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シャルローネ、退学の危機

「騒がしいぞ、リーヴェ・アルモント。シャルローネ・アクシア」


 キスをしないと魔法が使えない。

 その相手が誰であれ、私は夢を叶えたいのなら、必然として口づけを交わさなければならない、と頭を抱えていたときだった。

 先生が、苦虫を百匹ぐらい噛み潰したような顔で、額に青筋を立てながら歩み寄ってくる。


「申し訳ありません、少し取り乱してしまって」


 こんなときにも即座に外面を立て直して、優雅な笑みで返してみせるリーヴェの外交力はすごいなあ、と感心する一方、少し──いや、大分嫌な臭いが鼻をつく。

 まるで、入試のとき、私とフィービーに因縁をつけてきたケインたちのように、誰かを追い落とそうとしている、緊張の臭い。

 思わず、身構えてしまう。


「まあいい、リーヴェ・アルモント。君は魔導の至宝にして、生徒の鑑となるべき存在だ。多少のことは目を瞑ろう。しかし、シャルローネ・アクシア」

「……なんでしょうか、先生」

「貴様は例外だ。ラクィラ……ふん、『五重属性』とはいえ、出自もわからぬ平民のたわ言だとは思うが、彼女の言っていることが事実なら、貴様は『魔法が使えない』のにこの学園に入学してきたのだろう?」


 ラクィラは、ちょっと変わった子だけど嘘はつかないし、私が魔法を使えないのは、誰よりも私自身が一番よく知っている。

 だから、先生の問いかけにはどうやったって「はい」と答えざるを得ない。

 答えた先になにがあるのかは、容易に想像がつくけれど。


「……確かに、事実です。ですが、どのような問題があるのでしょうか? 私は正式に合格通知をもらって、ここにいます」

「それが、学長の気まぐれであったとしてもか?」

「は?」

「貴様は、学長の気まぐれで学園に入学できたに過ぎないと言っている。『未知を知り、正しく恐れる必要がある』とは始祖サイェアの言葉だが……タネが割れた以上は決まった。貴様はこの学園に相応しくない! ここは魔導を極めんとする者が(くつわ)を並べる学園である! 魔法の使えない者がいていい場所ではない!」


 なにがなんだか、わからなかった。

 私が合格できたのは、学長先生の気まぐれだとかなんとか、先生は言っているけど。

 それでも、学長先生が認めてくれたのなら、決定はなによりも優先されることのはずだ。


「よって、シャルローネ・アクシア。貴様はここで落第とする。荷物をまとめて田舎に帰ることだな」

「は……? えっ……?」


 いくらなんでも横暴が過ぎる。

 確かに私は魔法が使えないかもしれないけれど、学長先生からちゃんと合格通知をもらったのに、いきなり頭を飛び越えて落第にするなんて真似が、横暴が、許されるはずがない。

 だけど、先生と生徒という立場である以上、私は強く言い返せなくて、歯噛みすることしかできなかった。


 ──でも。


 ぱん、と鋭い音が空気を切り裂く。

 なにも言い返すことができずに俯いていた視線を上げると、そこにあったのは、先生の頬を平手で打ち据えるリーヴェの姿だった。


「控えるのはあなたよ、この下郎!」

「な、なんだと……!? いくら侯爵令嬢とはいえ貴様は一生徒なのだぞ、リーヴェ・アルモント!」

「黙りなさい! シャルローネはね、あなた程度の三流魔術師なら、魔法を使わなくたって一捻りできる実力がある、このあたしが認めたライバルなのよ!」

「さ、三流だと!? 『四重属性』にして伯爵位を授かった、このセオドール・ズカーサムを三流と言ったのか、小娘! ならば貴様も落第だ!」


 落第をちらつかされても、リーヴェは一歩も怯むことなく──いや、むしろ積極的にセオドール先生へと詰め寄って、真っ直ぐに「虹の瞳」で睨みつける。


「あなた、魔法に随分プライドがあるのね? なら、魔術師としてやるべきことは、権力を傘に生徒を脅すことなんかじゃないわよ! この腑抜け! プライドというものが、あなたにほんの一欠片でもあるのなら、『決闘』で解決しなさい!」


 そして、刃を突きつけるように短杖(ワンド)を抜き放ち、リーヴェはセオドール先生へと言い放った。

 決闘。

 それは、魔術師同士がどうしても相容れない出来事を解決するときに、己のプライドをかけて勝敗を決する、三百年以上前から受け継がれてきた儀式だ。


 命ではなく、魔術師にとっては最大の誇りであり、存在の証明でもある杖を破壊した方が勝利し、敗者に対してあらゆる命令を下すことができる。

 逆にいえば、敗れた人間は、どんな理不尽な要求であったとしても、受け入れなければいけない。

 だから、今では滅多に行われなくなったことでもあった。


「おのれ……小娘風情が! 今、この私を腑抜けと言ったか! ならばいいだろう、シャルローネ・アクシア! 貴様が本当に私を倒せる実力があるというのなら、『決闘』で証明してみせろ! ただし、負けたときには、リーヴェ・アルモント共々、ステラティア学園から出て行ってもらうぞ!」


 先生はすっかりリーヴェの口車に乗せられて、その気になっていたけど、私の方は正直なところ、話についていけてない。

 魔物相手ならともかく、人間相手に、それもステラティア学園で先生を務められるほどの人を相手に戦ったことなんて、ないのだから。

 だけど、ここでおめおめと逃げることは許されない。魔女を目指す者として、なによりも親友が自分の首をかけてでも作ってくれたチャンスを、無下にしないためにも。


「わかりました、決闘を……受けて立ちます!」

「ふん……リーヴェ・アルモント共々後悔させてやる。この私に生意気な口を叩いたことをな!」

「……リーヴェ、ありがとう」

「ふんっ、お礼を言うのはまだ早いわ、シャルローネ!」


 得意げに鼻を鳴らすと、リーヴェは突如として私に顔を近づけてきて。

 私の唇に、柔らかなリーヴェのそれを重ね合わせてきた。

 ほんの数秒に満たない、わずかな接触。だけど、唇同士が触れ合った瞬間に、私は脳裏で雷が走ったような感覚に襲われていた。


「り、リーヴェ……?」

「……お守りよ! だから必ず勝ちなさい、シャルローネ! あたしのファーストキスは……安くないんだから!」


 リーヴェは、顔を真っ赤にして、私に人差し指を突きつけてくる。

 ……そっか。

 ファーストキスは私も同じなんだけど──それはともかく、体の底から、確かな力が湧いてくる。


 きっと、今まで知らなかった、魔力の蠕動(ぜんどう)が。

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