第1話 陰陽師、ダンジョン溢れる異世界に転生す
20XX年、某日。
半ば更地と化した京の都にて、二つの存在が相対していた。
「いよいよ年貢の納め時だな。玉藻」
史上最強の陰陽師・式白九鐘は、眼前に膝を突く一匹の妖魔に、凍てついた眼光を向ける。
鋭利で引き裂くような、そんな目だ。
玉藻と呼ばれた妖魔は息をするのも儘ならない様子で、十二単を纏う女体には無数の傷跡が刻まれていた。
左腕部は肩から先が無く、右脇腹も空間ごと抉り取られたかのように消え失せていた。
頭部から角のように生えた獣耳も左側しか残っておらず、九つあった尻尾は残り三つにまで減っている。
『ハァ、ハァ……。よもや、ここまでとは』
雌雄は決した。
九鐘にはまだ霊力に余裕がある。
幾つもの式神を破壊されたが、まだ複数の式神が残っている。
最強の式神、天将・九毘羅もその一つだ。
勝敗を決する鐘の音はない。
代わりとでも言うかのように一陣の風が吹いて、腰元まで伸びている、九鐘の雪色の髪を舞い上げた。
何人もの仲間が散っていった。
多くの罪なき人々が殺された。
父も母も、物心つく前に殺されたと聞く。
だが、九鐘の口を突いて出たのは自分でも予想だにしない言葉だった。
「……楽しかった」
『…………は?』
「玉藻。貴様の愚行が許されることは決して無い。だが、幼い頃より修行に励み、鍛錬を重ね、あらゆる陰陽術を収め、齢7つにして最強と呼ばれ――それから今日に至るまでの20年……俺の人生は虚無そのものだった。だが俺は今日、限りなく全力に近い力を出せた。ここまでの力を出せたのは生まれて初めてだ」
『意味が分からぬ。ハァ、ハァ……。殺すなら、早く殺れ。見ての通リ……勝敗は決した。人間如きに祓われるのは気に入らんが、九鐘、お前になら……良い』
「そうだな。そろそろ終わらせるとしよう」
九鐘も無傷ではない。
片目は潰れ、肋骨は砕け、指の数本は曲がってはいけない方角を向いている。
しかし極度の興奮状態が続いたが故に痛みはない。
九鐘は右手を玉藻に翳し、静かに詠唱を始めた。
「陽術六式・波粒灰燼」
これは九鐘が独学で生み出した固有術式。
陰陽五行思想の理の、さらにその先を視た者にしか生み出すことのできない極技。
波も粒も。
物質を形成するあらゆるが、いま、無へと還される――!
淡い光が玉藻を包み込み、その身体が砂のように消滅していく。
『あぁ……なんと美しい術。しかし――フッ、フフ、フフフフフフフ。人間とは熟づく難儀なものよ。何故、そんな顔をする?』
問われて、九鐘はハッとした。
今、自分はどんな顔をしているのだろうか?
いや、そんなことはどうでもいい。
永きに渡る妖魔もの戦いもこれが最後。
これで全てが終わるのだ。
『世界最強の陰陽師よ。そんなに楽しかったか? 私との戦い……が。そんなに嫌か。我らが、滅ぶのが」
妖魔の王・玉藻。
あらゆる妖魔の始祖にして、妖魔を生み出す力を持つ。
玉藻が死ねば他の妖魔も全て死ぬ。
それは世界が平和になることを意味する。
そのために今日まで戦い続けてきた。
だからこれでいい。
九鐘は己に言い聞かせ、玉藻を睨む。
「今さら命乞いをしても無駄だ。術は始動した。お前は死ぬ」
『この期に及んで、取り繕うか……』
直後、玉藻の全身からとてつもない妖力が発せられる。その妖力も波粒灰燼によって放出と同時に消えていくが……。
しかしそれでも、玉藻の手の内で光る球体が形成されていくのを九鐘は見た。九鐘は感嘆の息を漏らし、驚きに目を見張る。
「まさか、まだこれ程の力を残していたとは……!」
『いざという時に備え……温存していた、力。だが、この傷では無意味。逃げたとて助からぬ。黄泉の手向だ、貴様にくれてやる。これは【転生玉】と呼ばれる代物だ』
かふっ、と血反吐を吐きながら。
それでも玉藻は九鐘を見上げ、敗者とは思えぬような笑みを浮かべてみせた。
『ゼェ、ハァ……。精々、楽しむことだ。だが断言しよう。私には未来が視えている。楽しいなどと言ってられるのは、最初、だけ。貴様では、奴らには…………』
#
玉藻の完全消失を確認した九鐘は、焼け焦げた地表の上に光る物体を見た。
それは黄金の輝きを放っており、大きさは親指と人差し指で摘まめる程度。九鐘は拾い上げ、まじまじと見やる。
「テンセイギョク? 転生術なら知っているが――」
呟くや否や、九鐘の視界は白一色に染め上げられた。
ぐっ、く……なんだこの尋常でない妖力は!
