その娘、困惑2
コチコチという時計の音が気になって仕方がない。今までこんなにもこの音が気になることはあっただろうか。恨ましげに時計を見るもそれが止まることは当然無い。
何度目かの小さなため息をつこうとした時、室長室の扉がなった。丁度良いと、ルディリアは足早に扉まで向う。「はい。」と、扉を開けるとそこにいたのはアイゼンだった。
「ルディリア様、お客様がお見えです。」
「どなたでしょう?」
日常会話をする時には敬語が抜けつつあり、気軽に話しかけられる研究員の一人であるアイゼンだが、彼は仕事中は敬語を使う事が多い。ルディリアとしては別に敬語でなくともいいと考えているのだが、彼がその線引きをするならば別にそれでも構わないと思っていた。
室長室の扉の前に居るアイゼンは少しだけ慌てた様子を見せている。アルンベルン騎士団長の時には落ち着いていた彼が慌てる程のお客様とは一体誰だろうかと考えるも、すぐに答えは彼の口から出てきた。
「イクリス・ニュクス様です。」
「イクリス特務隊長?…分かりました。念のため、お茶の準備をお願いします。」
「はい、イクリス・ニュクス様は応接室に居られます。」
「分かりました。」と返すと、ルディリアがサウスライドへと声を掛けに戻る。ルディリアが研究室へ配属されてからイクリスがここへ足を運んだのは初めてである。そして真面目な彼がアポなしでここへ来たという事も含めてルディリアは不思議に思いつつも、サウスライドへと声をかけた。
「室長、イクリス特務隊長がお見えだそうですが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
「おや、これはまた珍しいお客さんだね?通して構わないよ?」
「承知しました。」
ルディリアは急いで応接室へと向う。応接室の扉をノックすると、「失礼致します。」と声をかけて扉を開ける。中にはいつもとは違い、当然の如く研究員達の姿は無い。そこにはイクリスが一人。彼はソファから立ち上がると、ルディリアへ真っ直ぐに目を向けた。
「イクリス特務隊長、お待たせ致しました。」
「あぁ、ルディリア嬢か。急ですまない。」
「いえ、室長が奥でお待ちです。こちらへどうぞ。」
そうしてルディリアはイクリスをサウスライドの元まで連れて行く。室長室の扉を叩き、合図すると「どうぞ。」と堅い声が返ってきた。それを聞いたルディリアが室長室の扉を開けると、イクリスを中へと促す。
「サウスライド・アルンベルン研究室長、急な訪問で申し訳ない。」
「いや、構わないよ?こちらへどうぞ。」
入るなり頭を下げるイクリスに応接用のソファへ座るように促す。すると、背後から人の気配を感じ、アイゼンだろうと予測をつけた。振り返ると、予想通りアイゼンがお茶をもってこちらへと歩いて来る姿が目に入った。扉を閉める前だったため、丁度いいとルディリアがそれを受け取ると、すぐに二人へお茶を出した。
「それで、どのようなご用件かな?」
「…デイロス島で遺跡が発見されたことはご存じか。」
「あぁ、耳にはしているよ。一研究員としてはとても興味深い内容だからね?」
ルディリアも去年発見された遺跡については耳にしていた。それどころか、貴族院生だったルディリアは出来る範囲で様々な事を調べ上げていた。それが、古代魔法に関連する可能性が高い遺跡であることが発表されていた為だ。
デイロス島という小さな島にあるその遺跡には、『大昔そこは研究施設として利用されていた』とか、『戦争の同盟国が集って作戦を立てていた』とか、『戦争に備えて兵器を開発していた』などの噂が飛び交っていた。その為遺跡内部は危険である可能性が高い為、立ち入りが禁止されている。
噂通りであれば、そこは古代魔法の知識や技術が眠る宝箱の様な場所であることは明白だ。
ヒースロッド辺境伯領にある遺跡も、今では安全に整備されているが当初は内部には罠が張り巡らされており、敵の侵入を拒んだ。その内部からは戦争時に使われたであろう古代魔法の資料が幾つもでてきたのだ。その一部がヒースロッド辺境伯家にも残されており、幼いながらもルディリアはそれを読み解き、今の彼女がある。
「その調査依頼を受け、デイロス島へ行くことが決まった。そこで独自に周辺の調査を行っていたのだが、どうもきな臭い。他の遺跡の事も調べてはみたが、専門的な知識のない私達が現地で調査できることには限界がある。」
