虹の瞳の女の子
「ぴぇ……こ、ここがステラティア学園……!」
フィービーが、固唾を飲み込む。
無理もない。
表には出してないだけで、私だって、初めて降り立つ王都の景色に、そして、大勢の受験生たちを前に、少し緊張しているのだから。
山賊騒動から数ヶ月、マイヤー辺境伯から追加で贈られてきた、他所行きの服を着て、私たちは今、夢にまで見ていたステラティア学園の前にいる。
高そうな服を着て、きっと特注なのであろう魔法杖を持った受験生の数は圧倒的で、数えるのも難しいぐらいだった。
でも、皆ぴりぴりとした、少し殺気立ってさえいる緊張の匂いを漂わせていた。
「うん、フィービー。一緒に合格して、『七星学徒』を目指そうね!」
「ぴぇ……お姉ちゃんがくれたせっかくの機会だもんね……が、頑張らないとっ!」
私は、フィービーの両手を包み込んで、笑顔を向ける。
本当のことをいえば、自分の両手ですら緊張に震えているけど。
フィービーが緊張で実力を発揮できなかったら、もったいないもんね。私の妹は、魔女になれるかもしれない自慢の妹なんだもん。
優しくフィービーの空色をした髪を撫でて、私は何度も、大丈夫、と──自分にも言い聞かせるように、囁きかけた。
「『七星学徒』だと? はははは! どこの家の出かもわからないお前たちが? おいおい、笑わせるのも大概にしてくれよ!」
「ダメだよケイン、本当のことを言っちゃあ……! どうせロクな家の出じゃないんだからさ!」
「大方田舎貴族が奨学金を夢見てやってきたってとこですぜケインさん! 身の程と格の違いを教えてやりましょう!」
なに、こいつら。
気づけば私たちを取り囲んでいた三人組から、他人を小馬鹿にするときの嫌な余裕を嗅ぎ取った私は、フィービーの盾になるように、一歩前に歩み出る。
初対面なのにもかかわらず、人の夢をバカにしてくるだなんて、印象悪いし素直にムカついた。
「誰? あなたたち。私たちは本気で『七星学徒』を目指してるんだけど」
「身の程知らずめ、この俺の顔を見てもどこの誰かわからないだなんて、さては相当な田舎者だな? おいコーザ、カルス、教えてやれ」
ケインと呼ばれていた男の子は、傍に控えさせていた背が高くて痩せぎすな方──多分こっちがコーザなのだろう──と、小太りな方、推定カルスに命令を出す。
「フン、ケインのことも知らない田舎者に僕が教えてやろう。ケインはね、マイセッカ男爵家の長男にして、この歳でなんと『三重属性』の魔法を使える天才なのさ」
「『七星学徒』になるのはケインさんをおいて他にはいないっす! 流石っす、ケインさん!」
コーザとカルスは得意げに胸を張っているケインを太鼓持ちして、褒め称えた。
ふーん、三つの属性かぁ。
それなら、フィービーだって二つは覚えているし、大して変わらないじゃない。
そんな瑣末なことをさも自慢げに話してくるだなんて、それこそお家の格というものが知れるだろうに。
でも、舐められたままでいるのは性に合わない。
私はケインを睨みつけて、小さく息を吸い込んだ。
「だからなに? フィービーだって二つ……いや、基本的なことでよければ三つは普通に覚えてるわよ」
「嘘をつけ、田舎者め。その歳で『二重属性』だなんて、『魔導の祝福』を持つこの俺ほどの『希少天与』持ちでなきゃ、そうそういてたまるものか。それにさっきから妹のことは持ち上げているようだけどな、お前はどこの誰だ、田舎者? ここにいるということは魔法の腕に覚えはあるんだろうなあ?」
ねちねちと詰め寄ってくるケインの姿に、前世の嫌なモラハラ上司を重ねて、思わず渋い顔になってしまう。
「使えないけど」
「は?」
「私はまだ魔法を使えない。でも、いつか、フィービーと一緒に、魔女になる」
「お姉ちゃん……」
それでも、奥歯に力を入れて私は精一杯にケインを睨みつけ、言い放った。
「は、はははは! おい、聞いたか? コーザ、カルス!」
