その娘、リール村
翌日の早朝、波止場にはルディリアとイクリスを含めた特務隊が集まっていた。そこでイクリスは一度二手に分かれて情報収集する旨を全体へ伝えると、数名の隊員の名を呼び上げた。
「ユーグ、ローベル、アメディオ、エーバハルト、ベランジ。お前達はルディリア補佐とともにリール村へと向え。ルディリア補佐、彼らを頼んだ。」
「承知致しました。」
「…その他は私と共にディース島へ向う。準備を。」
イクリスが言葉を締めると、隊員達は騎士の敬礼を行い出向の準備を始めた。そしてイクリスが波止場へ向う様子を見てその後を追った。昨日のアンリスの様子を見ると、イクリスとは折り合いが悪いだろうと思ってのことだ。
「失礼する。本日6名が別行動を行うことになった。そのため本日の午後もう一度船を出航させてもらいたい。」
中へ入るなりそう告げたイクリスの言葉により、部屋の中にいた者達の空気が変わる。ちらりと後ろから覗いたルディリア「やはり」と、イクリスの腕を引いた。
「隊長、ここは私が。」
ルディリアに視線を向けたイクリスは、困った様に頷くとその場を明け渡した。どうやら彼もこういったことに向いていないと自覚があるらしい。
ルディリアがイクリスより一歩前へ立つと、中には昨日みた顔が揃っていることに気がついた。彼らであれば自分の言葉に耳を傾けてくれるだろうと思い、ほっと胸をなで下ろす。彼らもまた見覚えのある顔を見て心落ち着かせたようだ。張り詰めていた空気が緩むのを感じる。
「皆さんおはようございます。昨日はありがとうございました。アンリスさん、昨日の件やはり気になるので、私はそちらへ向うことにしました。でも、遺跡の調査は一日でも早くしたい。だから、力を貸してくれませんか?」
困った様に言うルディリアをみて、中にいた者達の力がさらに抜けたのか、笑い出す。アンリスも大きくため息を付いている。どうやら作戦は上手くいったようだ。後方ではイクリスが共に連れていた数名の隊員が感嘆の声を漏らす。
「嬢ちゃんにそう言われちゃ、断れん。」
「アンリスさんありがとうございます。」
「それで、どのくらいに発ちたいんだ?」
「我が儘を言うのであれば私がここへ戻ってきたらすぐにでも。それが難しい様であれば、明日朝一番でも構いません。隊長達が向こうの島を出立する前に合流出来るのであれば。」
ルディリアの要望は無理難題と言われても可笑しくはない。出港する際には海や天気の状況を鑑みて決定されるものだ。また、海域に魔物が出現すれば暫くは出港することもできなくなる。幸いこの辺りで魔物の出現は暫く確認されていないことからその懸念は少なくすみそうではあるが、ルディリアが出たいといってすぐに出せるようなものでもない。
「ふむ、分かった。夜出発できるよう手配しておこう。」
「とても助かります。」
無理難題を「分かった」と返すことの出来る彼も、それに異論の声を上げない船乗り達も、とても優秀であり、ルディリアの意図をくんでくれている事に、頭を下げて感謝の意を示す。そして、イクリスへと振り返る。すると、騎士の敬礼を取り彼らに頭を下げていた。態々そんなことをせずとも問題ないというのに、イクリスは彼らに礼を尽くしたのだ。それをみて、ルディリアもまた同じように敬礼してみせた。部屋の中では船乗り達が驚きを隠せず目を見開く。
「ほら、良いから早く行け。遅くなるぞ。」
呆れた声色のアンリスの言葉で、ルディリア達は漸く動き出した。それを見て、やれやれとアンリスは苦笑する。
噂話でよく耳にしていた騎士達とはどこか違う、とアンリスは思いながら横目で彼らを見る。そして彼らに託して良かったのだと強く思った。悩みに悩んだ己の決断は間違っていなかった。と、彼らの誠意から感じ取ることができたと深く目を瞑る。
外へ出ると、イクリスはルディリアへと向き直る。それを見てルディリアも彼を見上げた。彼の漆黒の髪は日の光に照らされ、輝きを反射している。潮風が彼の髪を揺らし、髪と同じ色合いの瞳は少しばかり柔らかい。よく見ると少しだけ口角もあがっており優しげな表情をしていた。
「それでは、ルディリア嬢、そちらは頼んだ。」
「はい、お任せ下さい。明日の出向までには合流致します。」
少しだけ驚いたルディリアだったがすぐに返事をすると、イクリスは大きく頷く。そしてローブを翻し、魔船へと乗り込んだ。
ルディリアもまたイクリスの選んだ隊員達と共にリール村へと向う。
リール村へは馬を飛ばして5時間程。魔馬であれば飛んで1時間と行ったところだろう。
