その娘、パーティに出席する2
2人が踊り終わるとサウスライドから声がかかった。どうやら彼が到着したらしい。内心、兄は彼を良く思わないだろうことを理解しながらも会わせないわけにもいかない。ルディリアは彼にもお世話になっているのだ。
「ラーディウス、久しぶりだな。」
「…妹が世話になっているようで。」
「いや、こちらこそ兄上がルディリア嬢に世話になっている。」
嫌そうにクラウストへ言葉を返す兄を見て、ルディリアは驚いた。どうやらこの2人は知り合いのようである。そういえば確かに年齢が同じだったな、とルディリアは思い出す。
貴族院時代の友人だろうか?それにしたって兄から友人の話は一度だって聞いたことが無かった。ルディリアが問うと華麗に流すものだから、友人が出来なかったのかもしれない。とルディリアは無理に聞き出すことをしなかったのだが、今思えば妹好きが高じて友人の存在を隠していたのかもしれないとルディリアは思った。
しかし、ラーディウスはサウスライドにあった時よりも冷たい瞳と態度で接している。それが何故なのかルディリアには分からなかったが、馬が合わないのだろうと思う事にした。しかし兄をそのままにしておくことも出来ないルディリアは兄を窘める。
「ラディ?」
「ルディ、彼はダメだよ。」
兄の言葉に小さく息を吐いた。クラウストは何ともなさそうにルディリアに目を向ける。彼は兄の言葉を普通に流している。もしかしたら学生時代から兄はこんな感じだったのかもしれないと少し呆れると共にクラウストに申し訳無く思った。ルディリアがクラウストを見上げると、彼の口角が少しだけ上がった。嫌な予感のしたルディリアがどうにか逃げようと考えるも、それは彼の思い通りだったらしい。クラウストはサッとルディリアの手を取ると甲へ口を落とす。
「ルディリア嬢、今日は一段と輝いて見えるな。とても綺麗だ。」
わざと兄を焚き付けるような表情と言葉を選んだのだと、すぐに分かったルディリアは目を細める。余計な事をするなと念を込めて見るも、クラウストはまた小さく口角を上げた。
「出来れば是非、一曲お相手願いたい。」
「クラウスト、貴様なんのつもりだ!」
怒鳴り、ルディリアの手をクラウストから取り返すと、自身のハンカチで綺麗に拭き取る。不敬だとルディリアが困惑するも、こんなことでクラウストが怒ったりしないことはルディリアもよく分かっていた。しかしこのまま兄を放っておくと面倒な事になりかねない。ルディリアはラーディウスの一歩前に立ち、兄の行動を制止させる。
「ラディは黙っていて。…兄が失礼致しました。しかし、アルンベルン騎士団長、どういうつもりですか?」
「綺麗に着飾っている君と一曲ダンスを踊りたい、と言うだけだが不満か?」
不満というより、「困る」が正しい。こんなにも多くの貴族の前で彼と踊ればどんな噂が飛び交うか分からない。それだけならまだしも、敵と認定されることは避けたい。しかし、上位貴族からの誘いをそう簡単に断ることも出来ないからこそ面倒だ。
「アルンベルン騎士団長は私と噂になりたいと、そう仰っておられるのですか?」
「君の迷惑になるのであれば取り下げよう。」
「私で遊ぶのはおやめ下さい。」
「悪かった」と良いながら、ふっと笑う。そんな姿さえ、周りにいるご令嬢には珍しいもので当たりからは黄色い声が響いていた。
そして内心、ルディリアもドキドキと胸を高鳴らせていた。彼を見るとあの日、あの塔での出来事が頭をよぎり心中穏やかでいる事が出来なかったルディリアは今日まで彼を避けていた。
彼を思い出すだけで、紅潮し心臓がバクバクとうるさく音を立てる。平常心でいられないルディリアは、それが収まるまでできる限りクラウストに会わないように過ごしたのだ。そして、もう平気だろうとこのパーティに挑んだというのに、まだダメらしい。
視線を彷徨わせないように、拳に力を入れる。恥ずかしくて顔が下がらないように、背と腹に力を入れる。そして顎を引いて真っ直ぐ前を見る。そうしていなければ、周りに悟られかねない。
「なんだ、踊らないのか?」と残念そうにつぶやくサウスライドとは違って、ラーディウスは心底安心したようにルディリアへ笑みを向け、クラウストには冷たい眼差しを向けるという絶技を披露していた。
「ルディリアちゃんどう?楽しめているかしら?」
サウスライドの隣で微笑ましげに眺めていたソフィアが話しかける。白に近いピンク色のふわふわなドレスを優雅に着こなす彼女はいつも以上に輝いており、男性だけでなくご令嬢達もうっとりと眺めるほどに美しい。勿論そんな彼女を離すこと無くがっちりと腰に腕を回しているサウスライドは周りに牽制しているらしかった。
「そう、ですね。兄と踊ったのは久しぶりでしたから、楽しいと言うよりとても懐かしく思いました。」
「あら…だめよ。楽しまなくっちゃ。…そうだわ!」
何を思いついたのか、ソフィアは器用にサウスライドの腕から抜け出ると、ルディリアの手を引いて、会場内を歩き回る。ルディリアは笑顔で睨んでくるサウスライドから目をそっとそらして大人しく連れ回される事にした。どちらにしても面倒な事になるのは目に見えているからだ。そうしてソフィアが見つけたのは最初の討伐で一緒に戦った「イクリス」だった。
「あら、ニュクス様。ごきげんよう。」
「ソフィア殿、お久しぶりです。ヒースロッド嬢も討伐以来だな。」
