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ラクィラはご立腹

 どうやら私が先生との決闘を終えてから気絶してしまったのは、十分な時間、リーヴェとキスをしていなかったからだとは、本人から聞かされたことだった。

 曰く、私の魔力量はあまりにも膨大で、完全に因子を定着させるにはもっと長く、濃密な粘膜接触が必要らしい。

 ……それって、もしかしなくてもいかがわしいことなのでは。


「うーん……」

「お姉ちゃん、どうしたんですか……?」

「えっとね、不純異性交遊は不純だけど、同姓だったらどこまでが不純なのか考えてた」

「……?」


 私の一歩後ろを歩いていたフィービーの問いかけに答えては見たけれど、案の定我が妹は小首を傾げ、頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。

 うーん、可愛い。

 流石はフィービー、私の妹だ……じゃなくて。


 完全に気絶してたのと起き抜けだったから覚えてなかっただけで、私、フィービーにもキスしてもらったらしいからなあ。

 なんか色々、こう、流石に罪悪感があるというか。

 でも、フィービーから分けてもらった魔力因子は、翌日にはもう蒸発してしまっていて、今も若干身体が重く感じてしまっている。


 そのうち、自分から誰かに、それこそリーヴェやフィービーにキスを求めにいってしまうんじゃないかと思うと、少し怖いところがある。

 ラクィラは、教会と連盟──「魔導の頂」を目指す女性の中でも、特に優れた「魔女」と認められた人しか加入できない、「魔女連盟ヴァルプルギス」はそういうことに抵抗はないっていってたけど。

 私が気にしすぎなだけといえばそれまでなんだろう。


 だけど、恋愛感情を抜きにして──本来そこにあるべき積み上げをカットして、私が魔法を使うためだけにキスを求めるのは、なんだか違う気がして、もやもやするのだ。


「ぴぇ、お姉ちゃん……箒忘れてます……」

「あっ、ごめんフィービー! ありがとう!」

「どういたしまして、です」


 次の時間は風魔法の実習だった。

 今時箒に乗って空を飛ぶ魔術師なんてステレオタイプすぎると思うけれどそこはそれ。

 見た目のわかりやすさと、教材としての調達費用が安いから実習用に箒が選ばれたのだろう。


 フィービーから私が教室の隅に忘れていた箒を受け取り、小さく苦笑する。

 うーん、ダメだなぁ。

 魔法が使えるようになることが私の夢で、どんな形であれ、夢を叶えたはずなのに、叶えた先でまた、私は思い悩んでいるのだから。


 修練場まで足を運ぶと、もう既に到着していたクラスメイトたちが、ペアを組んで実習前の準備体操をしていた。

 じゃあ、私は流れ的にフィービーと組むことになるのかな。

 空を飛ぶ実習だから、少しは気分が晴れるかも──と、淡い期待を馳せながら、背後を振り返ったときだった。


「ん」

「うわっ!?」

「ん!」


 いつも通りの真顔だけど、微かに怒っているのか、頬を膨らませているラクィラが、いつの間にかフィービーがいたところに立っている。

 ん、って言われても。

 というか、フィービーはどこに。


「ぴぇぇぇぇ……! お姉ちゃぁぁぁぁん……!」

「大人しくついてきなさい、抵抗は無駄よ」

「ぴぇぇ……」

「フィービーなら、リーヴェと組んでもらう。そういうことにわたしが決めた」


 いつも通りの悲鳴を上げながら、フィービーはリーヴェに引きずられていた。

 あの様子だと、リーヴェもなんか怒ってそうで怖いんだけど。

 というか、リーヴェが露骨に不機嫌なのって、絶対にラクィラが変なこと吹き込んだせいだよね?


「ん、諸悪の根源みたいな目で見られると、わたしもちょっと傷つく」

「えっと、ごめん。でもちょっとやり方が強引すぎない?」

「……シャルローネは、わかってない」

「えっ?」

「わたしだけ、シャルローネとちゅーしてない。これは由々しき問題」


 一瞬なにを言われるのかと身構えていたけど、ラクィラはいつものラクィラだった。

 ……いや、そんなにキスをする間柄の友達を増やすつもりはないんだけど。

 というか、まさに友達とのキス、という行為の是非について、罪悪感を抱いている真っ最中なんだけど。


「……えっと、ラクィラ。気持ちは嬉しいんだけどっ……!?」

「んむっ……んっ……じゅるっ」


 身体の芯に炎が灯るように、魔力因子が私の中に滲んでくる。

 一切の反論は許さない、とでも言いたげな、容赦のないラクィラのフレンチキスが、私の舌を絡め取っていた。

 時間に換算してみれば、一分にも満たなかったのだろう。


 だけど、一秒がひどく重く感じるほどに濃密な、甘い香りの中で時間は停滞していた。


「ぷはっ、え、ええと……? ラクィラ?」

「好きな人とちゅーをしたいと思うのは、必然」

「それはそうかもしれないけど……」

「男の子も女の子も関係ない。わたしはシャルローネがとっても好き」


 ラクィラにしては珍しく、左右で色が違う瞳に真剣な輝きを宿して、語りかけてくる。

 ……そっか。

 ラクィラにとっての「好き」っていうのはそういうことなんだ。


 私が男の子でも女の子でも関係なく、「シャルローネ・アクシア」である限り、好きだし、キスをしたいし、その先にも行きたいと思っている。

 それだけ慕われているのは、正直に言えばとっても嬉しい。

 でも、私は、魔法のためだけに。


「ん、それでいい」

「ラクィラ?」

「魔法のためでも、嫌いな相手とシャルローネはちゅーしない。シャルローネは、ちゃんと、自分が好きな相手をわかってる」

「でも」

「わたしは二番目でも三番目でもいいよ。でも初めてのべろちゅーはもらった、ふふ」


 得意げにラクィラは笑ったけど、本当にそれっていいのかなあ。

 一番とか二番目とか三番目とか……そんな風に好きな人を際限なく増やしていくのは、どうしても私の中で抵抗があった。

 たとえそれが男の子であっても、女の子であっても。


「シャルローネ」

「ラクィラ……」

「好きの数に、決まりはない」

「っ!」

「キスの数にも決まりはない。シャルローネが最終的に誰を選ぶのかはシャルローネに任せる。でも、その間にちゅーするのを、恥ずかしがらなくていい」


 ラクィラは小さく笑うと、私の肩にぽん、と優しく手を置いた。

 ……そういうものなのかな。

 なんだか、上手く言いくるめられている気がしないでもないけど。


「ん、飛ぶよ、シャルローネ。きっとスッキリする」

「……ありがとう、ラクィラ」


 それでも、ラクィラが分けてくれた魔力因子と、向けてくれた好意を無下にしないためにも、今は飛ぼう。

 そうしたら、きっとラクィラが言ってくれたように、悩みも晴れるかもしれないし。

 なにより、魔女になって空を飛ぶのは、私の夢の一つだったのだから。


「……ん」

「どうしたの、ラクィラ?」

「……久しぶりに真面目なことを喋った。喉乾いた……」

「あはは……」


 空を飛ぼうとしたそのときに、思わずすっ転んでしまいそうになる理由で、首から下げていた水筒をがぶがぶ飲み出したラクィラに、私は小さく苦笑を向ける。

 でも、うん。ラクィラらしいや。

 ああだこうだと悩んでいたのが、空を飛ぶまでもなく、馬鹿馬鹿しくなるぐらいに──ラクィラは、自由だった。


 なんだかそれが、私の思い描く「魔女」に一番近いんじゃないかって感じてしまうぐらいには。

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