ルディリアはシロスの街で借りた魔馬にまたがる。リール村へ行く為には広大な草原の奥に繁る森を越えなくてはならない。そのため、ルディリア達は二十分ほど空から進み、森の手前で地へ降り立つ事にした。
先頭を駆けていたベランジが辺りを警戒しながら地面へと着地する。そして、ローベル、ルディリア、ユーグ、エーバハルト、アメディオの順で続く。
「ヒースロッド隊長補佐、この辺りから下を行きましょう。」
「分かりました。引き続き先頭をお願いします。」
「承知しました。」
長い銀の髪を揺らしながら、ベランジは微笑み、前を駆けていく。そうして森の中を暫く進むが、やはり魔物の気配が全く無い事を不思議に思い、ルディリアは声をかけた。
「一度、止まって下さい。」
先頭のベランジがゆっくりと魔馬を止め、それに続いて全ての魔馬の足が止まった。シロスの街からこの場は、かなり距離がある。しかし、ここにも魔物の気配がないなんてことがあるのだろうかと眉をひそめる。
「可笑しいです。」
「はい、私も感じておりました。」
ルディリアにそう返したのはユーグである。彼もまたここまでの間に一度も魔物に襲われることが無かったと気がついたのか、彼だけはイクリスから情報を聞いていたのか。どちらにしてもルディリアと同じように疑問を持っている様子だ。
「…魔物ですか…。」
小さくつぶやいたベランジに、ルディリアは頷いた。やはり彼らもまた気がついているのだろうと思うと、胸の奥の靄が更に深まるような気がした。その異常さは看過できない何かがありそうだ。
「はい、イクリス隊長の話によると、この辺りまで来れば魔物がいるはずなんです。いえ、あの街周辺に魔物が出ないことも不思議ではあるのですが…。」
「確か、街から数キロ先には魔物が出現するって隊長が言っていたね。」
ローベルが顎に手をあてると、ニコリとルディリアへ微笑んだ。どうやら安心させようとしてくれているらしい。五名ともルディリアよりもイクリスよりも年齢が高い。そして彼らはイクリスが選らんだ精鋭達である。そんな彼らが付いてきてくれるというだけで心強いのに、さらにルディリアの心情を落ち着かせようとするとは、優しすぎる計らいだ。
「はい、彼らの行っている儀式というものの影響なのかは分かりませんが、引き続き注意しながらゆっくり進んでいきましょう。前方2、3キロ先に村があります。…ベランジさん、お願いします。」
「はい。」
ベランジが魔馬をゆっくりと歩かせはじめる。それに併せてルディリア達も前へと進む。それから二十分ほどでリール村へ到着した。
「ここが、リール村か。」
魔馬を村の手前に止めて村の中へ歩みを進めると、村の様子が目に入る。森の奥にあったこの村はこぢんまりとしており、一見普通の村のようにも見えた。普通に村人が暮らしている様子も見て取れる。しかし、村の中心地に大きな広場があり、そこに祭壇のようなものがあった。そこだけが異様に目立っている。
ルディリアが訝かしげにその祭壇を見上げると、誰かがこちらへ向ってくる気配を感じた。確実にその者の視線はこちらを向いている。
ルディリアは思わずふり返り、その方角をじっと見つめる。そしてルディリアの様子に気がついたローベルとベランジもまた、同じ方角に目を向ける。
「ようこそおいで下さいました。騎士団の皆様。」
ヨタヨタとおぼつかない足取りで現れたのは老爺である。にこやかな笑みを浮かべるが、こちらを警戒していることはその表情や汗、視線の泳ぎ方からすぐに分かった。
「こんにちは。この祭壇は何ですか?」
「こちらは昔からあるだけのものですよ。」
ほっほっほ、と陽気な笑みを浮かべるその老爺へルディリアは首を傾げてみせる。
「あら、そうなんですか。あぁ、そうだわ。他の村の方々にもお伝えしているのですが、一月ほど騎士団が調査の為近くの島々に滞在しますので本日から島渡りは行えません。ご注意下さい。」
「――っ!そ、それは大変ですな。…しかし、困った。」
ルディリアがこれを伝える為に少人数で来たのだと主張すると、老爺の額から汗が流れ落ちた。森に囲まれたこの一体はとても涼しい。それでもこの老爺からは吹き出るように汗が流れている。この場へやってきた時から既に脂汗を浮かべていたが、ルディリアの発言によって更に吹き出したことから、何やら彼らにとってそれほど都合が悪いらしいことがわかる。
「あら、何かございましたか?確か去年から、危険だから立ち入りは禁止とされているでしょう?国からのお達しです。」