まさか玉藻のヤツ、道連れを狙って……!?
九鐘は知っていた。
戦闘において最も危険な瞬間、それは勝利を確信したときだと。
分かっていた。
分かってはいたが、さしもの九鐘と言えど人間。
妖魔の始祖が消滅するのを見て、ほんの数瞬ではあるが気が緩んでしまった。
「弁明の余地なし、だな」
九鐘は光に包まれながら半ば達観にも似た心情に至っていた。
最後の最後で油断してしまった。
これで妖魔との戦いが終わった、と。
「まぁ、最期にこれだけ力を出せたのだ。俺の人生としては、及第点だろう……」
やがて九鐘は、重しのように圧し掛かる眠気に身を委ね、その意識を手放した。
#
どこからか音が聞こえる。
ピピピ……という甲高い機械のような音だ。
「うぅ……」
音は何度も繰り返され、その度にイライラが募る。一分弱(体感)が経過して、痺れを切らした九鐘は目を覚ました。
「…………は?」
目覚めると同時に、九鐘は激しい混乱に見舞われた。
「ここは、どこだ?」
一瞬、胸中に焦燥が走る。
だがすぐに冷静さを取り戻した。
四角くて小ぢんまりとした一人用の部屋。
九鐘は今、壁に密着するように配置されたベッドの上で半身を起こしている。
首を左に向ければ窓。
正面には木製のドア。
他にも机や本棚、襖も見える。
枕元に視線を落とすと、そこには充電器に繋がれたスマホが置いてあった。
「喧しい音の正体はコイツか」
九鐘はスマホを手に取ってパスコードを入力する。
【パスコードが間違っています】
「……ならば顔か?」
次いで顔認証を行うと、ホーム画面が開く。
九鐘には今の状況に心当たりがあった。
テンセイギョク。
玉藻の言葉を思い出したからだ。
なので真っ先に日付を確認した。
「なるほど。玉藻の遺した宝玉は俺を攻撃するためのものではなく、転生させるためのものだったのだな。まさか妖魔も転生の術を使えたとは」
いや、違うな。
転生術は生身の肉体を持つモノにしか使えない。
対して妖魔は妖力の集合体。
悪しき魂に妖力という煙を纏っているようなモノ。術自体は使えても、その恩恵を受けることは不可能。
「おそらく戦闘で不利に陥った際、隙を見て俺に使う腹積もりだったのだろう。しかし驚いた。まさかアレから50年も経っているとは。だが、50年も経ったのに未だにコイツ《スマホ》が主流なのか? 人間の進化とは想像よりも遅いのだな……」
などと考えていると、ドタドタと階段を上がってくる音が。
そしていきなりドアが開かれると「お兄ちゃん!!」と叫ばれた。
目の前には可愛らしい少女の姿が。
髪は黒で、毛先に向けてグラデーションをかけて白みを帯びていく。目はビー玉のように丸く、瞼は二重。
オーバーサイズの水色パーカーを羽織っていて、インナーは制服。
これから学校にでも行くのだろうか?
