らかい為だ。
道中ルディリアを気遣う事が屡々あった。通常であれば彼より立場が上のルディリアを気遣う事は失礼になる。しかしそれを思わせないほどスマートにやってのける彼をみて、日頃から女性に接していることが多いのだろうと考えた。
しかし、彼には異性の兄弟はいない。フランジエ伯爵家は男三兄弟であり、ローベルはその次男に産まれた。だから邸内で気を遣う女性となれば母親くらいである。その為、女性慣れと言うのは些か妙だ。だからこそ女性好きと位置付けたのである。
多分彼は邸の侍女にも同じように親切にして回っていたのではないかとも考えた。そういう誰にでも優しい男性であるのだと。
「私は構いませんよ。それに、私の表情を読み解くのは少し難しいでしょう?」
「僕としては、女の子の顔色を読むなんて簡単だけどね。」
にこりと笑う彼の言葉から、ルディリアの予想が的中していたことを知る。ユーグは難しい顔をローベルへ向けていた。
「それよりも、ローベルさんはもう少し口調を正した方が良いと思いますが。ヒースロッド隊長補佐は私達よりも上のお立場です。」
そう言うユーグは黄色のローブを羽織り、ローベルは白いローブを羽織っていた。ローベルよりも年若いユーグが黄色のローブとは彼がかなり努力したのだろう事が窺える。
「んー、それは失礼致しました。ヒースロッド隊長補佐?」
にこりと変わらない笑顔を向ける彼に、ルディリアは困った顔を向ける。どうやら彼はルディリアが畏まられるのが得意ではないと知っているらしい。以前の遠征時でいくつかそういう態度を取ったためそれらの情報を得ていたのかもしれない。
「私としては話しやすい口調で話して頂く方が嬉しいので、構いませんよ。寧ろ敬称も敬語も不要です。」
「それじゃあ、僕はルディリアちゃんって呼んでも構わないかな?」
「ええ、公式の場でなければ何でも構いません。その方が打ち解けられているようで私も嬉しいですし。」
「だって?」と良い笑顔をユーグへと向ける。それを見て、大きなため息を付いたのは、エーバハルトだった。先程からこちらを眺めていた彼だったが、どうやら入りやすい内容に変わるまで待っていたようだ。
「だからといって、ローベルさんは踏み込みすぎじゃないですかー?ヒースロッド隊長補佐、私はルディリア様とお呼びしても構いません?」
「はい、…様でなくても構いませんが。」
「えー?じゃあ、ルディリアさん?…嬢?いや、ルディリア隊長補佐…か?」
「どれでも構いませんよ?ただ、今回は一応臨時という形で隊長補佐をしていますが、基本的に私が騎士団と同行する際は団長補佐になるかと思います。」
「そう言えば、ルディリアちゃんはあの団長と親しげだったよね?」
ローベルの言葉に、ルディリアは小さく眉をひそめる。何処を見てそう思われたのか。もしかしたら他にもそう考える人はいるのだろうかという考えが頭をよぎる。
「親しい…ですか?普通だと思いますが?」
「団長は、女性とあまり関わりを持とうとしない。その為、ルディリア嬢を補佐として隣に置いていること自体が特別だと考える者は多い。」
アメディオの言葉でルディリアの思考が一瞬停止する。
つまり、幾ら目立たないようにとしていても無駄ということ?
他のご令嬢達に目を付けられるのも、時間の問題?
そうだとしたら早めに対策を取らないといけないのでは…?
