山賊を退治しよう!
私がアクシア家に迎え入れてもらって、五年の月日が経った。
その間に、私は自警団や狩人の一員としてお父さんの背中を追いかけつつ、魔法の勉強を進め、お母さんやフィービーから手解きを受ける日々を送っていた……んだけど、残念なことに、私は魔法が全然上手く使えないままだ。
フィービーはめきめきと魔法の腕を上げて、水魔法だけでなく、水を応用した氷魔法や、風の魔法まで身につけて、冗談抜きにこれは「七星学徒」入りも夢じゃないんじゃないかという魔女見習いになっていた。
うーん、義理とはいえ、姉としてとっても誇らしい。
嫉妬とかは自然と湧かなかった。
むしろ、フィービーが新しい魔法を覚える度に、私も嬉しくなって、とうとう体を動かさずにはいられなくなったりして、意味もなく剣を素振りしてたっけ。
かつてのお父様から預けられた鋼の剣は、子供には危険だからと、家の暖炉にかけられていて、今私が持たされているのは、子供用に作られた木剣だ。
片手でも両手でも扱える、いわゆるバスタードソードを想定して作られた木剣を持たされたのは、私の要望からだった。
使いづらいぞ、と、木剣を作ってくれた、大工のオルソンさんからは言われたけれど、普段は片手で扱えて、いざというときは両手で渾身の一撃を放てる万能さに、私は強く惹きつけられたのだ。
来年には、十二歳を迎えて、自警団の一員として認められて、本物の剣を授かれる。
……本当は魔女として杖を授かりたかったけど、私の才能が、迎え入れてくれたこの村を守ることに役立つなら、それは幸せなことだ。
十二歳になったら、ステラティア学園の入学試験も受けられるけど……フィービーはともかく、私は受からないだろうなあ。
まあ、でも焦ったりなんかしない。
いつか、必ず私は魔女の頂に辿り着く。
それまでは、どれだけ時間をかけたっていいのだ。
木剣を腰に佩いて、鉄の胸当てと腰を覆うスカートアーマーを装備した私は、自警団見習いとして、ニーアの村を白昼堂々、ふらふらと歩いていた。
特に事件らしい事件もなく、私以降に迷い人が訪れることこそ何度かあったけど、定住はせずに去っていって。
今日も村は、パンの焼けるいい匂いと、家畜の鳴き声と風の歌声に満ち溢れていた。
「牧歌的って、こういうことを言うんだろうなあ」
これじゃあ別に、魔女にならなくたってスローライフが送れてしまうじゃないか。
幸せなんだか、そうでないんだかわからなくて複雑な顔をする他になかった私は、凝り固まった身体をほぐすように大きく伸びをする。
うーん、そよ風が心地いい。パンの焼ける匂い、畑の土の香り、そして、微かに混ざる、鉄の匂い。
──鉄の、匂い?
「おや、どうしたねシャルローネ。急に怖い顔して」
「アンヘルおばあちゃん、今すぐ村の鐘を鳴らして! なんだかすっごく嫌な匂いがした!」
「……っ、わかったよぉ、あんたの鼻は特別利くからねぇ! おーい、皆! 緊急事態だよ!」
村に設けられた見張り台の近くで小麦を刈り取っていたおばあちゃんに、鐘を鳴らすよう言伝を残して、私は鉄の匂いがした風上へと走り出した。
この辺りでは珍しい金気。
それが鉄分に──血液に由来するものだとしても、純粋な鉄の道具の匂いだとしても、いずれにしたって碌なものじゃない!
「急げー! 女子供や戦えないやつは今すぐ家に入って戸を閉めろ! 反対側に行った自警団を呼び戻すんだ!」
「シャルローネの鼻が嫌な匂いを嗅ぎ取ったってよ! あいつの小さい鼻はよく利くからな!」
「おい、シャルローネの姿が見えないぞ!? まさか、あいつ!?」
そのまさかだ。
今の今まで私は自分が押し付けられた「剣聖」スキルをただの不燃ゴミだと思っていたけど、村を守るためなら不燃ゴミどころか十全に役に立つことを知った。
だから、推定敵に対して陽動を仕掛けて、可能であれば殲滅する。
「ちっ、気づかれたか……まあいい、どの道この村からありったけを奪って火ぃ点けるつもりだったんだ、野郎ども、殺せ!」
『応!』
案の定とでもいうべきか、木立ちに隠れて私たちの隙を伺っていたのは、鉄と革を合わせて作られた鎧に身を包んだ山賊だった。
片手斧や両手斧にカトラスといった定番の装備だけではなく、中にはフルプレートメイルにロングソードを装備した、明らかに訓練を受けたのだとわかる騎士装の人物もいる。
……もしかして、この山賊たち、結構根深い問題を持ち込んできた?
「ううん、今は関係ない……私が、全部倒すんだから!」
「ほざけぇ!」
真っ先に向かってきた相手の数は大体五人。
後ろに控えてる騎士装の山賊が二人。
よかった──この程度なら、十分に足りるから。
私は木剣を腰だめに構えて、精神を集中するために一瞬だけ目を伏せた。
「今更神にお祈りかぁ!? 悪りぃが俺たちに刃向かうってんなら、痛い目見てもらうぜ、嬢ちゃん!」
「──『空刃閃』!」
『な、なんだ!? ぐあああああっ!』
「私は人は殺さないよ! 悪いけど、お父さんたちが来るまでそこで寝てて!」
山賊たちを、文字通り超高速で木剣を振り抜いたことで発生したソニックブームで薙ぎ倒して、私は騎士装の二人を逃さないために肉薄する。
「ちっ、こいつすばしっこいぞ!」
「どの道俺たちの姿も見られたんだ、殺すしかない!」
「騎士が……貴族が、山賊に加担するなんて……恥を知りなさい!」
「うるせえ! 今や騎士なんてそこらの石ころと同じようなもんだ! だったら……少しでもいい思いしたいのが人間ってもんだよなぁ!?」
……そうだ。
騎士階級は、確かに貴族かもしれないけど、今や「魔法も使えない、野蛮な名ばかり貴族」という扱いを受けている。
でも、だからといって! 誰かから大切なものを奪っていい道理なんてどこにもない!
「お前の剣は見切った! ガキのくせにちっとはやるみてぇだが、訓練受けた大人の騎士が二人で挟み撃ちにすりゃ大したことは──」
「『飄風閃』!」
「なッ──!?」
鉄の鎧を凹ませるほどの空圧を発生させる薙ぎ払いを放って、私は騎士装の男たちを一撃で気絶させた。
フルプレートメイルがなんだ。
木剣しか武器がなくたって、今の私には村を守るための「剣聖」スキルがあるんだから、どうってことない。
「シャルローネ、無事か!?」
「お父さん! うん、全部倒したよ」
「まさか、その木剣で完全武装の山賊たちを……?」
「大したことなくて助かった。それじゃ、この人たちを官憲さんに引き渡してあげないとね」
「はは……我が娘ながら、本当に大きく、逞しく育ったなあ、シャルローネ」
お父さんの大きな手が、私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
ちょっとくすぐったいけど、心地いい。
フィービーにも心配をかけたかもしれないし、後で家に帰ったらちゃんと無事だったよって、教えてあげないとね。
──なんて、呑気に構えていたら。
「おお、怪しいからとやつらの後を尾行してきたら……まさか、山賊たちとつるんでいたとは……いや、それだけではないか……」
神妙な面持ちをした、壮年の男性が目に映る。
え、えっと。
なにやらとんでもないことになりそうな匂いが、ストレスの臭いが、つんと鼻の奥を突き抜けていった。
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