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見習い魔女フィービー

「ぴぇ……フィービーにお姉ちゃんができるんですか……」


 びっくりした後も私のことを警戒した様子で、フィービーちゃんは柱の影に隠れていた。

 泣き虫な子だとは事前にお母さんから聞かされていたから驚きはしなかったけど、結構……というかめちゃくちゃ内気な子なんだなあ。

 私としてはぜひ仲良くしたいけど。


「うん。私はシャルローネ。これからよろしくね?」

「ぴぇ……」


 び、微妙に距離を感じる。

 フィービーちゃんは、明らかに一歩離れたところにいようとしている。

 いや、確かに今まで送ってきた生活の中で、突然お姉ちゃんができるよ、なんてことを言われたら、びっくりするなんてものじゃないだろうから仕方ないんだけど。


「こら、フィービー。あんまりシャルローネを避けるんじゃない」

「で、でもお父様……この人、怖いです」

「怖い? どこがかしら。聞かせてちょうだい?」


 フィービーちゃんをお父さんが小さく咎めて、お母さんが主張を確かめる。

 手慣れた様子だった。

 お父さんとお母さんが、夫婦として長いことやってきた証だろう。


「しゃ、シャルローネ……お姉ちゃん、血まみれで剣を持ってるから……」

「ああ……」


 そういえばそうだった。森の中でジャイアントグリズリーなる巨大な魔物を一刀両断してから、私は着の身着のままここにきたんだった。

 いきなり返り血を浴びて、大人用の剣を背負っている私を見たら、内気な子ならそれはびっくりすることだろう。

 人を殺してきた帰りだと疑われてもおかしくはない。


「フィービー、シャルローネはな、この歳でジャイアントグリズリーを、森の主を剣で両断したんだ」

「ぴぇ……えぇっ!?」

「信じられないのも無理はないわよね。ジャイアントグリズリーなんて、凄腕の魔術師か、狩人でもなければ倒せないもの」

「えぇ、と……シャルローネお姉ちゃんは、剣で? ジャイアントグリズリーを? ま、まるで絵本の中で見た勇者様みたいです!」


 お父さんとお母さんにことのあらましを聞かされると、今まで動揺してたのが一転して、フィービーちゃんはキラキラと目を輝かせた。

 勇者。勇者かぁ。

 私もヴァルモニカ家にいた頃、冒険譚を読んだことがある。


 昔々の大昔、まだこの世界に「冒険者」という職業があった未開の時代、世界を覆い尽くした闇を払った、伝説の勇者様と聖女様のお話。

 勇者様は剣で勇敢に戦って、世界を救った。

 だけど、救われた世界から剣の居場所はなくなってしまって、魔法が代わりに全てを支配するようになったわけで。


 だから私も魔女になって悠々自適なスローライフがしたかったのに、あの女神様め。

 そりゃ魔法が発達していて剣術が時代遅れになった時代なら、どんなに強そうな字面で、実際に六歳ぽっちの子供が大人よりも遥かにデカい熊を一刀両断できてもろくに評価されないよねえ!

 強そうなスキルなのに、売れ残るのも納得だった。


「あはは、そんなことないよ……私、実は、魔法使いになりたかったんだけど、そっちの才能は全然なくて。フィービーちゃんは、魔法を勉強してるんでしょ?」

「はっ、はい! フィービーは水の魔法が得意なんです!」

「それって、お風呂沸かしたりとか? なにもないところから水を出したりとか?」

「そうです! そんな感じでっ! あのっ、フィービーはまだ見習いかもしれないですけどっ……い、いつかはステラティア学園に通って、立派な魔女になるんですっ!」


 ステラティア学園。

 フィービーちゃんが口に出した名前は、当然私も知っていた。

 魔法の素養と、この世界で「強く」生きていくための資質を磨くために門戸が開かれている、実力主義の学園。


 だけど、そこに通うには厳しい入試と、膨大な学費を払わなければいけないから、事実上は貴族の門弟でなければ入ることは叶わない、狭き門なのだ。

 一応、入学試験の中で成績上位の七人は、特待生──古事に倣う形で「七星学徒(セブンステラ)」と呼ばれて、学費や諸々の経費が免除されるという抜け道はある。

 でも、ただでさえ難しい入試の中で上位七名に入らなきゃいけないから、とても庶民が狙える手段として、現実的とはいえなかった。


「じゃあ、フィービーちゃんはセブンステラを目指しているんだ」

「も、もちろんですっ、フィービーはすごい魔女になれるって、お母様に褒めてもらいましたから! えへへ」


 ……そうだよね。

 いかに現実的な手段じゃないとしても、新しくできた義妹の夢を応援してあげなくちゃ、義姉失格だ。

 それに、私だって魔女になるという夢を諦めたわけじゃない。この時代には不要な剣の才能しかなくたって、絶対立派な魔女になってみせるんだから。


「うん! フィービーなら絶対なれるよ! だから、私も……魔法を頑張る! わからないところは教えてね、フィービー!」

「はい、お姉ちゃん!」


 さっきまで怖がられていたのが嘘のように、フィービーは私の手を取って、力強く「お姉ちゃん」と呼んでくれた。

 あっ、でもこれじゃフィービーの手に返り血がついちゃったかも。

 案の定、ぬとっとした感触が伝わってきて、フィービーも私も、互いに顔を顰めてしまった。


「ぴぇ……お風呂入らないとです、お姉ちゃん」

「うん、そうだね……お父さん、お母さん。お風呂に入っていい?」

「もちろんだとも。フィービー、お風呂を沸かしてあげなさい」

「あらあら、それじゃあ私はシャルローネに合う下着とお洋服を探してこないとね、ふふっ」


 些細な失敗はありながらも、私とフィービー……そして、お父さんとお母さんとの顔合わせは成功だったといえた。

 その後は、フィービーが水魔法を使って風呂桶に水を汲んだり沸かしたりするのを近くで見学して、術式を勉強させてもらったり、一緒にお風呂に入ったりして、私のアクシア家で迎えた最初の日は終わった。

 部屋も着替えも、あたたかい食べ物も用意してもらっただけでなく、私なんかを家族として迎え入れてくれたお父さんとお母さん、そしてフィービーには頭が上がらない。


 うん。絶対に頑張らなきゃ。

 私もフィービーと一緒に「七星学徒(セブンステラ)」に選ばれて、絶対に立派な魔女になって、お父さんとお母さんに恩返しするんだ。

 そして、魔法の才能がないからと見限ってきたかつてのお父様に、見せつけてやるんだ。私だって、頑張れば魔女になれるんだってことを。

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