ラーディウス
ラーディウスはエルスベルトに連れられパーティ会場の近くにある一室で柔らかなソファに身を沈めていた。その部屋の中には王太子の護衛もなく、信頼されていることが窺える。しかし、それと共に他の者に聞かれたくない話なのだろうと、ラーディウスはまた腹を立てた。
先程までは俺の天使であるルディのエスコート役として天国気分を味わっていたというのに、この男の登場のせいで台無しだ。迷惑きわまりない。
ラーディウスの瞳は先程までと違い、暗く冷たい色を放っていた。不機嫌を表情に出し、目の前の人物を睨め付ける。貴族院時代の友人もとい、悪友である彼は今は王太子として忙しくしていると人伝で聞いていた。
「文句を言いたいのはこちらなんだがな。」
赤紫色の瞳を細め、唇を突き出し不満だと言わんばかりにラーディウスを見るが、冷たい瞳に射貫かれ肩を竦めた。
「妹に何の用だ?」
「ルディリアは魔術師見習いになったんだぞ?祝いの言葉をかけるのはそんなに不思議なことではないだろう?」
そんな建前を聞いているんじゃない。どうせまだルディを諦めていない事は知っている。そうでなければ22にもなって未婚でいるはずがない。王太子のくせにいつまで初恋を引きずっているのか。まぁ、ルディは世界一可愛いから好意を抱いてしまうのは仕方がない。しかし、ルディがこいつと結婚なんて想像しただけでもおぞましい。
ラーディウスは無言でソファから立ち上がる。これ以上話す必要が無いと感じたからだ。しかし、それをエルスベルトは慌てて止めた。
「ちょっと、待てよ。まだ話しは終わってない!分かったよ、ちゃんと話すよ。」
やっと観念したのか、エルスベルトは言いにくそうにしながらも本題に入った。
「ルディリアは前の魔物討伐で大きな貢献を残した。その多くは魔法によるものが大きい。特に彼女は古代魔法について知りすぎている。現状は国の為にその知識と力を使用しているが、この先の事を考えるとそれも危ういだろう。」
ラーディウスは先程よりも強い威圧をエルスベルトへとかけた。今日1番の怒りを見せるラーディウスにエルスベルトは冷や汗が流れる。
「ルディが、その力を国に向けると考えているわけか。」
低く唸るような声でエルスベルトへ問う。兄として、そんな事をするはずがないと断言出来るからこその怒りだった。ルディは誰よりも優しく、可愛い妹だ。ルディがこの国にその力を使用することなんてあり得ない。もし、あり得たとしてもそれは民を守る為だろう。
「おい、私がそんな事を思うわけがないだろう、その威圧止めろ!」
エルスベルトの必死な訴えを聞いてラーディウスは少しだけそれを緩めた。全てを止める気はさらさらない。この場に連れて来られたせいでパーティ会場という名のオオカミの巣へルディリアをおいてくることになったのだ。怒りを収めろという方がどうかしている、とラーディウスはまた睨め付けた。
先程よりも若干弱くなった威圧感に、エルスベルトの額から汗が滴り落ちる。先程は息を吸うこともままならない程の重圧だったため、エルスベルトは大きく息を吸った。
「私ではなく、国王陛下や他の貴族の話をしている。今はアルンベルン公爵家が後ろ盾となっているからまだ良い。しかし、それもずっと続くわけではないだろう?そうなればルディリア自身やヒースロッド辺境伯家へと向く。今のままでは危ういんだ。分かるだろう?」
様々な思惑を抱えた貴族は厄介だ。それはラーディウスもよく知っていた。
魔物討伐へでて持って帰った成果に対して“死神”なんて異名をつけたのも、その力を恐れてであり、尊敬や敬意なんていったものは皆無だ。何が貴族か。恐れてばかりで立ち向かうことをしないとは。そのくせ裏での画策は得意ときた。貴族なんて、人を陥れることが大好きな人間の集まりだ。まぁ、そうでない者達がいることもよく知っているから、「全員いなくなっちまえば良い」なんて事も言えないのが複雑なところだ。