「…え、えぇ。ですが、近くで漁を行う船乗りもおりますからの。」
「島に上がらなければ問題はありませんから大丈夫ですよ。シロスの街の船乗りさんたちも問題ないと仰っていましたから。ご安心下さい。」
こういう時、ルディリアの無表情は特である。最初から変わることのない表情からは相手は何も読み取ることは出来ない。しかし、その淡々と告げられる注意事項に、相手が分かりやすく反応している。王宮の貴族たちもこれだけ分かりやすい反応を返してくれたら良いのに。と、思わずにはいられないほど。
「いえ、ですが…。」
「もしや、何かお困りですか?デイロス島以外でしたら多少融通を聞かせることが出来ますが。」
「…デ、デイロス島に一日だけで良いので上陸させては貰えませぬか。」
歯切れ悪く食い下がる様子に、ルディリアは理解を示そうと試みると、やっと素直になったらしい。しかし老爺は、ルディリアの目に合わせることもなく視線を泳がせている。策を練ろうとしているのが見え見えだ。
「デイロス島にはあの遺跡があります。流石に難しいとは思いますが、隊長へ進言してみましょう。…ただ。」
「…ただ?」
全く合うことのなかった老爺との視線が漸くあった。その瞬間、ルディリアは眉間に小さく皺を寄せ、片手を頬へと持っていく。
「きっと監視…いえ、護衛が付くと思われます。…ここは引けない所よね?ユーグ。」
「はい、隊長補佐。危険が伴う場所へは騎士が同行するのが決まりですから。お一人につき二、三名の騎士が付くことでしょう。」
賢いユーグはルディリアの意図をきちんと組んでくれる。毎年10名ほどがデイロス島へ渡っている事から、彼らを警護する為には全ての隊員を動かさねばならなくなる。そんな事は不可能だ。しかし、彼らはこちらの総数を知らない。だからこそ効果がある。
「い、いえ。本当に。危険な事はありませんから。」
「そうですか、念のため上陸の理由をお聞きしても?」
「いえ、些細な事ですから。ほんの少しだけでも構いませんので。」
ほんの少しの時間でも問題ない、何かをするつもりなのだ。それが何なのか分からなければ、こちらも対策の立てようがない。
「申し訳ないが、理由をお聞かせ願えないのであれば、上陸する事は不可能だ。」
そう断言したアメディオは、あからさまに眉をひそめていた。不審な言動を繰り返す者を見逃すほど無能ではないと分からせる為だろう。
「…そうですか、分かりました。」
流石に不味いと思ったのか、老爺はそうつぶやくと、頭を下げて身を翻す。そこへルディリアが声をかけた。
「ご理解くださりありがとうございます。それと、少しこの村とその周辺を調査させて頂きますのでよろしくお願いします。」
振り返った老爺の顔は引きつりながらも小さく頷いた。彼から情報を聞き出すことは出来なかったが、調査の許可を得ることができたルディリアもまた満足げに頷いた。
「ここからは二手に分かれましょう。ユーグさんとアメディオさんはここでこの祭壇の調査をお願いします。」
『承知しました。』
「残りは私と村の周囲の調査を行います。」
そうしてルディリアはローベル、ベランジ、エーバハルトを連れてまた森の中へ調査に向う。しかし、今度は魔馬に乗ってではなく歩いて向う。その方が細かい調査が行いやすいためだ。
ルディリア達四人は森の中を見て回る。怪しげな建築物はないか、不自然な灯台やランプがないか、頻繁に通っているような道はないか。そうして見回っていると、エーバハルトが口を開いた。
「ヒースロッド隊長補佐、この先幾つも足跡が続いています。」
「…街とは別の方角ですね。」
「はい、この先が怪しいかと。」
「えぇ、行ってみましょうか。」
辺りを警戒しながら四人は足跡の続く方へと向う。
不自然なほどに魔物は現れず、その気配もしない。それが逆に不気味だった。足跡をたどると、森が切り開かれたような空間へとでた。そこには祠のような神殿の様な小さな建物があり、それは今も何かしらの儀式に使われている様子が見て取れる。
「ありましたね。」
「えぇ、気付いたことがあればすぐに教えて下さい。」
その建物へと足を進めると、辺りに魔方陣に似ている模様がそこかしこに描かれていた。しかし、古代魔法を研究しているルディリアでも、式として成り立っていないこんな魔方陣を見るのは初めてだった。ヒースロッド辺境伯領の遺跡にもこんな模様は描かれていなかった。
「これ、なんでしょう?」
「分かりませんが、きっと遺跡に関係するものだと思います。記録を取っておきましょう。」
