第3話 運命の扉
それから約5時間。
九鐘は夢中になってモンスターと戦い続けた。
九鐘は走る。
草原エリアを、砂浜エリアを、洞窟エリアを。
他のハンターとバッティングし獲物の取り合いに発展しそうな時には即座に進路を変えた。
とにもかくにも戦いたい。
そんな九鐘に、話し合いなどという選択肢はハナから存在していなかった。
「フンッ!!!!!」
バキィ!!
『グギャッ!!』
ミニ・ゴブリンを。
「はぁああっ!!」
ボゴォッ!!
『ピキ―ッ!!』
水色のゼリー状モンスター、ミニ・スライムを。
「おおおおッ!!」
『ギャウン!!』
灰色の体毛に覆われた狼モンスター、ミニ・ウルフィを。
次から次へとモンスターを討伐していく。
時にダメージを受けながら。
時に攻撃を繰り出した手足が痛むことに歓喜しながら。
ただひたすらにダンジョンを駆け巡り、モンスターを屠り、そして気付く。
「はぁ、はぁ、はっ、はっ、はあっ…………。この戦い、互角とは言うには無理があるな」
陰陽師として最強に至るまでの間、九鐘は数多くの死線を潜ってきた。そして最強となった後も、狡猾な妖魔を確実に倒すべく常に頭を使って戦ってきた。
つまりは、踏んできた場数が違いすぎる。
「転生前の記憶、経験。これらを踏まえると、今の俺の実質的なレベルは25前後といったところか? これではDランクの力でE難度ダンジョンに潜っているようなものではないか」
九鐘は大きく息を吐いて、肩を落とした。
今日はこの辺りで幕引きとしよう。
ちょうど腹も減ってきた頃だ。
そんなことを考えながら帰路に就く。
その日の晩。
二人分の夕食を食卓に並べながら、妹の雪美が楽しそうに話しかけてきた。
「ねぇねぇお兄ちゃん。さっきパパと通話したんだけどね、もしかしたら今週末、帰ってこられるかもだって!」
「そうか。それは良かったな」
「うん! それに、ママまでついてくるかもって言うんだから、今からすごーく楽しみだよ!」
九鐘兼真灯雪白とその妹である雪美。
二人の両親はハンターとして活躍している。
父・銀二はギルド「フィアンマ」を立ち上げ、母・白瀬は専属の秘書として事務仕事を任されている。
構成員は1000名にも及び、ギルドランクはA。銀二と白瀬は夢のSランクを目指して日々ダンジョン攻略に勤しんでいる。
仕送りはあるが、実質のところ放任主義だ。
雪美は雪白の後を追って探索者育成学校に入学。将来の夢はギルド・フィアンマの一員として両親の手助けをすること。
雪美の笑顔を眺めながら、九鐘は雪白が抱く父への嫌悪を思い出した。
真灯雪白。
死の間際、この男の頭にあったのは雪美のことだけだ。
九鐘は夕食を終えた後、自室のベッドに寝転がった。それから天井に向けて手を伸ばして、何もない虚空を掴んだ。
最期の瞬間、雪白がそうしたように。
「身体を借りる礼だ。貴様の妹に火の粉が降りかかるようなことがあれば、この手で軒並み排除してやる。安らかに眠れ」
窓も扉も閉められている。
それなのに、どこからか優しい風が吹いた気がした。
明けて翌日。
九鐘は今日も今日とてダンジョンに潜っていた。
昨日と同じく、雪美の作った弁当もしっかりと持参している。
雪美の料理は異常なまでの完成度を誇っており、九鐘の胃袋は僅か1日で鷲掴みにされてしまった次第だ。
道中のダンジョン・ショップで体力回復ポーションも買ってきたし、準備は万端。
今日の九鐘はワイシャツにチノパン、そして荷物を詰めたショルダーバッグという出で立ち。正直慣れないが、戦闘への渇望が遥かに勝っていた。
九鐘はポキポキと骨を鳴らして、その場で軽いストレッチを済ませる。
「今日は夜まで付き合ってもらうぞ」
等間隔に並ぶ松明の火がふわりと揺れる。
それを皮切りに、九鐘は高台から飛び降り、ゴブリンの頭部に渾身のかかと落としをお見舞いした。
『グギャッッ!!』
「はっ、流石にD難度ダンジョンともなると別物だな」
弱点のハズの頭部が岩のように感じられた。九鐘は左足でゴブリンの背中を蹴飛ばして後方に飛び退き着地。
体勢を整え、拳を構える。
「貴様も構えろ。始めるぞ」
『グギギ、ゴブギャーーーーーッッ!!!!!』
今日のゴブリンは昨日とは違う。
見てくれは似ているが大きさが段違いだ。
九鐘と同じくらいの身長、つまり170はあるだろう。
こん棒も一回り以上大きい。
万が一アレが直撃すればタダでは済まない。
九鐘は細心の注意を払いながら、迫り来るゴブリンの攻撃を回避し、反撃の機会を伺う。
ブオンッ!!
