その娘、パーティに出席する
アルンベルン公爵家へとお泊まりをした月の末。
ルディリアは王宮の夜会へと参加する為の準備を行っていた。
場所はアルンベルン公爵家である。あの日、あの兄弟の口論に巻き込まれたルディリアはソフィアからの提案でドレスを仕立てる事になった。
翌週からアルンベルン公爵家へと呼ばれたルディリアはソフィア監修の元、計測からデザイン案、装飾品など一式をプレゼントされた。
ソフィアは満足そうにしていたものの、ルディリアはこんなに高価なものをたくさん頂く訳にはいかないと申し出た。しかし、それを却下されて結局丸ごとルディリアのものになった。ルディリアが当日の着付けに少し不安を抱いていると、ソフィアから「前日の夜からアルンベルン公爵家へ来なさいね」と言われて戸惑いながらも仕事が終わると、サウスライドとともにアルンベルン公爵家へとお邪魔した。
夕食後、隅々まで綺麗に磨かれ、様々なマッサージを受けた。アルンベルン公爵家には凄腕の使用人がたくさんいるらしい。そして、朝早くからまた綺麗に磨かれて、マッサージを受けると、化粧を施され髪を結われる。何もしなくても徐々に完成へと近づいていく様をルディリアはただ眺めていた。
そうして全ての用意が終わると大きな鏡の前へと通され、己の姿をまじまじと見つめる。全身からソフィアにコーディネートされたその姿はルディリア自身も見違えた。
「凄い…」
小さく漏らすと、ソフィアは呆れた様に「元が良いのだもの当たり前だわ」とルディリアを諭す。8割方アルンベルン公爵家の使用人の力だろうと分かっていても自身の変化に驚きが隠せない。そんなやりとりをしていると、ルディリアの次兄――ラーディウスが来たと知らせを受けた。ルディリアとソフィアは丁度良いと、ラーディウスの元へと向う。
アルンベルン公爵家の談話室に入るとラーディウスはサウスライドと何か話しをしているようだった。少し戸惑いながらも、邪魔してはいけないだろうと踵を返そうとする。しかしそうすることは出来なかった。
「ルディ…天使かっ!」
脇目も振らずルディリアを抱きしめ頬ずりをしだすこの男は正真正銘、ルディリアの兄である。ルディリアと同じ金色の髪を後ろに流しながらも遊ばせた様はカチリとしすぎず話しやすい雰囲気を出している。紺色のジャケットもまた彼の髪色を良く映えさせる。
「ラディ、久しぶり…だけど離れて。」
折角綺麗に整えてもらったというのに、兄のせいで崩れてしまうことを嫌ってグイグイと彼の胸を押す。ラーディウスは「仕方がないな~」と笑みを浮かべてルディリアから少しだけ離れた。そしてまじまじとルディリアの姿を確認すると、また頬を緩める。
「天使だ…。」
「室長、ソフィア様、お騒がせして申し訳ありません。」
もう何を言っても無駄だと感じたルディリアは二人に向き直ると、小さく頭を下げる。ソフィアは「あらあら」と笑って流すが、サウスライドは笑んだまま止まっている。衝撃が強すぎたようだ。
妹を溺愛しているこの兄は、王都では冷酷な人間として有名だ。母親譲りの黒い瞳は全てを飲み込むほどに深く、睨めば凍てつくほどに鋭い。そんな兄は社交界では“死神”と言われている。理由は2つ。瞳の黒さと、彼の強さからである。
ラーディウスは辺境伯の息子と言うだけあって戦闘に優れている。その中でも魔物討伐においてはかなりの腕を持つ。それこそクラウストと並ぶほどだと言われることも屡々あった。彼が出陣したインベーションでは死体が山のようにできるのだとか。勿論それには理由がある。魔法を使わず武器(腕力)で魔物を倒している為だ。魔法を使って焼くことも浄化する事もしないため“死神”と呼ばれるようになった。そんな男が妹を溺愛しているのだから普通は驚くことだろう。
ソフィアにはお茶をしながらそれとなく話しをしていたため、特に何とも無い様子だがいつまでもこんな兄を見せておくわけにもいかない。ルディリアがラーディウスの腕を叩くと、心得たと袖を正す。
「改めまして、アルンベルン次期公爵殿、次期夫人殿、妹が大変お世話になっているとのこと、感謝致します。」
「あ、あぁ。こちらこそルディリアにはお世話になって…」
サウスライドが最後まで言い切る前にラーディウスがその黒い瞳をぎらつかせる。妹を呼び捨てとは何様なのか、と威圧をかけている。それを見たルディリアは慌てて兄の腕を引いた。
「ラディ、止めて。室長は私の上司であり師匠なのよ。そんな態度は許さないわ。」
「しかし…呼び捨て、とは…!!」
「お兄様、止めて頂けませんか。」
元々無表情であるルディリアの表情がすぅっと色を更に無くす。丁寧な言葉とは裏腹にルディリアは冷たい視線を投げかけた。幻滅したかのようにも見えるその冷たい瞳に、ラーディウスは慌てふためく。
「わ、分かった!分かったからいつもの様に呼んでくれないか。」
「それならば、ラディ。ちゃんと謝って。」
ラーディウスは再度サウスライドとソフィアへと視線を戻すと、頭を下げた。妹の為ならばどんなことでもするのがこの兄だ。
