先生との決闘
「リーヴェ・アルモント共々後悔させてやろう、シャルローネ・アクシア……!」
セオドール先生は額に青筋を立てて、すっかり怒り心頭といった様子で短杖を構えた。
対して、向かい合う私が手にしているのはお父さんからもらったバスタードソード。
武器のリーチだけなら勝っているけれど、先生には魔法という大きなアドバンテージがある。
だけど、私も体が軽い。
今まで生きてきた自分が、錘をつけて生活していたんじゃないかってぐらいには、自由に動く。
とん、とん、と軽く跳ねるだけで空を飛べそうだと錯覚してしまうほど、魔力がもたらした恩恵は大きなものだった。
「手加減や容赦をするつもりはない……潰れてしまえ! 『闇重圧』!」
「ぐっ……!?」
先生が初手で切った札は、私の動きを止めるというものだった。
闇の魔力によって加圧された重力が、全身にのしかかってくる。
気を抜いていたら本当に地面に這いつくばることしかできなくなりそうなほど強大な魔力が、軽くなったはずの全身を押し潰していく。
これは、ちょっと、ヤバいかもしれない。
リーヴェのキスで、私の体の中に確かに魔力は巡っているけど、実戦で使ったことがないから咄嗟に対抗できる魔法が思いつかないのだ。
決闘の規則として、対戦相手を殺害してしまった場合には加害者は失格となる、というものがあるけど、そんなものは後からどうにでもできる──つまり先生は、本気で私を潰しにかかっている、ということだった。
「だった、らぁっ!」
魔法で解決できないなら物理で踏み倒すしかない。
加圧されていく重力の中で私は脚に渾身の力を込めて、背筋を伸ばして立ち上がった。
すると、途端に、全身が軽くなっていく。先生の闇魔法がかき消えたのだ。
「野蛮人め、まさかこの私の重力の檻を打ち破るとは……! ならばこれはどうだ! 二重詠唱──ッ!?」
「遅いですよ、先生」
先生が二重詠唱によるなんらかの魔法を唱えようとする寸前に、秒で距離を詰めた私は、とりあえず挨拶がわりに無防備なお腹に飛び蹴りを入れていた。
特段力を込めたつもりはなかったけど、先生はまるで前世で読んだ漫画のワンシーンみたいに、派手に吹っ飛んでいく。
これも、魔力の恩恵なのだろうか。
「き、貴様……! 調子に乗るのも大概にしたまえよ……! 付け焼き刃の魔力で、『四重属性』たるこの私に刃向かうなどと! 『氷刃』!」
セオドール先生は、お腹を押さえて立ち上がると、短杖に氷の刃を纏わせた。
長剣並みにリーチが伸びたことで、私が本来持っていた近接戦闘でのアドバンテージは一気に覆ったといってもいい。
この魔法至上主義の時代で、騎士が廃れていった理由の大部分を占めるのが、この「刃」系魔法の存在だ。
剣より軽く、長く、鋭く。
魔法によって杖を強化することで、魔術師は一気に後方支援職から、前衛もこなせる万能な職業となった。
それだけじゃない。
「『乱流防壁』……! クク、この私に近づけるものなら近づいてみろ……!」
術者を守る「防壁」系の魔法は、魔法での戦いが主流になっていくほどに価値を高めて、鎧の意味と意義を廃れさせていったのだ。
魔力には魔力でしか、魔法には魔法でしか対抗できない。
それが、この時代における常識だけれど──だから、どうした。
私は地面を蹴り上げ、剣を構えて全力で先生へと距離を詰めていく。
確かに、短杖を強化し、軽々と鎧すら切り裂くほどの切れ味を纏わせる「刃」系の魔法は強力無比なものかもしれない。
だけど、「重さ」は別に近接戦におけるディスアドバンテージだけではないのだ。
「でぇぇぇぇいっ!」
「な、なんだと!? 安物の剣で、私の『氷刃』を……!?」
振り抜く速度が足りていれば、重さというのは大きな武器になる。
先生が展開していた氷の刃を断ち切って、私はそのまま勢いに任せ、跳躍した。
思った通り、先生は実戦的な剣術に長けているわけではない。
なまじ魔術師として優れているからこその弱点だともいえた。
確かに「四重属性」まで魔法を極めた相手に、普通の人間や魔物は太刀打ちすることはできないし、一撃の下にひれ伏すしかないだろう。
だから、近距離での長期戦という概念が、先生のような優れた魔術師のほとんどからは欠落しているといってもいい。
もしそれが生じるとしたら、魔術師同士での純粋な魔法戦でしかあり得ない。
無意識のうちに抱いている先入観と思い込みを利用する形で、私は近接戦にあえて踏み込んだのだ。
先生が展開している「乱流防壁」から放たれる風の槍に肌を切り裂かれても、止まることなく私は振りかぶった剣を構えて狙いを定める。
「く、来るな! 何者だ……何者なのだ、お前は!? この私に! 『四重属性』たる私に! 追い縋ってくるなどと──」
「シャルローネ・アクシア。将来は魔女になる──ただの村娘です!」
「嘘をつけええええっ! 『炎刃』!」
「その程度の炎では!」
先生は最後に隠していた奥の手として火属性の「刃」系魔法で、バスタードソードの刀身を溶かそうと試みたけれど、剣が溶けるよりも遥かに早く振り抜かれた一閃で、私は短杖を両断していた。
「勝負あったわね! この戦いは、シャルローネの勝ちよ!」
誰の目にも明らかではあったけれど、リーヴェが高らかに宣言したことで、生徒たちの間に動揺が広がっていく。
ざわざわと喧騒が広がっていく中で、私は魔力が芽生えただけでこんなにも自由に身体を動かせるという事実に、打ち震えていた。
これが、魔力。私の「天与」である「剣聖」ともっと上手く組み合わせることができれば、きっと──誰も見たことのないものが、出来上がるんじゃないだろうか。
「……私の負けだ、望みを言うがいい。シャルローネ・アクシア」
先生はがっくりと項垂れたまま、小さく呟いた。
「なら、私とリーヴェの退学を取り消してください」
「それだけで良いのか? 『決闘』の勝者は敗者にあらゆることを命じられる……私の死すらもだぞ」
「そんなことは望みません。私は……ただこのステラティア学園で学びたいだけですから」
「……はは、参ったな……私の、敗けだ。いいだろう、シャルローネ・アクシアとリーヴェ・アルモントの退学はなかったことにさせてもらう」
良くも悪くも、声が上がる。
私を讃える声。あるいは認めないと否定する声。
だけど、そのどれもが遠く聞こえる。私は、今──
「シャルローネ!?」
ふらり、と、全身から力が抜けていき、糸が切れたように倒れ込んでしまったのだから。




