第4話 メッセージ
天井は低く幅は狭い。
そんな一本の道がただひたすらに伸びていた。
歩を進める度にコツコツと足音が木霊する。
重々しい空気が肌を刺す。
まるで氷点下の寒空に放り出されたかのようだ。
九鐘は道中で体力回復ポーションを使用。
前進するにつれて少しずつ霊力を解放し、身体を覆っていく。
「そろそろだな」
光が見えた。
青い光だ。
雪白からの記憶で、九鐘はダンジョンについて知識を得ている。その知識に基づいて考えるならば、ここは所謂ボスフロアへと通じる道なのだろう。
しかしそれにしてはおかしい。
D難度ダンジョンにこんな圧を放つモンスターが存在するはずがないのだ。
それでも引き返すつもりはない。
むしろ青い光に――ボスフロアに迫れば迫るほど、早く戦いたいという気持ちが高まっていく。
さらに霊力を解放。
そして九鐘は辿り着いた。
またもや円形の空間。
しかし先刻の比でない程に広く、天井は高い。
舞台を飾るかのように一周する松明の炎は青。
これが光の正体か。
「妙だな。気配は感じるのにモンスターの姿が見当たらない」
九鐘はフロアを物色する。
その間にも肌を刺すオーラは健在。
この空間には何かが居る、それは間違いないはず。
それなのに何もない。
ただ広いだけのホール。
そう思われたが。
「これは、壁画?」
壁面には絵が描かれていた。
絵と言っても、サブカルチャー的なそれではない。
それは紀元前2世紀から紀元後800年頃にかけて、アンデス先住民の手によって南米大陸に描かれた幾何学模様。
地上150m~500mの地点からでなければその全容を視認することは叶わない。
それ程までのスケールを誇るそれは、現在では「ナスカの地上絵」と呼ばれている。
九鐘は壁画に沿ってフロアを一周。
そしてある事実に気付いた。
「壁画の数と松明の数は共に10。これは何かあるな」
ダンジョンにはギミックと呼ばれるモノもある。
差し詰め、このエリアに施されたギミックは謎解きといったところか?
「謎を解かなければ戦うことはできない……なんてのは御免被りたいのだが」
とりあえず全ての壁画を写真に収めておこう。
そう考えた九鐘はスマホを取り出しパシャパシャと撮影。ついでにホロリングも起動させて、こちらでも撮影しておいた。
二段構えの映像の保存。
これならスマホとホロリング、どちらか片方が壊れても安心できる。
撮影を終えた九鐘はフロア中央部に戻り、腕を組む。
すると、突如として松明の炎が一つ消失。そして炎の消失に共鳴するかのように、壁画の一つが青白く発光した。
「なるほど。一連の流れが終わるまで黙っていろと」
呟いたその瞬間、壁画から何かが射出された。しかしそれは九鐘の霊力に阻まれ、危害を与えるには至らない。
圧し折れた槍が地面に転がる。
九鐘はそれを手に取って、まじまじと見つめた。
「フン、下らんな。この程度の小賢しい手が通用するとでも思っているのか?」
それから少しして、またもや松明の炎が消える。そして壁画が光ると同時に、今度は五匹の蜘蛛型モンスターが迫ってきた。
『『『ギシャアアアアアアアア!!!!!』』』
「なるほど。これを繰り返すことで訪れた者の実力をテストしようという算段か。しかし随分と舐められたものだな」
九鐘は右手で指ピストルの形を作り、先端から霊力を射出した。
ドッ、ドドドドッ!!
5発の霊力は蜘蛛型モンスターの肉体を貫き、勢いそのままに地面を貫通。
瞬く間に5つの亡骸が完成した。
「術を使うまでもないな。オイ、誰だか知らんが時間の無駄だ。早く姿を見せろ!!」
しかし返事は無い。
それからも松明が消えては壁画が発光しギミックが作動するという流れが繰り返された。
九鐘は動じる素振りも見せずに、それらを軽くあしらう。
蜘蛛の次は猿、次はハチドリ。
他にも巨人やらシャチのようなモンスターが現れたが、いずれも一撃で沈めた。
ちなみに、この場で倒したモンスターは30秒放置すると勝手に消える。
また、松明の炎が消えてから壁画が光るというサイクルは一分置きに発生しており、この一分の間にモンスターを倒せなければ何かしらのペナルティがあるのだろうと九鐘は考えた。
が、そのペナルティが未知数である以上、手早く始末していくのが最善手。
そんなこんなで最後の壁画が輝き、そこから現れたのは巨大な鳥型のモンスター。
鳥型モンスターは他のモンスターとは異なり、こちらに向かってくる様子はない。
それどころか警戒の色すら伺えた。
他のモンスターはプログラムされたみたいに機械的だったが、コイツには意志があるのかもしれないな。
九鐘は淡い希望を宿して語り掛ける。
「おい。お前には意志があるのか?」
刹那。
鳥型のモンスターは大きく嘴を開いた。
「語りかけることで起動するタイプのギミックか。他の奴らよりかは楽しめそうだが……」
大きく開かれた嘴。
その中心部に大量の魔力が集中し、凝縮され、赤光を放つ。
ギュィィイイイイイイイ――ッ!!
