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愛する故郷にさよならを

「よし、制服姿も様になっている。ビアンカが着付けてくれたおかげで、王都の子たちにも見劣りしないな」

「ええ、ランベル。この子たちは流石、私たちの娘ね。シャルローネもフィービーも、改めて合格、おめでとう」


 王都から送られてきた合格証書が入っていた筒を胸に抱き寄せて、お母さんが感涙に瞳を潤ませる。

 そして、家の戸口に立っていた私とフィービーの髪の毛を、お父さんの掌が優しく撫でた。

 くすぐったくて、少しむずむずしてしまうけど、お父さんにこうして頭を撫でてもらうのは、嫌いじゃなかった。


「フィービーは、末席とはいえ『七星学徒(セブンステラ)』に選ばれて……本当に、子供というのは親の知らない間に成長していくんだな」

「ぴ、ぴぇ……そ、そんなことないです。お父様とお母様と、シャルローネお姉ちゃんがいなかったら、フィービーは、合格なんて……」

「そう謙遜するものじゃないわ。フィービー。あなたもシャルローネも、精一杯頑張って掴み取った合格だもの。王都でも、元気に過ごすのよ」


 もじもじと指先を突き合わせて謙遜するフィービーの小さな身体を、お母さんが優しく抱きしめる。

 フィービーが身に纏っている制服は、「七星学徒(セブンステラ)」の特別仕様で、私の制服にはない、エポレットと飾緒が縫い付けられていた。

 うーん、「七星学徒(セブンステラ)」に選ばれるなんて、流石私の妹だ。私はなんで合格できたかさっぱりだけど。


「お父さん、本当に私がいなくても大丈夫?」

「そうだな……今まで、村の守りはシャルローネに担ってもらっていたからな。でも、心配しないでくれ。領主様から直々に信頼のおける騎士様と司祭様が派遣されてくるし、自警団だってヤワじゃない。だから、シャルローネ。お前はお前の行きたい道を進みなさい。それが、親としては一番嬉しいことなんだから」


 心配する私の体を抱き寄せて、お父さんは感慨深そうに、梳かしても梳かしても癖が残る私の髪の毛を、慈しむように撫でてくれた。

 ……ステラティア学園に行ったら、基本的に、卒業するまで、ニーアの村には戻ってこられない。

 夏休みや冬休みを利用すれば帰ってくることはできるかもしれないけど、基本的に私たちはこれから、ずっと、王都の寮で暮らすことになるのだ。


「……ありがとう、お父さん。お母さん。行ってくるね」

「……ぴぇ……寂しいです……」

「ええ、元気でね、シャルローネ。泣かないで、フィービー」

「立派な魔女になって帰ってくるんだぞ、それが一番の親孝行なんだから」


 そうだ。

 お父さんが言う通り、ステラティア学園に入学こそできたけど、これはまだ始まりでしかない。

 私も、フィービーも。卒業する頃には、立派な魔女になって村に帰ってきて、皆をびっくりさせてあげなきゃいけないんだ。


「フィービー、行こう。そろそろ御者さんが痺れを切らしちゃう」

「ぴぇ……で、でも……うん。そうだよね、行かなくちゃ……」

「二度と会えなくなるわけじゃないわ、お母さんもお父さんも元気に暮らしてるから、フィービーも夢を叶えてくるのよ」

「ぴぇ……ぐすっ……」

「ビアンカの言う通りだ、フィービー。それと、シャルローネ」

「なに、お父さん?」


 お父さんは少しだけ哀愁の滲む笑顔を浮かべると、暖炉の近くに立てかけてあった剣を手に取って、私へと差し出してきた。


「この剣を、お前に預ける」

「これって……私が、自警団の一員になったときのために……」

「ああ。父さんと一緒に村を守ってくれるシャルローネの姿が見られなくなったのは、正直ちょっと悲しいけど、シャルローネはもう、大人だからな。貧相かもしれないけど、これが俺からの入学祝いだ」


 お父さんが手渡してくれたバスタードソードの重みが、ずっしりと両手にのしかかってくる。

 そっか。

 私は……なんで合格できたのかわからないぐらいに魔法が使えないから、杖よりも剣の方が持つには合理的だし、それに。


「約束、果たせなくてごめんね」

「気にするな。シャルローネ、お前も……立派な魔女になって帰ってくるんだぞ」

「……うんっ!」


 この剣を預けてくれたということは、お父さんがもう私を、一人の大人だと認めてくれたということでもある。

 だったら、大人にならなきゃ。

 私だってフィービーと同じように、正直なところ、泣けるなら泣きたいぐらい寂しいけど。


「行こう、フィービー! これ以上家にいたら、離れたくなくなっちゃうから!」

「ぴ、ぴぇぇぇ……うん……お姉ちゃん……」


 ハンカチで涙を拭ってから、フィービーは私の手を強く握りしめてきた。

 もう、フィービーは甘えん坊さんなんだから。

 私よりもすごい、「七星学徒(セブンステラ)」に選ばれたんだから、もっと堂々としてるべきなのに。


 でも、そういうところが可愛いのよね。流石私の最愛の妹だ。

 苦笑しつつ、私もフィービーの手を握り返す。

 そして、二人で王都に向かうための馬車へと、決して家の方を振り返ることなく歩いていく。


「それでは、準備はできましたか? シャルローネ・アクシアさん。フィービー・アクシアさん」

「はい、大丈夫です」

「……はい、フィービーも、大丈夫ですっ」

「それでは、王都へと向かいますね」


 馬車の扉を閉めると、御者さんは「追風」の魔法を唱えて、馬を走らせた。

 見る見るうちに、村の景色が遠ざかっていく。

 瞬く間に、パンの焼ける香りが薄まっていって、街道に生い茂る草木の匂いに上書きされてしまう。


「……さよなら! またいつか! それまで、元気でね! お父さん! お母さん! 村の皆ーっ! シャルローネは、必ず立派な魔女になってみせるからーっ!」


 だから……今はしばしのお別れを告げる。

 いつかまた、帰ってくるときまで。

 この、パンが焼ける香りを、干し草が太陽に照らされたときの香りを、畑の香りを──ニーアの村の香りを、忘れないように、私は窓を開けて、胸いっぱいに吸い込むのだった。

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