悶々と色々な事を考えていると肩にローベルの手が置かれた。見上げると彼は、優しく微笑む。ぱちくりと瞬きをすると、「大丈夫だよ」とつぶやいた。
「騎士団が他へこのことを漏らすことはないさ。」
そういう問題か?と思いながらもなんだか少しだけ心が落ち着いた様な気がするのは、彼の眼差しが兄達に近いせいかもしれない。
ルディリアとローベルでは一回り以上年が離れている為、兄のように感じたのか、それとも彼がそういう眼差しを向けているのか、ルディリアには分からなかった。
「それより、アメディオはルディリア嬢呼びにしたわけだ?君も少なからず人嫌いと言われる枠に入るくせにルディリアちゃんは平気なんだね?」
「ルディリア嬢には害がない。ただ真っ直ぐ、仕事と向き合っている人物を警戒していても無駄だろう。」
害がない、とはまた凄い言い方である。しかし、彼の切れ長な青磁色の瞳と髪は女性を魅了してしまうのだろう。ルディリアから見てもとても綺麗な色合いが整った彼の顔によく似合っていた。
「では、私もルディリア嬢と呼ばせてもらおうか。」
ふっと笑うベランジは先程からずっと剣の手入れをしている。イクリス曰く、彼はこの隊の中で最も攻撃に優れた人物らしい。それはイクリス自身を含めているのかいないのかは定かではないが、彼もまた黄色いローブを羽織っていることから相当な武人であることが窺える。
「えぇ、構いません。」
アメディオとベランジの二人へ頷くと、周囲の視線はユーグへと集まった。ルディリアの呼び方を決めていないのは彼だけとなった為だ。
「それで、ユーグさんはどうするんですー?」
エーバハルトの問いにローベルは大きく頷いた。それを見てユーグは顔をしかめ、ルディリアをじっと見る。それはどこか助けを求めている表情にも見えたが、ルディリアはなんと言ってやればいいのか分からず見守ることとなった。
「…では、ヒースロッド嬢で。」
「へぇ、君だけ家名で呼ぶのかい?」
ローベルはからかうようにそう言う。エーバハルトもつまらなさそうに唇を突き出しながらユーグを見ていた。ルディリアとしては呼びやすい名で呼んで貰えれば構わないのだが、彼らはユーグをからかい半分、心配半分といった様子で見ているようだ。
「…では、ルディリア様と呼びます。それで満足ですか?」
ぶっきらぼうにそう言い放つユーグに、ルディリアは内心苦笑した。きっと彼は勘違いされやすい人なのだろう。それを彼らも理解しているからこそ無理矢理にでも背を押している様だ。
「うん、良いと思うよ?」
「じゃあ、やっぱり俺はルディリアさんって呼ぼうー!俺が一番歳近いしねー!」
「エーバハルトは二十六だったか?」
「はい、今年二十六です。団長にも隊長にも食らいついていく気でしたがー、ルディリアさんという第三の刺客に俺は撃沈している所ですよ。ほんと。俺の周りってなんでこう優秀な人が多いんでしょうねー?」
「お前も十分優秀な方だろう。」
「そうだと良いんですが。それでもやっぱりルディリアさんは凄いですよねー。まだ一年未満でしょ?それで赤だもんねー。」
まじまじとルディリアのローブを眺めるエーバハルトの頭にユーグは自身の拳を落とした。
「痛ってぇ!」
「ルディリア様は、王宮所属が決まった時から黄色のローブと、あの魔法研究室の室長補佐に任命された御方だぞ。」
「私としてはただ運が良かっただけだと思っていますが…。」
「そんなわけないよ。だってここにいる皆あの遠征に参加していたんだ。ルディリアちゃんの活躍をもう見ているから特別な人間だって事はよーく知ってるよ。」
「特別、というより特殊だと思うが。ルディリア嬢の実力や人柄は皆知っているだろうな。」
特殊…。
それは褒め言葉なのだろうか?
ルディリアが小さく首を傾げると、すぐさまローベルが訂正を入れる。
「こら、ベランジ。女性にそういうこと言うのは良くないな?ルディリアちゃんは特別な人間だよ。特別可愛い。」
ローベルの発言から、やはり兄のようだなと思ってしまうルディリアは二番目の兄――ラーディウスを思い浮かべた。しかし、あの兄であればその言葉と同時に抱きつきほおずりをしているに違いないと、すぐに考えを改める。
「私としては、ルディリア嬢は魔法好きが高じて特異な存在となったのだと思うが。」
「あぁ、私もアメディオと同じ意味合いだ。ルディリア嬢、気を悪くしたなら謝る。」
「いえ、大丈夫です。褒め言葉だと思っていますから。」
ルディリア達が歓談していると、ドアが叩かれると共にアンリスの姿が姿を現し全員の視線が彼へと向けられる。
「おう、もうすぐ到着だ。」
ルディリアが時計を見ると、もう17時を回っていた。