「アルンベルン次期公爵殿、アルンベルン次期夫人殿、大変申し訳ない。」
「い、いや、構わないよ?」
引きつるサウスライドとは違い、ソフィアは微笑ましげに顔を緩めていた。
「それにしても、本当にルディリアちゃんは愛されているわねぇ。でもちょっとだけ御髪を直しましょうか。」
やはり乱れてしまっていたらしい。ソフィアに連れられて部屋をでると、またたくさんの使用人に囲まれ綺麗な状態へと戻された。
暫くしてロビーへと戻ると、そこは冷たい雰囲気が漂っていた。また兄が何かしたのだろうとラーディウスを見ると目線が逸らされる。
「ラディ?」
「す、すまなかった。」
すぐさまサウスライドに謝罪する兄をみて、何があったのか聞くことはやめておいた。「それではいきましょうか」とソフィアの発言から皆が動き、アルンベルン公爵家の馬車へと乗り込むと、他愛ない話をしながら会場へと向う。
――王宮の会場内。
「ルディ、どうした?」
穏やかな口調とは裏腹に、兄ラーディウスの黒い瞳は心配そうに揺れていた。周りは驚きの声をあげながら遠巻きにこちらを眺めている。会場に脚を踏み入れてからずっとこんな感じだ。流石のルディリアも気疲れしてしまう。
「周りの目が、ちょっとね…。」
「大体こんなものだろう?」
「絶対ラディのせいだよね、死神さん?」
小さく唇を突き出し不満げに兄に訴えるもラーディウスは苦笑を返した。態々彼が嫌う通名を口にしても妹への態度は変わらない。
「そう言うなよ。俺だってなりたくてこんなになったんじゃない。知ってるだろう?」
「知ってるけどさ…流石にいつもこれなら、ちょっと尊敬する。」
嬉しくない尊敬にラーディウスは苦笑する。妹の手を引いてテラスまで移動すると、風にあたりに行く。秋も中盤であるこの季節、夜は少し肌寒い。幾らパーティの熱気にあてられようとも暫くいればブルリと身体が震えてしまうだろう。しかし、ルディリアの疲れた体にはそれが丁度良く感じた。
「外の風が気持ちいいね。」
「寒くないか?」
「大丈夫だよ」
心配性で妹大好きなこの兄は変わらないなと安心して、ふふっと笑みを零した。家族の前だとついつい気が緩み、表情が柔らかくなってしまう。そんなルディリアを見て、ラーディウスは嬉しそうに笑んだ。
「ルディの笑顔を見たのは久しぶりだな。やっぱり天使だ。」
「大げさだなぁ~。ラディは最近どう過ごしていたの?いつも通り辺境地で魔物狩り?」
二言目には「天使だ」と過剰に褒める兄に苦笑しながら、ルディリアは兄の現状を尋ねる。魔法研究室では様々な情報が入ってくるが、魔法に関わりの少ないこの兄の話は滅多に聞かない。
「まぁそんな所だな。そう変わりないさ。ルディがいなくて寂しいって事くらいだな。ルディは王宮に入ってすぐ表彰されたんだもんな。ルディは凄いな~!」
優しく頭を撫でる兄は、変わらず優しい兄だった。
「ふふっ、ありがとう。」
にこりと笑うと、ラーディウスはルディリアをきゅっと抱きしめる。その腕の中は温かくて、優しくてルディリアはとても安心できた。そしてとても懐かしくて、兄の温もりを堪能する。
「ルド兄が見たら激怒しそうだ。」
「お父様もでしょう?」
クスクスと話しながら懐かしさに目を細めた。
父、オルゲンも、もう1人の兄であるルドルフもルディリアを溺愛していた。母親を早くに亡くしてしまったルディリアの心の隙間を埋めようと、それまで以上に愛した結果である。そんな家族の愛情にルディリアはいつも救われた。いつだって感謝していた。いつも自身を気にかけてくれる家族がいることは何よりも心強く、何よりも心を温かく満たしてくれる。
「そうだな。」
ラーディウスはルディリアから離れると、王宮の外の景色を見ながら、口元を緩める。社交界では“死神”と呼ばれる兄ではあっても、ルディリアにとっては優しい兄であり、ちょっと心配な兄である。強いからと魔物狩りに出掛けては傷を負って帰ってくるのが当たり前。そんな兄の怪我を治すのはルディリアの役目だった。
「ルディは“大魔法使い”になるために、これからも王宮で過ごすんだろう?寂しく無いか?」
「…そうだね、貴族院に居た時はやっぱり寂しかったかな。でもね、王宮に入ってからは寂しさを感じた事なんてなかったよ。いつも気にかけて下さる人達がいたから。」
「…そうか。良かった。でも!」
「ふふっ、分かってるよ。外で笑わないこと、でしょう?」
「分かっているなら良い」とラーディウスはルディリアの頭をポンポンと叩く。その感覚に小さな違和感を抱いた。
――何かが違う。
なぜそんな事を思ったのか。何が違うのかルディリアには分からなかった。温もりも香りも、優しさも、心配性な所も全部何も変わらない。きゅっと抱きしめられた時には確かに懐かしさを感じたと言うのに、何故そう思ったのか?ぼんやりと考えながらも見上げた兄の笑顔を見て、「まぁ良いか」と強い安心感を覚えた。
「さて、そろそろ戻るか。というか、お兄ちゃんと踊ってくれ」と笑むものだから、ルディリアは苦笑しながらその手を取った。