「なる程、それでルディリアを借りたい。と言うことかな?」
「ええ、彼女は古代魔法に精通している。私にとっても信頼出来る人物なので是非ともルディリア嬢の知恵をお貸し頂きたい。」
「室長!!」
思わず声を上げる。今のルディリアにとって不敬であるとか、マナーがなっていないなどどうでも良かった。ルディリアにとって新しい古代魔法に触れられるまたとない機会である。それが目の前に転がっているとなれば飛びつくなと言う方が無理な話だ。
「…ルディリアがいなくなると、色々と困ることが多いんだよねぇ?」
サウスライドはちらりと向けた視線をすぐにイクリスへと戻すと、困ったと言わんばかりに頭を抱えてみせる。しかし、輝くルディリアの瞳を見てしまったイクリスは、内心苦笑していた。
「そうか。それでは、上へそのように報告しよう。元々彼女を連れて行くことを薦めたのは第二王子殿下だ。」
「…なる程、そういうことか…。分かった、許可しようじゃないか?」
エルジェードの話しを出した途端、サウスライドの考えがころりと変わった。何か目論見があるらしいが、今のルディリアにとってそれは些細な事だ。
「…長期間の滞在が必要となる。短くても一月、いや二月ほどかかるだろう。長ければもっとかかるだろうが、構わないのか?」
「もう彼女は行く気満々さ。君がデイロス島の話しを出した辺りからね?」
二人の視線がルディリアへと向う。流石に興味津々といった表情を隠すことは出来なかったらしい。視線を逸らしてみるが、サウスライドの苦笑は止まらない。
「まぁ、この件に関して言えばルディリア以上に適任者はいないだろうし、ルディリアもここから一刻も離れたい理由がある。私としては迷惑きわまりない話しだが、まぁ彼女が喜んでいる様だしここは折れるとしようか?」
「感謝する。」
深く頭を下げるイクリスと共に、ルディリアもサウスライドへと頭を下げた。自身の意を組んでくれた事に関しての感謝と、研究室の業務から長期間離れることになる為謝罪の意を込めて。
「いいよ。…それで出発はいつになるのかな?」
「…予定では14日後を予定している。もし無理そうであれば…」
「ふむ、10日後にしなさい。」
サウスライドの言葉を聞いてガーデンパーティが来月の中旬辺りにあることを悟った。
招待状の返事を行うにはかなり早めに王都から出ていなければならない。だからこその発言だろう。こんなに室長が自信の為に動いてくれるとは、なんと優しいことだろうか?と考えて眉を寄せる。
しかし、彼がそんな善行だけでそんな事をするだろうか?またなにか根本的な部分を見落としているんじゃないか、と考える。
今回の件が室長にとってどんな利益をもたらすのか。長期間自身がいなくなることは、自慢ではないが室長にとって損失である。それを覆すことが出来る利点。魔法や研究が好きな室長にとって遠征で得た内容のレポートを読むことは利点に繋がりそうだが、なんとなくそれではない気がする。
第二王子の名前を聞いてから態度が変わったことを考えると、そこに起因していそうな気がする。であれば、第二王子の管轄である古代魔法についてだろうか。
例えば今回の遠征で大きな成果が上がったとする、そして自身の古代魔法の知識や分析について認められたならば、それなりの報酬があるかもしれない。例えば「古代魔法に関する自由研究の権利」などがあげられるだろう。それらがあれば自身の地盤を固めることも容易となる。勿論更に注目を集める結果となるが、将来の事を考えるとその権利は必須だろう。というよりも欲しい。では、やはりこの点しかない。とルディリアは考えた。
「こちらは問題ないが、よろしいのか?」
「その方が有り難いんだよ。ルディリア、問題ないね?」
「はい、明日からでも問題ありません。」
即答すると苦笑が返って来た。ルディリアにとっては明日からでも行きたいほどの場所である。ルディリアは去年から、いつ研究隊が調査へ入るのか、詳しい内容が公表されるのはいつになるのかと心躍らせながら待っていたのだ。そこへ自身の立ち入り許可が出るとは夢にも思っていなかったのだから、すぐにでも向いたいと思っていた。
「では、こちらで手配しておく。」
「よろしく頼むよ。」
サウスライドはやれやれと、本日何回目かの苦笑を零しながらルディリアを見ていた。




