眠り姫シャルローネ
「ん、やっぱり」
保健室に運び込まれたシャルローネを見て、ラクィラが、まるで「最初からこうなることはお見通しだった」とばかりに小さく呟く。
冗談じゃないわよ。
あたしが──このリーヴェ・アルモントともあろう女が、は、初めてのキスを捧げた相手が急に倒れてしまったんだから、気が気でないっていうのに。
「どういうことよ、ラクィラ!? 説明しなさい! あたしと、フィービーにもわかりやすいように!」
「ぴぇ……」
保健室までついてきたフィービー・アクシアは、しきりにシャルローネの寝顔とラクィラの真顔を交互に見て、涙を滲ませていた。
やっぱり、姉が心配なのね。
いい妹じゃない。なのに、シャルローネときたら、なんの説明もなく気絶しちゃって。
「ん……因子を移す時間が足りなかった」
「……? キスをすれば、あたしの魔力因子がシャルローネに定着するんじゃなかったの?」
「それはそう。だけど、唇と唇が数秒触れ合った程度じゃ、シャルローネの、大きすぎる潜在魔力には定着しない」
なんとなく理屈は読めてきたわね。
でも、それじゃあ。
それじゃあ、シャルローネが恒常的に魔法を使えるようになるための方法って。
「もっと長い時間をかけて粘膜接触しないとだめ。べろちゅーとか、せ」
「やめなさい!!!!」
想像はついていたけど!
想像はついていたけど、あまりにもキスから飛躍した段階の言葉を匂わせたラクィラに、あたしは思わず怒鳴らずにはいられなかった。
不埒よ不埒、大体あたしが……き、キスをするのだって、勢いに任せたからできただけで、本当はとっても恥ずかしかったのに!
「ぴぇ……お姉ちゃんを起こすためには、お姉ちゃんとべろちゅー? しないとダメなんですか……?」
「ん、正しい。だからここは側室としてわたしが」
「やめなさいって言ったでしょう! ラクィラの言っていることが本当なら、シャルローネは、転写できた分の魔力が蒸発して、ただ気を失ってるだけ。すぐに目が覚めるわ」
「ぴぇ……よ、よかったです……」
いくら起こすためとはいえ、フィービーがシャルローネと、一歩進んだ大人のキスをしている姿を想像すると、少し心にささくれ立ったような痛みを覚える。
それは、ラクィラが相手でも同じで。
……あたし以外の誰かが、シャルローネの柔らかな唇に唇を重ねている姿を想像すると、イライラして、もやもやしてしまうのだ。
「でも、フィービーの推測は正しい」
「ぴぇっ!? そ、そうなんですか?」
「ん。今のシャルローネは燃料切れ状態。わかりやすく言うなら、暖炉の薪がなくなっちゃった感じ。だからちゅーなりべろちゅーなりで薪を補充してあげれば、すぐに起きる」
意外と真面目な理由もあるのね。
ラクィラの珍しくわかりやすい例え話に影響されてか、フィービーがあたしとシャルローネの顔を交互に見遣る。
……イヤではあるけど、フィービーはシャルローネを心配しているのよね。きっと、あたしと同じぐらいには。
「なら、起こしてあげるといいわ、フィービー」
「ぴぇ……い、いいんですか?」
「お姉ちゃんが心配なのでしょう? あたしはこれでも寛大な女なの。姉妹の美しい献身に免じて、許してあげるわ」
「ぴぇ、あ、ありがとうございますっ!」
フィービーはぺこぺこと、何度も腰を折って頭を下げてくる。
……本音をいうと、イヤだけど。
でも、あたしは。あたしはまだ、シャルローネと勢いでキスをしただけ。
まだ、ただのライバルでしかない。
それなら、長く一緒に時間を過ごしてきたフィービーの願いを通してあげるのが筋だ。
……なんて、頭ではわかっていても、心が全然割り切れてはいないんだけどね。
「ぴぇ、えっと、ラクィラさん」
「ん。なに、フィービー」
「べろちゅー? ってどうやって」
「それは知らなくていいから普通のキスで起こしてあげなさい」
ラクィラにとんでもないことを聞こうとしたフィービーの細い肩を掴んで、あたしは強制的に二人を引き離した。
フィービーにはそのままでいてほしい。
あたしがもやもやするのもあるけど、それはそれとして、切実に。
「お姉ちゃん……んっ」
フィービーはおっかなびっくりといった様子で、シャルローネの唇に自分のそれを重ね合わせた。
ぱたり、と頬に涙の粒が落ちる。
……そうね。心配だったものね。
「ん……ぅ……? あれ、フィービー……? 皆……?」
「ぴぇぇぇ、お姉ちゃぁぁぁぁん!」
眠り姫がようやく目を覚ますと、フィービーが大泣きして、上半身を起こしたシャルローネに抱きつく。
「いい眺め。感動した」
「ラクィラ、あなたが言うと色々台無しよ」
「嫉妬はよくない。わたしは側室でいいと身の程を弁えている女。だから、リーヴェ。シャルローネの正室は正室らしく堂々とした方がいい」
急に正論で殴ってきたラクィラに渋い顔を向けつつ、あたしはフィービーにもみくちゃにされているシャルローネへと視線を向けた。
なによ、全く。
この眠り姫は、フィービーにも、このあたしにも、心配かけさせて。