しかし、確かに、エルスベルトが危惧していることはルドルフも親父も話していた。めでたいだけで終われないのが悲しい所だな。だが、俺は思う。
「――ルディリアはそんなに弱くねぇよ。勝手に、守るとか考えてんならそれこそ止めろ。あいつが望みもしないことを勝手にすんな。ルディがお前に助けて欲しいと一言でも言ったか?ルディは昔から、出来ないことは出来るまでとことん努力するそんな凄ぇ妹だ。ルディを信用出来ないって言うなら、それこそ俺はお前を見限る。」
エルスベルトは苦笑を零し、寂しそうに窓の外に視線を向けた。
そこには幼い頃ルディリアと共に眺めた庭園がある。もっと彼女とたくさん話しがしたかった。もっと彼女を近くで見ていたかった。お茶会の後、手紙のやりとりを行ったがそれも数年で止まってしまった。彼女は自分に興味が無いのだと分かっていても、それでも彼女への気持ちが止まらない。
「そんなに弱くない、か。…そうか、確かに私は勝手だな。」
「…。」
「それでも、私は勝手にルディリアを守るぞ。」
その目からはとても強い意志を感じた。ラーディウスがエルスベルトと出会って数年経つが、こんなに強い意志は初めて見る。いつも周りの意見に耳を傾け、正しくあろうとするエルスベルトが我を通すとは珍しい。それだけ妹を思い続けているのかと思うと、ラーディウスは複雑な気持ちになる。
こいつに渡す気はない。
しかし、こいつの心意気くらいは認めざるを得ないか…。
「…ルディリアの気持ちを、無下にするなよ。」
「あぁ。」
ラーディウスは今度こそソファから立ち上がった。少しばかりスッキリとした面持ちのエルスベルトを横目で見ながら、初めて会った頃を思い出す。
貴族院に入ってすぐ、この国の王太子が話しかけてきた。
目的が妹だというのは聞くまでもない。だから俺は避け続ける。それでもしつこく話しかけてくるこいつを、怒らせようと考えた。そうすれば近寄ってこなくなるだろうと。今思うと不敬で家が潰れる可能性もあったというのに良くやったものだと思う。
しかし思惑とは裏腹に、どんな言葉も、態度も軽く受け流すこいつに、次第に心を許すようになった。勿論妹の情報は一切渡さなかったが。
それから暫くするとクラウスト・アルンベルンとイクリス・ニュクスを紹介された。紹介される前から、この2人のことはよく知っていた。魔法だけでなく、剣の腕も立つともっぱらの噂だったからだ。一度手合わせをしてみたいと思ってはいたが、関わりたいと思ったことはなかった。だから、俺はその場を適当に終わらせるとそのまま背を向けた。
しかし、その次の日もそのまた次の日も、エルスベルトは2人を俺の前へと連れてくる。本当に面倒なやつだ。態々それに付き合うこの2人もどれだけ暇なのかと呆れた。
そして数ヶ月後、いつの間にか4人でいることが多くなった。理由は二つ。授業で俺と同等な奴はこいつらだけだったから良く組まされた事と、どれだけ避けていもエルスベルトがしつこいから避けることが面倒になった為だ。
そうして貴族院を卒業する前、エルスベルトは俺たちに言った。
「私はこの国をもっと良くしてみせる。だが、それは1人で出来る事ではない。だから、やり方は別でも構わないから、3人もそれぞれこの国の為に尽力して欲しい。そしていつか、共に笑い合おう。平和な世の中になったときには酒でも酌み交わそうじゃないか。」
だから俺はあいつらとは違う場所で戦ってきた。
平和な世界にするんだろう?
仕方がないから、力なら貸してやるよ。
魔物を倒すのは得意だ。魔力は多くないが、体力になら自身はある。
だが、妹は別だ。
全く、クラウストにしてもエルスベルトにしても、面倒な奴にばっかり好かれるな俺の天使は…。まぁ、仕方無いか、あの可愛さには誰も勝てないよな。