小さな微笑みを浮かべたイクリスは「2人ともとても美しい」と社交辞令を述べる。彼もまた貴族子息としては目立つ部類の人間だとルディリアは思い知った。黒い髪と同じく黒い瞳を青いジャケットが良く引き立てている。ジャケットにちりばめられた小さなダイヤの粒がまるで夜空を表現しているように見えて、イクリスの魅力を更に引き立てている。周りのご令嬢達は、一歩は慣れたところでうっとりと頬を赤らめていた。
「お久しぶりです。ニュクス隊長もとても素敵ですね。黒い髪と瞳がよく映えています。」
「あら、ルディリアちゃんはニュクス様とも仲が良いのね?」
「…ええと、討伐の時にお世話になりましたが…。」
仲が良いと言われるとなんとなく違う気がして、そう伝えたがそれもなんとなく違う気がした。なんと伝えるのが正しいのだろうか。彼は人嫌いで有名だから安易に仲が良いとも言えないし…。あれこれ考えはしたが、ソフィアにとってそれはそんなに重要ではないらしいことが彼女の表情から読み取れて、そのまま口を閉じた。余計な事を言う前に終えてしまうのがいいだろうと考えた為だ。
「世話になったのはこちらの方だ。あのときはヒースロッド嬢に助けられたからな。改めて、礼を言う。」
確かに治癒魔法をかけはしたが、あれはルディリアの仕事でもあった。だからそんなにいつまでも感謝され続けると、ルディリアも困ってしまう。
丁寧に頭を下げるイクリスにルディリアは「いえ、そんな大したことしてませんから」と止めようとすると、イクリスは困った様に笑う。
「ヒースロッド嬢、私の事はイクリスで構わない。」
「よろしいのですか?」
「あぁ、君になら構わない。」
そう言われるととても呼びづらくなるのだが、きっと彼は純粋に恩人だと思っているからこそそう提案して下さったのだろう、とそれを受け入れる事にした。そして、小さいお辞儀と共にルディリアもまたそれに返す。
「ありがとうございます。では、私の事も気軽にお呼び下さい。」
「…ふむ、気軽に、か。では、ルディリア嬢がいいか…?」
「はい、なんでも構いませんよ。」
いつもは鋭い黒の瞳が今日はとても柔らかく感じた。イクリスは「そうか」とつぶやくとその視線がルディリアから逸れる。それとともに後ろから声がかかり、その声にルディリアの身体は強張った。
「ルディリア、久しぶりだな。」
爽やかな声色はどこか懐かしく、どこか嫌な思い出がよみがえる。振り返るとそこには、ルディリアが予想していた人物の姿があった。
「王太子殿下、お久しぶりにございます。」
赤い髪色に赤紫色の瞳を持った彼はこの国の王太子。エルスベルト・フォン・プライダル王太子殿下である。先程イクリスへと見せたそれとは違い、今度はきちんとした形の挨拶を行いそのまま顔を伏せる。ソフィアは隣から一歩下がり、同じように動いた事が分かった。
「頭を上げて、ルディリア。前のように呼んでくれて構わない。」
王太子殿下からの言葉で顔を上げて視線を交合わせると、彼は少しだけ安心したように微笑む。しかし、ルディリアの言葉でまたしゅんと寂しそうな表情となった。
「…そういう訳にも参りません。私は既に候補の座から降りた身故、不敬にあたります。」
「私が望んでいる。」
悲しそうな表情を見せる王太子殿下から目をそらし、小さく名前を呼んだ。昔からその顔にはめっぽう弱いのだ。
「エルスベルト殿下。」
その瞬間、エルスベルトの表情は晴れやかなものへと変わり、実はわざとそうしているんじゃないかとルディリアは内心苦笑する。小さな頃から、結局折れてしまうのはルディリアの方だったから。
「ルディリア、魔術師見習いへの昇格、おめでとう。君の夢にまた近づいたな。」
「覚えていて下さったのですね。ありがとうございます。」
嬉しそうに話す彼にお辞儀をして礼を伝えると、ラーディウスの声が響く。
「王太子殿下。…お久しぶりにございます。」
「あぁ、来たか。ラディ。」
「妹に手を出すのはおやめ下さい。」
冷たい目でエルスベルトを見る兄にルディリアは気が気では無かった。一応口調は丁寧ではあるが態度が問題だ。エルスベルトから兄と友人となった旨の手紙を受け取っていたルディリアではあるが、彼はこの場では友人である前に王族なのだから不敬と取られたら非常に不味い。
「そういうな。何年ぶりだと思っているんだ?お前達が隠すからこうなるんだろう?」
「そうせねば王都へ連れて行かれるおつもりでしたでしょう。」
「ふむ、確かにな。あの頃は若かった。しかし、ルディリアが王宮内で働いていると知っていても今日まで会いに行くことはしなかったんだ、そう警戒しないでくれないか?」
やれやれと困った様に笑うエルスベルトにラーディウスが睨め付ける。ルディリアとしては気軽に尋ねてこられては困るのだが、確かに今日まで彼に会うことはなかった。式典を除いてではあるが。
「それは感謝致します。それから妹への話しであれば、私が代わりにお聞き致しましょう。」
「全く…変わらないな。」
大きなため息を付くエルスベルトは「分かった」とラーディウスを連れていった。嵐が去ったことにほっと胸をなで下ろすとソフィアが不思議そうに眺めている事に気がつく。流石に王太子殿下との思い出話をするわけにもいかず、どうすべきかと悩んでいると、ソフィアは「帰りましょうか」とつぶやいた。やはり彼女は空気を読むのがとても上手い。ルディリアは申し訳無く思いつつも、ソフィアに感謝して、パーティを後にする事を決めた。近くにいた、イクリスがエスコート役を買ってくれることになり、お礼を言って彼と共にそっと会場をでた。