「聞いたよケイン。ま、魔法が使えないだって!? それじゃあ道理でどこの家の出かもわからないはずだ! 『二重属性』なんて大嘘もいいところだ!」
「つまりこいつらは卑しい庶民! 庶民が嘘をついてまでステラティア学園の門を叩こうだなんて、恥知らずもいいところっすよ!」
『はははははは!!!!』
よし、一回ボコろう。
私はともかくフィービーをバカにした報いはしっかりと受けてもらわなきゃ気が済まない。
腰に吊り下げている木剣へと手をかけ、殺しはしないけど気絶ぐらいはしてもらおうと頭に血が上ったときだった。
「そう? 本当に恥を知るべきはあなたたちだと思うんだけどな、あたし」
ケインの嘲笑が他の受験生にも伝播して、くすくすと嫌な笑い声が聞こえてくる中で、一人の女の子が海を割るように歩み出てくる。
まるで、宝飾品や美術品が意思を持って動いているかのように、可憐という言葉が似つかわしい──ううん、そんな言葉でも足りないぐらいに可愛らしい子だった。
銀糸で作られたようなロングヘアには癖一つない。ついつい、全体的な美貌に目を奪われそうになるけれど、なによりも私の視線を惹きつけてやまなかったのは。
「ちっ……『虹の瞳の』リーヴェ・アルモント……!」
「ふーん、あたしのことは知ってるんだ」
「あ、あわわ……バケモノっすよケインさん!」
「アルモント侯爵家の令嬢で、この歳にして『六重属性』に目覚めた、今、世界で最も魔女に近い女……!」
ケインが口に出した通り、リーヴェさんというらしい女の子の瞳は、まるで万華鏡のように見る角度によって色を変える、七色の宝石だった。
──美しい。
この世のものとは思えない、天の星を細工してそのまま形作ったような目に、私は思わず見入ってしまっていた。
「今最も魔女に近いとか言われてるからって調子に乗るなよ、『七星学徒』になるのはこの俺だ!」
「ふーん? 庶民の子をいじめて、下品に笑って、調子に乗ってたのは、あなたたちだと思うけど?」
「……ちっ、覚えてろ! おい、コーザ、カルス、行くぞ!」
ケインは二人を引き連れて、ドカドカと品のない足取りで私たちの前から去っていった。
リーヴェさんは、もしかして私たちのことを助けてくれたんだろうか。
だとしたら、お礼を言わなきゃ。
「ありがとうございます、ええと……」
「リーヴェでいいわ。それに気にしないで。あたしはね、あたしの前に立ちはだかる人は全員、平等にライバルだと思ってるから」
「はい?」
「つまりあなたたちもあたしの敵! 平民も貴族も関係ない! だから、ちょっと塩は送ったかもしれないけど、別に助けたわけじゃないわ!」
「は、はあ……」
「ぴぇ……」
よくわからないリーヴェの理屈に、私とフィービーは顔を見合わせて、困惑することしかできなかった。
「そしてステラティア学園の扉を叩くなら、覚えておきなさい。このリーヴェ・アルモントの名前を! これから魔導の頂に立つ、未来の魔女の名前をね!」
よくわからないけど、自信満々だ。
魔導の頂──今の魔法社会を作り出した「始祖の魔女」サイェアが掲げていた、「魔女が人生をかけてでもたどり着くべき場所」を、リーヴェはもう見据えている。
流石は、魔女に一番近い女の子、ってとこかな。
うん。
なら、私たちも負けられないわね。
「私はシャルローネ・アクシアだよ、よろしくね!」
「ふぃ、フィービーは、フィービー・アクシアですっ!」
「このあたしを前に名乗り返してくるなんて、気に入ったわ! シャルローネとフィービー、記憶の片隅に留めておくわね!」
きっとあの子は、言葉通り、私たちを助けたわけじゃないんだなぁ。
リーヴェから見れば、あの諍いを仲裁したのは、道を歩いていたら邪魔な小石があったからどかした、ぐらいの話だったのだ。
優雅に踵を返して去っていったリーヴェの──いつか超えるべき背中を見つめながら、私はぐっ、と拳を固めるのだった。
メインヒロインようやく登場




