第2話 初めてのダンジョン
と、その前に。
九鐘はささっと部屋に戻り、机を物色。
目当てのモノを見つけるとまじまじとそれを凝視した。
「ふん、悪くないな」
占星術を介して身体の持ち主――真灯雪白の記憶も知った。
雪白は探索者育成学園を卒業しており、卒業時点でのレベルは15。
記憶が流れてきたので顔立ちは知っているのだが、これから世話になる身体だ。
ぜひ一度、生で見ておきたかった。
髪は肩口まで伸びていて、色は白。
妹とは少し違いがあるが、目鼻立ちはスッキリしていて輪郭も細い線を引いたかのようにシャープ。
顔立ちを見れば分かる。
二人は兄弟、それは間違いない。
だがそれ以上に、中性的なこの見た目は前世の九鐘との相似点が異様に多い。まるで生き写しだ。
「星よ。これはどういうことだ?」
――彼、真灯雪白は式白九鐘の魂似体。故に、この肉体への転生が成された。魂似体でない肉体に転生すると拒絶反応が生じ、最悪の場合は死に至る。
「あー……今さら思い出した。そう言えばそうだったな」
九鐘は僅か7つで最強に至った。
故に死とはもっとも縁遠く、転生術の存在は知っていても深く学ぶ機会は少なかった。
そも、転生術の存在を知る陰陽師の数自体、五指で数えられる程度しか存在しないのだが。
「魂似体……術が使えるのもそのお陰か」
――ちなみに、真灯雪白は昨晩の時点で心臓発作により死亡している。寿命が尽きたのだ。だから其方の転生先として選ばれた。
「なるほど。大方の事情は分かった」
九鐘は術式を終了させ、再度部屋を後にする。
その際、押入れに目をやった。
あの中には日本刀や鉄の肘当て・膝当てが収納されている。雪白の装備だ。だが九鐘は、それらを装備する気にはならなかった。
階段を下りると、卵焼きとウィンナーの香りが漂ってきた。
九鐘は食卓に着いて朝食を済ませた後、何を成すべきかを考え、まずはステータスを確認することにした。
雪白の記憶でステータスの数値は知っている。問題は、それを霊力で強化した場合にどれほどまで上昇するのか……という点だ。
「詠唱はこうだったか? ステータス・オープン!」
右手を前方に突き出して唱えると、何も無かった空間に青白い半透明の板が出現。
――――――――――――――――――――
真灯雪白【式白九鐘】 Lv:15 男 18歳
HP70
MP50
【霊力999/999】
【霊力回復速度99/s】
攻撃力45
防御力45
魔法攻撃力50
魔法防御力50
素早さ57
職業:剣士【陰陽師】
スキル:未発現
※【】内は第三者には見えません。
――――――――――――――――――――
ハンターのランクはLv1~10でF、Lv11~20でE、Lv21~30でDと上がっていく。
現在の九鐘はEランクハンター中位の強さだ。
「始めるか」
九鐘は片手で印を結び、自身を結界で隔離した。
こうしなければ霊力を解放した際にこの家がどうなるか分からない。というかほぼ確実に消し飛ぶだろう。
「ふー」
全身に巡るエネルギーを爆発させるように。
鬱積した感情を発散するように。
それでいて静かで繊細な動作で針の穴に糸を通すように。
九鐘は巧みな霊力操作で自身に宿る全霊力を解放した。
オーラは湯気のように揺らめいて、蜃気楼を生じさせる。
ピシ――ッ!
早くも、結界の一部に亀裂が生じた。
長くは持たないな。
そう判断を下し、九鐘は素早く自身のステータスを上から順に確認していった。
――――――――――――――――――――
真灯雪白【式白九鐘】 Lv:15 男 18歳
HP70【+300】
MP50【+300】
【霊力0】
【霊力回復速度99/s】
攻撃力45【+300】
防御力45【+300】
魔法攻撃力50【+300】
魔法防御力50【+300】
素早さ57【+300】
職業:剣士【陰陽師】
スキル:未発現
※【】内は第三者には見えません。
――――――――――――――――――――
「…………フム」
思ったよりもヤバい数値になった。
平均ステータス300というのはSランクの中でもトップクラスのステータスだ。
Lvでいうと90前後。
「戦いを楽しみたいのであれば、あまり霊力を使うべきではないな。ところで星よ。なぜ俺のステータスは【】で隠されている?」
――ステータス・ボードは他人に見せることも可能だ。だが、見せたくないステータスはタップで隠すことができる。
「それは知っている。この身体の記憶が流れてきたからな」
――妖魔王・玉藻が討たれ50年。陰陽師だった者はみな天寿を全うした。結果、平安から続いた霊力というエネルギーが世界から消滅したのだ。しかし式白九鐘には、この時代には存在しないはずの霊力というエネルギーが宿されている。故にステータス・ボードに不具合が生じたのだ。
「なるほどな。しかし、全体強化でここまでステータスが上がるとは」
全身強化でこれならば、局所的な強化を行った場合にはどうなってしまうのだろうか?