そんな格好である。
九鐘に妹はいない――というか家族はいない。 物心つく前に妖魔の手で皆殺しにされたからだ。だからお兄ちゃんなどと呼ばれてもピンと来ない。
九鐘はぼーっとした様子で推定妹を見やった。
「なに黙ってんの? 早くしないと遅れちゃうよ。昨日あんなに楽しみにしてたのに、寝坊するなんてバカみたい。修学旅行前の小学生か!」
「ふむ。今日は何か用事でもあるのか?」
「は? 何言ってんの?」
「悪い、どうやら寝惚けてるみたいだ」
「はー。お兄ちゃん、絶対ギリギリまで夜更かししてたでしょ。気持ちは分からなくもないけど。まったく、そんなんで大丈夫? 今日から探索者になってダンジョンを攻略するんでしょ? そんな寝惚けた状態でモンスターと戦えるの?」
「ダンジョン…………あっ、ああ、そうだったな。お前の言う通りだ。あまりにも楽しみすぎて、夜更かしをしてしまった」
「まったく、しっかりしてよね。あ、朝ご飯とお昼ご飯はもう出来てるから。お昼は冷蔵庫の中ね。私、ちゃんと起こしたから! 二度寝とかしないようにね。それじゃ、行ってきます!」
「行ってきますとは、どこに?」
「は? お兄ちゃん、本当にどうしちゃったの? ほら、この格好見れば分かるでしょ。学校だよ学校。とにかく私はちゃんと起こしてあげたしご飯も用意したからね、バイバイ!」
バタンッ!!
「……なんというか、随分とエネルギッシュな娘だな」
しかしダンジョンか。
転生前――50年前の世界にはそんなものは無かった。
小説や漫画、アニメといった世界には存在していたが――どうやら50年で、空想は現実のものとなったらしい。
「とりあえず、現状を正確に把握しておく必要があるな。まずは陰陽術が使えるのかどうか、それを確認しなければ」
九鐘は大きく深呼吸してから、全身に血が巡るイメージで霊力を巡らせる。
これで特に変化を感じられなければ、この体には霊力が流れていないということだ。それは即ち、長年かけて会得してきた陰陽術の消失を意味するが。
「フッ。まずは一安心といったところか」
幸い、霊力の総量・操作性に特筆すべき変化はない。
次は式神を召喚してみることにした。
あまり大きいのモノを召喚すると部屋が崩壊しかねないので、最小サイズの形代を召喚することにした。
「式白九鐘が名において命ずる。形代よ。汝その姿を顕現し、我が意の思うがままとなり給へ」
詠唱から数秒。
頭の中に語りかける声があった。
柔らかくて高く、しかしやや抑揚に欠ける声。
間違いない、これは形代のモノだ。
――我が【主】よ。御身に仕えし一枚として、如何様な所望にも……。
「なに、少し術の確認をしたかったまでだ。特に用はない、戻れ」
――畏まりました。
霊力、問題なし。
術の発動も正常に行える。
となれば成すべきは一つ。
占星術――本来は未来を占うための術だ。
しかし九鐘は極限にまで昇華させ、過去・現在・未来の情報を得ることができる。
とはいえ、与えられる情報の精度は現在から離れるにつれて曖昧なものになっていくのだが。
「星よ。汝、我が問いに応え給へ」
九鐘は人差し指と中指を立てて、空に向けて五芒星を切った。
それから数分。
九鐘は現状を理解した。
「玉藻のヤツ、何を企んでいる。まさか妖魔のクセに善行でもしたつもりか? はっ、まさかな。とはいえ、一応の感謝はしておいてやろう」
ダンジョン溢れる現代社会。
人類は進化し、ステータスやスキルを獲得。
モンスターを討伐する探索者という職業が誕生した。
そしてダンジョンを攻略すると、報酬として富・地位・名誉が手に入る。
世界は一変した。
この世界には玉藻にも引けを取らないレベルのモンスターがいる。玉藻にも引けを取らないレベルのハンターがいる。
「どうやら俺は、まだまだ楽しむことができるらしい……」
嬉しそうに笑いながら、九鐘は手早く身支度を済ませて自室を後にした。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
面白い、続きが気になる、期待できそうと思って頂けた方には是非、ページ↓部分の☆☆☆☆☆で評価してほしいです。☆の数は1つでも嬉しいです!そしてブックマークなどもして頂けるとモチベーションの向上にも繋がりますので、なにとぞ応援よろしくお願いします!!