ブン!!
「っっ、はあ!!」
ここだというタイミングを見計らい、上体を某SF映画のグラサンナイスガイのように反らす。
そして反撃。
回避に際して後方に仰け反らせた上体を起こし、勢いそのままに右ストレートを叩き込んでやると、ゴブリンは顔面を抑えて後退した。
『グブフッ!!』
ダメージを受けて酔っぱらいのように千鳥足のゴブリン。
好機を逃すまいと、九鐘は足払いを仕掛けた。
ゴブリンが仰向けに倒れる。九鐘は顔面目掛けて、馬乗りになる形で肘鉄を繰り出した。
ゴブリンの後頭部が地面に触れるが早いか。重力加速度が上乗せされた攻撃が直撃し、ゴシャッと鈍い音が響き渡った。
『ァ”、ア……ガア』
「勝負ありだな。さて、次を探すか」
その後も昨日と同じ要領でモンスターを狩り続ける九鐘。今度こそ互角の勝負を繰り広げることができて、心が青空のように澄み渡っていく。
楽しい。
楽しい!
楽しいッ!!
「ああ、やはりよいものだな。互角に戦り合えるというのは!」
気付いた時には、九鐘は一風変わった雰囲気の場所に立っていた。
洞窟エリアであることには違いない。
しかし他の場所と比べると随分と様変わりだ。
「なんだこの扉は」
目の前に巨大な両開き扉があった。
左右には松明が設置されていて、青い炎が燃えている。
明らかに異様だ。
それどころか、このエリアだけが切り取られたかのように円形になっていて、壁面を一周するように松明が並べられていた。
エリアを一周する松明に灯された炎は赤。
やはり扉の前だけがおかしい。
「引き返すなら今……とでも言いたげな雰囲気だな」
ふと扉に触れてみる。
すると、扉の奥から禍々しいオーラが漂ってきた。
「これは…………」
玉藻ほどではないが、相当な圧力だ。
妖魔の強さは主に「〜獄」で表記され、玉藻が最高位・第八獄に位置している。九鐘が感知した圧は妖魔換算で第五獄に匹敵し、その数は3つ。
直後、今までにない現象が起きた。
九鐘の働きかけが無いにも関わらず占星術が起動したのである。
九鐘は唖然とした表情で星の声を聞く。
――やはり呼ばれたか《・・・・・》、式白九鐘よ。忠告する。この先には進むな。
「どういうことだ。それに、なぜ急に……」
――再度忠告する。この先に進むことは推奨しない。時間の問題なのだ。直に適任者は現れる。式白九鐘が危険に身を投じる必要は無い。
「まるで意味が分からんぞ」
――余計な宿命を背負う必要など無いと言っている。それに、時が来ようとも式白九鐘一人だけならば生き延びることは可能。最悪の場合、霊界にでも赴けばよい。
星がここまでの自我を出すのは初めてだった。九鐘は驚いたが、内から湧き出る闘争心を抑えることなどできやしない。
「この先には強者がいる。この三匹の強さは合算すれば玉藻と同格。また戦える。また全力に近い力を出せる。この好機を逃すなど考えられないな――悪いが、俺は進む」
――やはりか。式白九鐘ならばそう言うと思っていた。いいだろう。覚悟があるというのであれば、これ以上の邪魔建てはしない。だが最後に言っておく。ここから先は修羅の道だぞ。
星の声を聞き、九鐘はニヤリと笑った。
「望むところだ」
ギィィイイイイ……。
九鐘はゆっくりと扉を押して、先に続く道を進んでいった。
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