九鐘はしばし考えて首を横に振った。
「それでは一方的な虐殺になってしまう。とても戦いと呼べる代物にはならないだろう」
とりあえず欲しい情報は得られた。
妹の雪美のお陰で空腹も満たされた。
となればやるべきは一つ。
「行くか、ダンジョン」
かくして九鐘は、ショルダーバッグを引っ提げて、実家近くに出現したホールにやってきた。
周囲には警備員が巡回しており、ホールは緑色のレーザーで四方を囲まれている。
「それにしても、人類はこの50年でしかと進化していたのだな。まさかスマホが雪白の趣味だったとは」
現在、世間一般に普及しているのはホロリングと呼ばれる代物。指に装着したリングのボタンを押すだけで空間に文字や画像が投影される。
今やスマホは、一部のコレクターにしか価値がない。当然だが通信機器としての機能もない。
雪白にとっては鑑賞用だが、大きなイベントがある日はスマホでアラームをセットしていた、と。
傷一つ無し。
画面も綺麗。
これなら相応の値段で売れるだろうが……。
九鐘は何気なく持ってきたスマホをじーと見つめた。
それから数秒後、溜め息を吐いてスマホをポケットに仕舞い込んだ。
昔から金銭にはさほどの魅力を感じないし、そもそも故人の持ち物を勝手に売り払ってしまうような趣味もない。
「そんなことよりダンジョンだ。ここはE難度。転生前とは違って互角の戦いができるだろう」
ただし霊力を使わなければ、だが。
九鐘は足早に歩を進め、受付の前に立つ。
「えー、ハンターの方でよろしいでしょうか?」
「ああ」
「では、ハンター・カードの掲示をお願いします」
九鐘は懐に手を入れかけて、あっと気付く。
今の九鐘はワイシャツにジーパンという服装。
朝からなんとなく違和感があったが、原因はここにあったのだ。
転生前では常に狩衣に身を包んでいた。烏帽子を被り、いくつもの札を懐に忍ばせる。
それが陰陽師の正装であり、陰陽師は正装でこそ霊力も術の威力も跳ね上がるのだ。
玉藻と戦う際には、事前準備として一週間以上もの瞑想まで行った。
長年かけて身に付いた癖というのはそう簡単には消えないらしい。
九鐘はジーパンのポケットから財布を取り出し、そこからハンター・カードを引き抜いた。
「はい、確認できました。ところでなんですが、装備の類は必要ないのですか? いくらE難度ダンジョンとはいえ、生身で挑むのは危険だと思いますが」
「構わない。武器ならある」
「なるほど。召喚系スキルをお持ちでしたか。これは失礼しました」
「召喚系スキル……まぁ、そんな感じだな」
「では、ご武運を~」
受付の女性がひらひらと手を振る。
九鐘は軽く会釈して、ホールの中へと足を踏み入れた。
#
「生身は危険、か」
陰陽師の召喚術、その基礎は式神の召喚だ。
そして式神の中には収納術を扱うモノもある。
玉藻との戦いで幾つもの式神を破壊されたが、収納を司る式神・広眼は未だ健在。
術を使える時点で、九鐘自体が超巨大な武器庫と同義なのだった。
「そもそも霊力を変形させて剣やら弓やらを作り出すってのは朝飯前だしな」
だが、それでは面白くない。
雪白は未だにF難度ダンジョンにしか潜ったことがないのだ。
「徒手空拳でどこまで通用するか……お手並み拝見だな」
九鐘は拳を打ち合わせて、期待を胸に大地を蹴る。
転生前と比べて随分と遅いが、それで構わない。この身体の持つ純粋な力のみで、九鐘はギュンギュンと草原を駆け抜けていく。
しばらく走ると緑色の小人が出現した。
身長は九鐘の腰くらいで、衣服はボロ布一枚。自身の頭より大きいこん棒を筋肉質な腕で握りしめている。
「ゴブリンか! 星よ、アレのレベルは?」
――対象を鑑定する。名称、ミニ・ゴブリン。レベルは13だ。
「不足無しっ!」
『ゴブッ!?』
「はぁあああっ!!」
まずは、右ストレートでぶっ飛ばす!!
ゴキャッ!!
『ゴブアァッ!!』
「ッッ! これは、中々に殴り応えがあるな!!」
陰陽師の戦いは式神の召喚や術の発動だけに留まらない。
霊力で全身を強化し、アスリートのような動きで徒手空拳。時には突きや蹴りによる衝撃波で地形が変わることもあった。
しかし、いつしか九鐘は強くなりすぎた。加減したつもりでも妖魔がプリンのように爆散してしまうのである。
最弱の式神・形代を出しても、式神は主の強さに共鳴して強くなるため、殆ど手加減にならなかった。
例えるならスライムがドラゴンを瞬殺するようなものだ。
「拳が痛い。俺の攻撃力とミニ・ゴブリンの防御力が拮抗しているというわけか」
ゴブリンを殴りながら、九鐘は玉藻との戦いの熱を思い出す。
『ゴブゥッ!!』
急襲を受けたミニ・ゴブリンが怒りに任せてこん棒を振るう。小さい体にしては大したスピードで、ミニ・ゴブリンの攻撃は九鐘の腹部をモロに直撃した。
「がっっ!」
殴られた。
最強の陰陽師と呼ばれた式白九鐘が。
痛い。息が苦しい。
そう思うと。
「はっ、はは。ははは、はははははっ!!」
『ゴブ?』
攻撃を受けたハズの敵が高笑いしている。不気味だと思ったのか、ミニ・ゴブリンは首を傾げながら、一歩退いた。
「逃げるでない。勝負は始まったばかり、そうだろう?」
九鐘は先刻よりさらに強く踏み込む。
ミニ・ゴブリンとの間合いが一気に縮む。
「ふっ!!」
バキィ!!
『グバアッ!!!』
渾身の右ストレートを受けたミニ・ゴブリンは思い切り吹き飛び、転がって、動かなくなった。
「もう終わりか。まぁいい。それなら他の奴に相手してもらうまでだ」
床に転がるゴブリンを尻目に、九鐘は次の獲物を求めて走り出した。




