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リーヴェ・アルモントが初めて「敗けた」日

 あたし──リーヴェ・アルモントは、生まれてからずっと、誰かに負けたことなんてなかった。

 魔法を使う才能も、狩りの成果も、小さい頃から大人たちを凌駕していたのだから、当然だろう。

 あたしの辞書に敗北という文字も挫折という文字もなく、魔女になることは当然、「始祖の魔女」サイェアが到達したといわれている、「魔導の頂」に到達することも、夢じゃないとさえ考えていたのだ。


 だから、フラウスパイダーとかいう大型の魔物と出くわしても、別に危機感は湧かなかった。

 こんなただ大きいだけの蜘蛛なら、あたしの魔法でどうにでもできるはずだから。

 魔力を体内で練り上げながら、あたしはフラウスパイダーを仕留める算段を組み立てる。


「に、逃げるんだ、ケイン……! こいつは僕たちでどうにかなる相手じゃ……! がはっ……!」

「コーザ! クソっ……だったらせめて、ドゥプテラスの首だけは持ち帰らせてもらう!」

「バカ! フラウスパイダーはあんたたちが仕留めたドゥプテラスの血の臭いに惹かれてやってきたのよ!? 他の生徒まで犠牲にする気なの!?」

「うるせえ、だったらお前たちがコイツをどうにかしろ! 『六重属性』の天才様ならできるよなぁ!?」

「こいつ……っ! いいわ、上等じゃない! こんなただ大きいだけの蜘蛛、炎魔法で焼き払ってあげるわ!」


 仲間のコーザとかいう男の子がフラウスパイダーの針に貫かれて死んでしまったというのに、ケインとかいうやつは、自分のことしか考えていない。

 そんなやつに盾にされ、煽られたことも手伝って、あたしは非常にむしゃくしゃしていた。

 こうなれば、炎の極大魔法でこの森ごと焼き払うのもやぶさかじゃない。


 フラウスパイダーは、ドゥプテラスの首を持って逃げるケインを追いかけようとその脚を動かそうとする。

 あたしたちは眼中にないってことね。

 蜘蛛の分際でいい度胸じゃない。


「こっちを見なさい! 二重詠唱……『灼炎掃射・追風』!」

『ギチチチチ……ッ!?』


 あたしが空中に浮かべた魔力球から、風の魔力で速度を補強した炎の槍を撃ち放つと、フラウスパイダーは、花びらに擬態するための部位を燃やされて、小川をのたうち回った。


「ふん、このぐらいあたしにかかればどうってことないわね! そのまま……潰してあげる!」


 かつては禁忌とされていた闇の魔力を練り上げて、私がフラウスパイダーを重力魔法で押し潰そうと魔法杖を構えたときだった。


「ぴぇ……っ! 危ないですっ!」

「きゃあっ!?」


 フィービー・アクシアが、咄嗟に私を押し倒してくる。

 灼けるような痛みが右腕に走ったのは、その直後だった。

 何事かと思って目を見開いたけど、激痛と痺れで杖を取り落としてしまったときに、否が応でも確信してしまう。


「ぐっ……こいつ、針を伸ばして、麻痺毒を……っ!」


 悶え苦しむフリをして、ついた炎を消火しながら、フラウスパイダーは私を仕留める機会を伺っていたのだ。

 呂律が回らなくなって、脚にも力が入らなくなってくる。

 死ぬ。それは最もあたしと縁遠い言葉だったはずなのに。


「ぴ、ぴぇ……っ……」


 あたしを突き飛ばしたフィービー・アクシアが怯えて後ずさっているけど、次の犠牲者は間違いなくあの子だろう。

 あたしは魔法を唱えられない。

 そして、シャルローネ・アクシアは魔法が使えない。


 ああ、終わったわね。

 この状況で、それは詰みを意味しているのに等しいもの。

 ──その、はずだった。


「よくもフィービーを傷つけようとしてくれたわね……! 許さないんだから!」


 シャルローネ・アクシアは、腰に下げていた木剣を引き抜くと、姿勢を立て直したフラウスパイダーに向けて全力で疾駆する。

 ……バカなんじゃないの?

 素人の子供が、しかも魔法が使えない子供が、木剣なんか振り翳して戦っても、死体が一つ増えるだけだっていうのに。


「はあああああっ!」

『ギチチチチ……ッ!?』


 フラウスパイダーが針を伸ばすより早く、目にも止まらない──あたしの目ですら、追うのが精一杯な速度で振るわれた木剣から発生した空圧が、毒針を切断した。

 ……なに、あれ?

 知らない、あんなの。


「あなたに恨みはないけど……これで終わりだッ!」

『ギチチチチ……ギィィィィィッ!!!!』


 そして、空中を舞っていた針へと跳躍して、さらに毒針を足場にして高度を確保すると、シャルローネ・アクシアは木剣でフラウスパイダーの頭を叩き潰してしまった。

 剣を持った相手とも、大人の騎士ともあたしは戦ってきて、一度も負けたことがなかったし、王都で免許皆伝を取った相手にも負けなかった。

 だからこそ言える。シャルローネ・アクシアは今まで見てきた剣士たちと、全然違う。


「これで終わりね……フィービー、リーヴェに回復魔法をかけてあげて!」

「ぴえっ、うん! お姉ちゃん!」


 とうとう力が入らなくなって膝をついた私に、フィービー・アクシアが解毒と回復を兼ねた光魔法をかけてくる。

 ……この子たちがいなければ、今頃、あたしは。

 安堵と同時に、自分に対する失望と怒りが激しく胸中で渦を巻く。


 あたしは。

 あたしは、「六重属性」で、魔導の名門であるアルモント家の娘なのに!

 なのに、あたしは──敗けたんだ! 魔法も使えないのに魔女を目指しているおかしな子なんかに!


「リーヴェ、大丈夫だった?」


 シャルローネ・アクシアは問いかけ、手を差し伸べてくる。

 ……そうね、あたしは、見下していた。あの子たちのことを。

 なのに、シャルローネ・アクシアも、フィービー・アクシアも、嫌味ひとつなくあたしに手を差し伸べてくれた。


「……ええ、ちょっと油断しただけよ。あたしの力は、こんなものじゃないわ!」

「そうだよね。あれだけの炎の魔力なんて、私は見たことなかったもん」

「ふぃ、フィービーは炎が得意じゃないから、リーヴェさんは、とってもすごいなって……!」

「なにそれ、謙遜? そんなの、いらないわよ」


 悔しさを噛み殺して、笑ってみせる。

 今のあたしにはそれしかできなかった。

 だけど。


「言ったじゃない、シャルローネ。フィービー。あなたたちは、あたしが名前を覚えておくに値するライバルだって……次は、絶対に負けないんだから! 覚えてなさい!」


 人差し指を突きつけて、あたしは生まれて初めてできた、本物の、本当のライバル(シャルローネ)へと宣言した。

 今日の敗北を忘れないためにも、慢心を消し去るためにも、そして。

 ──なにより、恩と、この胸に灯る、怒りと憧憬が綯い交ぜになった、不思議な感情を忘れないためにも。

これにて第1章完結です。もしも面白い! と思ってくれましたら、是非評価やブックマークをお待ちしています! 広告の下にある【☆☆☆☆☆】をタップして、

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