魔力は極限にまで圧縮され、超密度のエネルギーと化した。
これだけの魔力が発散されたとあらば、ダンジョン内のハンターに待つのは死、それだけだ。
なにせここはD難度ダンジョン。
ハンターのレベルもそれに近いものになる。
あの攻撃はこの空間を消し飛ばし、外部の草原エリアや砂浜エリアさえをも焼き尽くす。
「とはいえ、そうはならんのだろうが」
九鐘は背後の扉に目を向ける。
いつの間にか扉自体も青白い光を放っており、それは壁面にまで広がっている。
まるで空間を保護するバリアだ。
おそらくここは特別な場所なのだろう。
星が「導かれた」と言ったのもそれを加味してのことか。
「それにしても下策極まれりだな。俺相手に火力で挑むとは。いいだろう、身の程というものを教えてやる」
九鐘は素早く印を結び脳内で詠唱を完結させる。本来は言霊に乗せることで威力を増幅させるべきなのだが、その必要すらない。
この程度であれば簡易術式で対処可能だ。
略式――万焔!!
『ギャォオオオオオッッ!!!!!!』
巨大な鳥型モンスターが翼を翻すと同時、圧縮された魔力が解き放たれる。
莫大なエネルギーは九鐘の放った絶死の炎と拮抗――したかのように思われたのは僅か数瞬。
万焔は容赦なく魔力を呑み込み、焼き尽した。
たった数秒で高密度のエネルギーを押し返し、決壊の一部を破壊。壁面には鳥型モンスターの焼け焦げた跡だけが残されたのだった。
それを見て一言。
九鐘はポツリと呟いた。
「なんだ。こっちの方がよほど芸術的ではないか」
それから再び一分が経過した。
そしてついに九鐘の求めていたものが姿を現す。
フロアの中心部には、3つのホールが渦巻いている。
「……っ! 感じる。これだ、このオーラだ! しかし妙だな。俺が感じた圧は3つだった」
しかし、3つあるホールの内の1つからは何も感じない。ホールの先に更にもう1つホールがある、という事なのだろうか?
「とはいえ一体につき玉藻の1/3弱の力量……まぁ、多少は楽しめるか」
せめて一撃くらいは入れてほしいものだが。
やや気落ちした様子を見せながらも、九鐘は真ん中のホールに足を踏み入れる。
ホールの先には、先刻と同様の景色が広がっていた。
壁画の数も松明の数も同じ。
唯一異なる点は九鐘画伯による壁画が消失していること。
「なんだここは。まるで変り映えがないじゃないか」
と、その時。
何もしていないにも関わらず、突如として九鐘のステータス・ボードが開かれた。
目の前には霊力で強化したステータス表示されている。
「……?」
一瞬、ステータス画面にノイズが走った気がした。気のせいだろうかと思ったが、またもやノイズが。さらには謎の電子音まで。
ジジ、ジジジ……ジジッ。
そして九鐘のステータスが消えた。
霊力は感じられるので、消えたのはステータス・ボードに記された文字と数字だけか。
思考を纏めていると、今度はプツンッ、と画面が暗転。数回の明滅の後、明らかに意図を持った【文字列】が映し出された。
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ようこそお越し下さりました。
ここは現実世界から、そしてダンジョンからも隔絶された空間。
便宜的に【第三領域】とでも呼びましょうか。
まずは選別の儀の突破、おめでとうございます。
しかし先刻までの戦いはチュートリアルに過ぎません。
本番はこれからです。
真灯雪白……いえ、式白九鐘。
貴方が選んだのは【技の間】。
その名の通り、ここでは貴方の技を見せてもらいます。
厳しい試練にはなりますが、きっと貴方なら大丈夫。
それでは武運長久を祈っています。
汝に幸があらんことを――
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