そう言ってルディリアはその模様を自身の手帳へと書き取っていく。もっと複雑な魔方陣を作製するルディリアにとって簡単な模様を描くことは苦にならない。しかし、どうにも式としてなりたたないこの模様が気持ち悪くて仕方がなかった。何かがかけているような、不安定さのあるこの模様が気になって仕方がない。
ルディリアが模様を書き取っている間、他の三名は近くを捜索していた。しかし、特にこれといったものはなく、建物の中を確かめようにも鍵がかかっており入れない。小さな穴から覗くも、中は薄暗く見えそうにはなかった。
「だめだな。」
「あぁ。ヒースロッド隊長補佐、他にはこれといったものはなく、あの建物の中は暗くて見えそうにない。」
模様を書き写し終えたルディリアが顔を上げると、彼らが指さす建物を見る。そして、その建物へと歩き出すと、ルディリアは小さな隙間に指を差し入れ、魔力を練り上げた。
「フォス」
ルディリアが唱えると、指の先から小さな光が建物の中にふわふわと浮き上がった。そしてルディリアが指を振るとその小さな光は建物の中をゆっくりと動き回る。
通常、“フォス”の魔法は杖や魔法石に光を灯す魔法である。ルディリアの様に自由自在に操ることは出来ない。しかし、魔法操作に長けたルディリアであれば簡単に出来てしまうため、それが特別だと忘れてしまっていた。そして特務隊員の彼らもルディリアが普通でないことは前回の討伐時から良く理解していた為、苦笑で流されることとなった。
「ヒースロッド隊長補佐、一番奥に何かあったような…。」
別の穴から中を覗いていたらしいエーバハルトがつぶやく。ルディリアが彼の言葉通りに光を奥へと動かすと、祭壇の様なものが薄らと浮かび上がってくる。その祭壇の中央には丸い石の様なものがきらりと光り、ルディリアの光はそこへゆっくりと吸い込まれていった。
「――っ、光が…。」
それを見ていた全員が警戒をするが、暫く経っても何も変化がない。ほっと一息つくと、ルディリアはリール村の方角に位置する森から人の気配を感じ取る。この建物や中にある祭壇について村人に尋ねるか、ルディリアは迷った。しかし、一息つくとそのまま踵をかえすことにした。
「誰か来ます。戻りましょう。」
「…いいのかい?その者達に聞けばこれが何か、分かるかもしれないよ?」
ローベルは、ニコリと微笑みながら問う。しかし、ルディリアは首を振った。
「今一番困るのは、今日中にディース島へ行けなくなることです。それに、どうせ真実を教えてくれる気はないでしょうから、私達がここへ足を運んだ。という事実だけ彼らに見せることで、彼らの様子を伺うことは出来ます。彼らにとってここが秘密にしておきたい場所だというのは明白ですから。何らかの動きがあるかもしれません。ですから、向こうで待ちましょう。どうせ彼らの目的地もデイロス島ですから。」
「そう、わかった。それじゃ戻ろうか」
ローベルは安心させるような、優しい笑みを見せるとベランジへ目配せする。来た時と同じように戻りもベランジを先頭にした隊列を組むためだ。
ルディリア達がリール村へ戻る途中、数人の村人とすれ違う。特務隊側は皆しれっとした表情でその場を去るが、それをみた彼らは訝かしげにこちらをみては足早であの建物へと向う。
「…これじゃ、あれが重要だと言っているようなものですねー。」
「そうだね、でもこちらも情報を掴んだわけじゃないからね。これからだよ。」
エーバハルトの言葉にローベルが苦笑で返す。そしてルディリアもまたローベルと同じことを考えていた。怪しさはあるが全く関係がないものかもしれない。慎重に行かなければ、掬われるのはこちらの足下だ。間違った情報ほど怖いものはないのだから。
「街の中心にあったあの祭壇について詳しい事が分かれば良いのですが、多分ここでは無理でしょうね。別のどこかから情報を得なくてはいけません。」
「ということは、やっぱりデイロス島ですよねー。」
ルディリアのつぶやきにエーバハルトが返す。ルディリアはそれに頷くと昨日見た航海日誌の内容を思い出した。ディース島、シーコス島、デイロス島、エルムポース島と、毎年デイロス島へ足を運ぶリール村の人々。
「ええ、ですが、その周囲の島にも何かしらの情報が眠っている可能性は高いでしょう。三つの島の中心にあるデイロス島。中心の島に遺跡があるというのも些か妙ではありませんか?」
「確かに。調べてみる価値はありそうだね。」
ルディリアの問いにローベルが答えると、他の者達も大きく頷いた。




